次の番は誰か
コンタ
第1話 朝海
「お電話ありがとうございます。株式会社エリートエージェントです」
オフィスの事務員の明るい声があちこちで聞こえる中、朝海頼人(あさみらいと)は計画を立てていた。
大学ノートにびっしりと書かれた文字と印刷した自作の電話トークマニュアルを見ながらメモ帳に文字を書きなぐりながら頭の中で「これならいける」と自分に言い聞かせていた。
やがて彼は社用携帯を手にして電話をかけ始めた。
「お世話になっております。エリートエージェントの朝海です。はい。お世話になっております。面談していただいた比留間の件でお電話したのですが黒井社長、今3分だけお時間よろしいでしょうか。ありがとうございます。比留間ですが実は面談の後本人から電話があり、御社サーバントスタッフエンジニアリング様に入社して貢献したいと熱く語っておりました。このまま比留間に採用連絡をしてもよろしいでしょうか。はい。あ、そうなんですか。採用するか迷われているんですね。ちなみに黒井社長、どこら辺が厳しいと感じられましたかね。ああ、そうなんですね。わかります。わかります。少し表情が固かったですよね。はい。ああ、話し方からコミュニケーション能力がなさそうに見えたと。はい。分かります。心配ですよね。入ってからのことを考えると。そういうことですね。そこなんですが実は黒井社長と面談した時、黒井社長のオーラに圧倒されてしまって、彼かなり緊張したらしくそのせいか顔が強張ってしまったみたいです。私と面談した時は終始笑顔でしたし、話し方もスムーズでした。ええ、はきはきと受け答えもできますし、まじめで誠実な青年です。熱中してしまうと少し周りが見えなくなることもありますが良く言えば、不器用ながら一生懸命一つのことに取り組める今時珍しいタイプの人材なんですよ。とはいっても、最終的には黒井社長が納得をしないことには話も進まないので、採用か不採用かぜひご決断下さい」
朝海はそこまで会話を進めると腕時計を見ながら沈黙した。
そして黒井社長が話すまでひたすら待った。
朝海のいつもの作戦だ。
1分ほど経って黒井社長が話し始めた。
朝海は空いた手でガッツポーズをした。
「採用ですか。ありがとうございます。はい。本人も喜びます。早速、比留間に電話してこのことを伝えます。はい。比留間と連絡取れ次第、契約書のPDFをメールにて黒井社長にお送りします。届きましたらご対応お願いします。はい。ありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。はい。失礼します」
朝海はそう言うと椅子に座ったまま仕事机に額をつけて深いお辞儀をした。
その状態で黒井社長が電話を切るのを待った。
電話が切れた瞬間、朝海は顔を上げて「採用決まりました!」とオフィスに響き渡る声で言った。
一拍おいて「おめでとう」、「やったな」、「この調子で頼むぞ」といった賞賛の声が朝海に降り注いだ。
「ありがとうございます。みんなのサポートのおかげです。これからも成果を出し続けます」
朝海は立ち上がり周囲を見渡して言うと再び深くお辞儀をした。
俗にいう45度の最敬礼というお辞儀だ。
それが終わると社用携帯を肩と頭で挟んで電話を始めた。
空いた両手はパソコンを叩き、彼の眼は黒井社長に送るメールと書類に向いていた。
「お疲れ様。朝海だけど比留間君、今日休みだったよね。3分間だけ話せる?あ、ありがとう。昨日面談してもらったサーバントスタッフエンジニアリングさんなんだけどね」
そこまで言うと朝海は腕時計を見ながら相手が話すまで待った。
比留間が話し始めるまで1分とかからなかった。
これもいつもの作戦だ。
「おめでとう!ぜひお願いしますって。あの怖そうな黒井社長がニコニコして言ってくれたよ。僕が思うに比留間君とぴったり合う会社だよあそこは。比留間君なら大丈夫!頑張ってね。じゃあ、僕はこのまま入社手続きするからよろしくね」
朝海はそう矢継ぎ早に言って黙った。
比留間が少し間をおいて話し始めた。
