第2話

翌日、私はさっそくお父様とお母様に尋ねてみた。



「ねえ、この屋敷で執事服を着た男の子を見なかった?」


「シャロン、あなた寝ぼけてるの?今日から学校に通うんだからしっかりしてちょうだい。」


少し苛立たしげなお母様に、聞くタイミングを間違えたかな、と思った。お父様はお母様のピリピリした雰囲気を察してか反応も返してこない。



「・・・学校なんて通いたくないわ。無理して私を通わせる事ないのに。」


学校に通うのだってタダじゃない。それでも2人が私を頑なに通わせようとするのには意図がある。


「何を言ってるの!せっかく通わせると言っているのだから、あなたはしっかり教養をつけてきなさい。そして良い方を見つけて、いつかこの家を立て直すのよ。」



この家を救うには私が裕福な家に嫁ぐしかない。そのためにはそれなりの教養が必要なのだ。


(良い人を見つけるどころか、こんな微妙な立場で友達だってできるかわからないのに・・・)


私たちがこの家に引っ越してきたことは既に貴族社会でも知れ渡っている。私は重たい気持ちで荷物をまとめた。


これから通うのは一応そこそこ名のある女学校だ。馬車で通う令嬢たちが多い中、私はこの町外れから徒歩で向かわなければならない。


いっそお父様とお母様には行ったと嘘をついて、どこかでサボってしまおうか。そんな考えもよぎったけれど、苦しい家計から私の学費を捻出した2人を思うとそんなことはできなかった。



やっとのことで校門まで到着したものの、格式を感じさせる校舎を見て入るのを躊躇ってしまう。


(いっそのこと平民の学校の方が馴染めたのではないかしら・・・)


そんなことを考えながら敷居を跨いた。どうか無事に過ごせますように。


けれどそんな想いも虚しく、教室に入った途端に視線が突き刺さった。あちこちでひそひそとした話し声が耳に入る。


「あの子、あそこに越してきた・・・」


「ええ、なんでも父親が事業で失敗されたとかで・・・」


「学校には通えるのね・・・」


「でも私、あの子が歩いてきてるのを見たわ・・・」


「まあ、やっぱり貧しいのね。あんな遠くから・・・」



私は居た堪れない気持ちで席に着いた。


(大丈夫、私は勉強だけを頑張ればいい・・・)


そうこうしているうちに授業が始まった。授業中は集中することで憂鬱な気分を誤魔化せる。これならなんとか学校生活も耐えられるかもしれない。


そう思い始めていた。




昼休み。


「ねえ、あなた。あの町外れに越してきた方よね?」


「ええ、そうだけど・・・」


突然、プラチナブロンドの美しい令嬢に話しかけられた。彼女のことは知ってる。この領を収めるサンチェス家の御令嬢だ。


確か名前は・・・


「私はアリア・サンチェスよ。」


「存じ上げているわ。私はシャロン・オルドリッジよ。」


「ふふ、こちらも知っているわ。」


少し馬鹿にしたように笑った彼女はそれでも美しかった。


私は栗色の髪にエメラルドグリーンの瞳という貴族にしては割と地味な容姿なので、彼女のような華やかな人が羨ましい。


(これほど美人だったら、教養などなくても#良い人__・__#を見つけられるのだろうけど。)


彼女の顔を見てそんなことを考えていると、再び彼女の方から話しかけられる。


「あなた、今日はあの町外れから徒歩でいらっしゃったんですって?なぜ馬車を使わないの?」


「それは・・・」


言い淀む私にクスクスと笑う彼女とその周りの令嬢たち。


(ああ、分かっていて馬鹿にされているのね・・・)


彼女たちは貧しい私を馬鹿にしているのだろう。そう気づいてやはり学校など来なければ良かったと思った。



「ご存知の通り、今私の家は貧しいので。」


「まあ!よく恥ずかしくもなくそんなことを仰られるのね。馬車に乗るお金も無いなんて。」


「仕方がないわ、アリア様。きっと今までもきちんとした教育なんて受けてこられなかったのよ。」


知っているくせにわざわざ言わせようとしたのはそちらの癖に。私は便乗する取り巻きたちにカチンときた。


「まあ、随分失礼なことを仰るのね。」


私は彼女達をキッと睨んで立ち上がる。


「私もつい先日までは貴方達と同じく裕福な暮らしをしていましたわ。教育もきちんと受けています。自分がしっかりとした教養をお持ちでないからと言って一緒にしないで下さる?」


「なっ、なんですって!」


顔を真っ赤にしたその令嬢がいきり立つ。それをアリア・サンチェスが嗜めた。


「あまり私の友人をいじめないで下さる?」


(どっちがよ・・・)


そう思いつつ私は押し黙った。どうやら私を悪者にしようとしているみたい。


どうせ友達を作ることは出来なそうだし、それでも構わない。


本当は最初から反抗せず黙っていた方が穏便に済んだのかもしれないけど、馬鹿にされたまま俯いていることの方が私には耐えられなかった。


そうしてバチバチと令嬢達と睨み合っているうちに午後の授業の先生がやって来た。それを見て令嬢達は席へと戻っていく。


(ふぅ、なんとか乗り切ったみたい。)


初日からこんなでは先が思いやられる。きっと彼女達には目をつけられたに違いない。


私は憂鬱な気持ちで、授業が終わると即刻教室を出た。

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