第3話

家までの長い道のりをとぼとぼ歩く。この通学だけでかなりの疲労感だ。


そうこうしてやっと帰ってきた家を見上げる。家に帰ってホッとしたというより、ここも落ち着く場所ではないということがひどく気分を落ち込ませた。



「あの、貴方がここに越してきた子?」


「誰!?」


まだ外とはいえ、家の敷地内で見知らぬ声に話しかけられたことに驚いて振り返る。


「ごめんなさいね、驚かせる気はなかったの。ただ、どんな方がここにいらしたのかと思って。」


そこには、おっとりした雰囲気の夫人が立っていた。少し服が古臭いけれど、くすんだ金髪を後ろでお団子のようにまとめている姿はとても上品だ。



「あの、ここは一応家の敷地内なんですが・・・」


「あらあら、私ったらごめんなさい。うっかり入ってしまったわ。」


少しわざとらしく感じる態度で謝った夫人は、私に合わせるように屈んで目線を合わせた。


「私はシンシア・エマーソン。この近くに住んでいるから挨拶に来たのよ。」


「そうでしたか。私はシャロン・オルドリッジです。両親と共に3人で引っ越してきました。」


「そう、素敵な名前ね!シャロンさんとお呼びしても良いかしら?私のことはどうぞシンシアと呼んでね。」


笑顔で手を出してきたシンシアさんと握手をする。ここ数日で初めて好意的に接してもらえた気がした。

  

(でも、この近所に住んでいる人なんていたかしら?)


そんな疑問を抱いていると、シンシアさんが心配そうな表情で私の顔を覗き込んできた。


「それにしても、なんだか顔色が悪いようだけど、気分がすぐれないの?」


「いいえ、大丈夫です。少し気分が落ち込んでいただけなので。」


「そう?まだ幼いのだから、あまり深刻になり過ぎないようにね。」   


「・・・ありがとうございます。」


彼女に対する疑念もあったけれど、久々に子供扱いされたことが少し嬉しい。こんな穏やかな女性が悪い人だとは思いたくなかった。



「よかったら少し上がっていかれますか?」


シンシアさんのお陰で学校での嫌な気分が少し和らいだ私はそう提案してみる。


「まあ、突然迷惑ではなくて?」


「大丈夫だと思います。2人とも時間はあるはずなので。」


両親ともに"お金がないから働きに出る"なんて考えは持っていない人だ。新しい事業や投資なんかで悩みながら今も家にいるだろう。


「ふふ、ではお言葉に甘えようかしら?」


「ええ、大したもてなしはできませんが、ぜひ上がってください。」


そう言って私はシンシアさんを家に招き入れた。


客室にシンシアさんを案内した私は、自分で淹れた紅茶をだして、お父様とお母様の部屋へと向かう。


「ただいま帰りました。」


「おや、いつの間にか帰ってきてたのか。学校はどうだった?」


「・・・普通でした。それよりシンシア・エマーソンというご近所の方がいらしてたので、客間に案内しています。」


「何ですって?勝手に見ず知らずの人を家に上げたの?」


「珍しく好意的な人なのよ。近所に住んでいるって言うし、親しくしても良いじゃない。」


「はぁ、あなたの危機感の無さが心配になるわ。お父様のように人に騙されないと良いけど・・・」


「・・・・・・・・・」


お母様の言葉にお父様は押し黙った。お父様の事業が失敗したのは友人に騙されたからだ。その事自体は非難できないけれど、なんともやるせない気持ちになる。

 


「それとこれとは別でしょ。せっかくなんだし近所付き合いくらいしましょうよ。」


私はそう言ってなんとか2人を客間に連れ出した。この2人はこんな鬱々とした家に閉じこもっていないで、もう少し外の人と関わるべきだ。


「シンシアさんお待たせしました。こちらが私の両親のマーティン・オルドリッジ、ナンシー・オルドリッジです。」


「いえ、こちらこそ突然訪ねてきたのにもかかわらずおもてなし頂いてありがとう。シンシア・エマーソンです。どうぞよろしくお願いしますね。」


「ええ、よろしく。ところでエマーソンさんと言ったかしら?失礼ですけど家名を聞いたことがなくて。」


シンシアさんが貴族なのかの探りを入れる母に、嫌気がさす。


「ああ、他国から移住してきた者なんです。夫には先立たれたので、実家の性を名乗っております。」


「それはお気の毒に。プライベートなことを尋ねてすまないね。ほら、ナンシーも。」


「・・・失礼しましたわ。」


「いえ、お気になさらないで。」



母のせいで冷や冷やしつつも、穏やかなシンシアさんに救われる形で私達は簡単な交流を済ませた。

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