流石に比留間の同意なく入社手続きはできない。
朝海は比留間の話を聞きながら彼が「YES」とだけ言えば後は既に作成したメールを黒井社長に送るだけだと思っていた。
「えっ、選考を辞退したい?それは構わないけどどうしたの?あんなに入社したいって言ってたのに。うん。うん。そうか、転職して続くか不安だよね。誰だって今の会社を辞めて新しい会社に入るのには勇気がいるよね。分かるよ。僕もそうだったから。……でもね比留間君、今の会社で今の仕事をいつまで続けるつもりだい?僕はそれに対して間違っているとかそういうことを言いたいんじゃないんだ。でも、君自身が変わりたい、環境を変えたいって言ったから僕はそのお手伝いをほんの少しさせてもらったんだ。君の人生はそれでいいのかい?比留間君僕に前話したこと覚えてる?僕は君の役に立ちたいし、君のキャリアがよくなるよう背中を押したいんだ。僕が知る限りサーバントスタッフエンジニアリングさんは君にとって最高の環境だと思うよ。……そっか。比留間君も色々調べたり、考えたんだね。確かにサーバントさんは派遣に近い働き方だし、始めは簡単な仕事ばかり任せられるかもしれない、ネットの口コミでよくないことを書かれているのは僕も知っている。だけど3年を目安に一つの所で腰を据えて働いている方はいるし、優秀な人であれば1年も経てば専門的な仕事や機械じゃなくて人を動かすマネージャーにもなれる。比留間君もきっとそういった専門的な仕事やマネージメントができる人材に慣れると僕は確信してるよ。だから一緒に頑張ろうよ!新たな出発をしよう!」
朝海はパソコンで取引先企業のリストと自社の紹介サービスに登録している人材のプロフィールを見比べながら比留間にクロージングをかけていた。
入社して3カ月はクロージングだけでも手一杯だったが今となっては他の業務をしながらできる作業だった。
比留間が再び話すのを待ちながら社用携帯を手に取り電話の通話時間を見た。
もっと数字を上げるためにも今の電話にあまり時間をかけたくなかった。
「そうか。承諾ということでいいんだね。いいんだね。うん。分かった。じゃあ、先方様に早速伝えてまた詳細をメールで送るよ。大変なこともあるけどお互い頑張ろう。また何かあったら気軽にオフィスに連絡してね。僕は他にも仕事があるからなかなか話せなくなるけどたまには話したいとも思っているからその時はよろしく。それじゃあまたね。メール確認したら一言でいいからアクションだけよろしく。はい。はい。こちらこそ。ありがとう。じゃあね」
朝海は比留間が「ありがとうございました」といったことを確認すると電話を切った。
その瞬間、朝海は黒井社長の時のように顔を上げて「契約決まりました!」とオフィスに響き渡る声で言った。
一拍おいて「おめでとう」、「やったな」、「この調子で頼むぞ」といった賞賛の声が再び朝海に降り注ぐ。
「ありがとうございます。みんなのサポートのおかげです。これからも成果を出し続けます」
朝海はその度に立ち上がり周囲を見渡して言うと再び深くお辞儀をする。
俗にいう45度の最敬礼というお辞儀だ。
黒井社長と比留間へのメールを送り終わると彼はペットボトルの水を一口飲んだ。
そして別の企業へ先ほどと同じ要領で電話をかけていく。
当然、その後の登録してある人材への電話も同じ要領だ。
彼はこのルーティーンをできるようになってから常に成果を出し続けている。
入社して始めの3カ月は売上最下位のお荷物営業マンだった。
しかし、入社半年経った今ではその道10年の先輩営業マンの月山と比べて2倍近い売上を出している。
そして彼の所属しているオフィスにおいてナンバーワンセールスマンとして活躍している。
「このままいけば昇格できる」
彼は仕事に全集中していた。
そんな彼を強く意識する者がいた。
同じ部署で新卒入社して10年トップの座に君臨していた月山である。
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