第7話 集合 - perspective C -1

 中川と榎本は作業場に向かう途中のホームセンターにいた。中川と榎本は人力飛行機チーム「Tiny Flippers」のメンバーである。それぞれ大学生の頃、学生チーム時代には副代表であり、主翼班リーダーであり、チームの要となる仕事をしていた。


 中川が副代表だったときのチームは競技会で入賞し、チーム歴代の記録としてもかなり良い方だった。そのときはチームメンバーと喜び合い、これで引退だと思っていた。その後就職し後輩の応援に競技会に行くくらいに人力飛行機との距離は離れていた。しかし、2年前、先輩の吉田が社会人チームを創設して機体を作り始めたと聞いた。当初、代表でも設計者でもない先輩が何で?と不思議に思っていたが、その夏の競技会で吉田の同期のタケル先輩から、「吉田は競技会にはもう出ないらしい。毎年壊すのではない飛行機作りがしたいと言っていた。」と聞いた。競技会を目指さない人力飛行機って?それは一体何?興味がわいた中川は吉田を訪ね、作業の手伝いをするようになった。作業の合間吉田が説明したことは、人力飛行機の可能性についてで、世界の人力飛行機の資料を毎回見せた。もちろん中川も世界記録の機体は知っている。学生の時も今もそれを手本にした機体を作っている。しかし、作業場でみた資料で一番中川の印象に残っているのは、Gossamer Condorのプロトタイプを少年みたいなパイロットが一生懸命漕いで浮いている映像だった。周りの人は歩いているくらい遅い。そんな人力飛行機があるんだと思った。

 競技会向け以外の人力飛行機を作る中には、なにか面白い発見があるかもしれない。もう一度この世界の扉を開けてみてもいいかもと思った。


 榎本は学生チーム時代、主翼班リーダーであったがそれは人力飛行機の細い翼が綺麗にしなるのが好きだったからだ。競技会はテレビで放送される。その映像でだらーんとたれていた翼が風をはらむにしたがい上向きに綺麗な曲線へ向けて撓んでいく。完成した曲線はもうグラグラした印象はなく、空気の上に乗っかって滑っていく。水面に映った三日月のようにも見える。大学では建築専攻で飛行機のことは分からなかったが、テレビで観た飛行機を作っているサークルがあると聞き飛び込んだ。そして加藤と知り合い、なぜか今も腐れ縁が続いている。TFには手伝いだけのつもりで来たのに、触っていたらいつの間にか最外翼の設計の改良提案をしていた。半分作っていたリブは没になり、榎本の設計した二次構造を採用することになった(さすがにパイプは変えられない)。リブの材料変更、リブキャップの形状変更、エンドリブの強化をセットにしたもので、フィルムを張ったときのなめらかさを改善する事につながる。吉田は設計提案を聞きながら、残りの材料で出来そうだから図面よろ、とだけ言った。榎本はこの提案はダメかな、と思いつつ2週間かけて変更する部品の図面を作り吉田にメールした。いろいろあって、次に榎本が作業場を訪問したのは2ヶ月後だったが、榎本の書いた図面は部品になっていた。うわ、これ組まなきゃ、と榎本は思った。


 中川は買い物リストを手に店内を歩いている。

「9月とはいえ、明日は暑いよね。藍ちゃん」

「そうです。例年競技会は過酷ですけど、今年後輩の子が倒れてしまって...そういえばうちのテストフライト、チームとしてはサポートが無いみたいなのでご相談させてもらったんです。」

「そうね。久しぶりだから忘れていたわ。」

中川は手に取った紙コップをかごに放り込んだ。ここのホームセンターはペットボトルも買えるから助かるわ、あと必要なのは電池関係かな。体重計とヘッドライト用、あと電装用のリチウム電池と...うわっ高!一個2000円超えてる。二個入りか。

「あとウェットタオルとか、冷感機能があるやつがいいね。」

「そうですね。どうしても汗をかきますし...みんなに使ってもらいましょう。」

今回車は中川の実家の車だが、普段女子がくつろげる場所は悩みどころとなっている。もう少しなんとかならないのかしら。

 会計を済ませると、ペットボトル6本は結構な荷物だった。購入品を入れた袋の持ち手をそれぞれが持って、2人は駐車場へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る