オシノシ
華川とうふ
誰にも迷惑かけずに
「ねえ……この方法なら本当に誰にも迷惑かけずに死ねるんだよね?」
君は不安そうな顔をしてこちらを見る。
ステージでは一度も見せたことがない不安そうな表情だ。
他のファンは誰も知らない僕だけに見せてくれる彼女の本性。
ステージの上では、ファンの前では太陽とは言わないけれど、星のような輝きを放つ彼女からは信じられないような寂しげで、今すぐにでも消えてそうなくらい儚い様子だった。
「ああ、大丈夫。そのカプセルを飲めば願いはすべて叶うよ……」
僕はそう言って彼女を安心させる。
彼女に渡したカプセルは彼女の自殺を助けるものだ。
もちろん、毒薬なんかではない。
――ナノマシンの集合体といえばいいのだろうか。
このナノマシンは彼女の殺すものだ。
殺すといっても生命活動を終わらせるとかいう物騒なものではない。
ただ、彼女の脳に働きかけて彼女の自我を消す。
数か月前、この装置ができたときにネットで人生に疲れた人を探していた。
今にも死んでしまいたい人を。
だけれど、周りのことを考えると死ぬこともできない優しい人を。
そんな人を吟味して、出会うまでに至ったのが彼女だった。
まさか、長年自分が推していたアイドルだったなんて皮肉だ。
いままで彼女の笑顔にどれだけ助けられてきただろう。
彼女の歌があったから、彼女の笑う姿が見えたから、研究を続けることができたというのに。
自殺したくても死ねない。
そんな人のために使ったナノマシンだった。
小さなカプセルに詰められたナノマシンを飲むことによって、それが血液を通って体中をめぐる。
脳にも。
そして、心の動きを止めてしまう。
まるでロボトミー手術のように患者の心は穏やかになるのだ。
そしてポイントはもう一つある。
ここが僕の研究のポイントだ。
このナノマシンにはAIが搭載されていて、その人間の人格を学習している。
彼女は脳の一部を制御され心の動きを止められても廃人にはならずに済む。
今まで通りに笑い、歌い、踊ることができるのだ。
周りの人は誰一人気づかない。
今までの彼女の動きを学習させたAIが代わりに彼女の人生を歩んでくれるのだ。
誰も悲しませず、迷惑をかけず、そして消えることができる。
魔法のような装置なのだ。
その旨を説明すると彼女は安心してカプセルを飲み込んだ。
目を閉じてナノマシンが全身にいきわたるのを待つ。
次に目を開いたとき、きっと彼女は死んでいることだろう。
だけれど、彼女はステージで笑い続けることができる。
僕はほっとした。
彼女の心に平穏が訪れ、僕は推しを失わずに永遠に推し活を続けることができるのだから。
オシノシ 華川とうふ @hayakawa5
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