執事とメイドの卵たち
鏡銀鉢
第1話 サーヴァントアカデミー
『お帰りなさいませお嬢様』
「声が小さぁああああい!!」
『お帰りなさいませ旦那様』
「そこ! 笑顔が硬い! そんな石像でもできる笑顔で旦那様の疲れを癒せると思っているのかッッ!!?」
中世ヨーロッパを彷彿(ほうふつ)とさせる洋館の広い一室で、数十人もの執事とメイドの格好をした男子女子が列を成し、それに対して三十代ほどの執事が叱責を飛ばす。
◆
その隣の部屋では、何人もの執事の格好をした男子達が、巨大な赤絨毯のロールを持ち、それを勢いよく転がしている。
一人の転がした絨毯は勢いが足りず、最後まで伸びきらずに先端部はまだ丸まっているうえに、それまでに伸びた部分が僅かに歪んでいる。
「おや、なってませんね」
見目麗しい細身の執事が感想を漏らし、別のロールを持ってきた。
「いいですか、我々がお作りするのは主様のお足元を守る聖域、主様への曇り無き愛情と曲がる事のない鉄壁の忠誠心を込めて一気に……」
細身の執事の手から、絨毯が飛び出す。
「転がすのです!」
真っ直ぐに伸びていく赤い道は高速で進み続け、最後に数十メートル先でパタンと音を立ててその身を休めた。
「貴方も、努力すれば一〇〇メートル絨毯を完璧に伸ばせる日がくるでしょう」
そのあまりに美しい笑顔に、同じ男でありながら執事姿の男子は見惚れた。
◆
別の部屋では、やはりメイドと執事の格好をした男子女子が、専用の布で次々に陶器のなどを磨いていた。
「はぁい、みんなぁー、ご主人様の大事なモノなんだから、落としたり折っちゃったりしたら、ダメですよぉ」
おっとりとした声とは対照的に、男子女子達は急いで、一つでも多くの物品を磨こうと必死になっている。
◆
また、別の部屋では、否、教室では髪が長く、和装を緩く着た女性、庵治刺(あじさし)教諭がプラズマディスプレイの前のイスに座っており、机の上でノートを書く、やはりメイドや執事の格好をした若者達の前で授業を進めている。
「というわけで、二十一世紀に入ってから数十年、日本では格差社会がさらに進行し、富裕層と貧窮層が増え、中流家庭は減った、これがその証拠な」
言って、プラズマディスプレイの画面に二つの折れ線グラフが表示される。
それは横軸が年収、縦軸が世帯数を表していた。
一つは二十一世紀前のデータで、当然だが、左端の貧窮層と右端の富裕層が低く、真ん中の中流家庭層がもっとも多く、線は三角形を成している。
その隣に表示されている二つ目の現代のデータを示すグラフ、それは驚いた事に線が横一直線、むしろ真ん中が少し凹んでいる。
「このように、現在の社会では中流家庭が激減している。
その結果、増加した貧窮層の人間達が安定した生活を得るには、同じく増加した富裕層の家に使用人として仕え、住み込むことが一番だった。
そうして使用人の人口が増えるうちに、いつしか有能なメイドや執事達使用人をより多く雇っていることが、セレブ達のステータスとなり、富裕層はこぞってメイドと執事を雇った。
そんなこんなで、使用人の需要増加に伴い、優れた使用人を育成する機関、今あんたらが通っているこの使用人養成学校、サーヴァントアカデミーが設立されたと」
そこまで解説し、終業のベルが鳴って、庵治刺(あじさし)は教卓のノートパソコンから手を離した。
「よし、じゃあ今日の授業はここまでだ、ホームルームやんぞ」
庵治刺の言葉に合わせて生徒達はノートやルーズリーフ、筆記用具を鞄にしまう。
「っで、連絡だが、前にも説明した通りだ、あんたらには夏休み前にペーパー試験と一緒に超本格派の実技試験として今授業でやった富裕層の家に奉公しに行ってもらう、そこでいい評価がもらえなかったら夏休み補習だかんな、あたしの仕事増やしたくなかったらがっつり奉仕してこい」
担任の怠慢な態度に辟易しながら生徒達はこれからの発表に胸を躍らせる。
何故ならば……
「じゃあオメーら、お楽しみの班発表すんぞ!」
生徒達に緊張と期待が渦巻いた。
手を合わせて神に祈る者、誰と一緒になるのかとニコニコ顔で待つ者、と思いきや、中には興味無いと頬づえをかく者もいる。
「前にも言った通り、この班は二学期以降もずっと続く、クラス替えの時も班単位でやるから、なにかしらの問題が起こらない限りこの班はずっと続く。
そう、自分の学園生活を左右すると思ってくれ、ちなみに、これから言う班はあたしが全員の成績や今までの行動を総合的に見て、最適と思う組み合わせで選んだ。
……言っておくが決して、班決め忘れてて昨日の夜時間が無いから慌てて目についた奴から順に組み合わせたとかいう事は絶対に無いからな!」
(絶対ウソだ!)
クラスの心がシンクロした瞬間だった。
「つうわけで、第六班から発表するぞ」
(なんで!!?)
二度目のシンクロである。
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