推し活武将見参

和登

推し活武将見参

みや‐び【雅】

①宮廷風で上品なこと。都会風であること。また、そのさま。洗練された風雅。優美。

精選版日本国語大辞典より抜粋



ある朝の彼女はその文字がデカデカとついた兜をかぶって教室にやってきた。


いつも入り口でたむろしているやかましい男子たちが静まり、異変に気づいた女子も目を見張り掠れた声で「い、伊刀さん?」とこぼす。「どうしたんだ伊刀」と声をかける人、動画を撮り始める人などをよそに彼女は席に着く。口を真一文字に閉じたままじっとしている。


彼女の席は教室の最奥で私の隣だ。声をかけたい欲求に駆られるが考えが整理できない。なぜこんなことを?そこまで知っている訳ではないけれど昨日まで特に変わった様子はなかったはずだ。


彼女の黒の長髪はいつも時間をかけて解かしているのがわかるきらめきで、癖髪の私にはちょっとした憧れだった。今はその髪が綺麗に兜の中に収まって見ることはかなわない。あんな姿でもしっかりしているのは変わらないのだなとすこし安心してしまう。兜だぞ、雅の。


「ようーしホームルーム始めっぞ」バタンと扉を開けながら担任が入ってくる。教室の重い空気に気づくそぶりもなく彼は出欠をとるべく名前を読み上げようとする。


「ちょっと先生、伊刀さんの様子がおかしいんですけど」あわててクラスの一人が声をあげる。


「伊刀?…兜?みやび?」

「…もしかして『兜コレ』か?」担任は数秒の思考の後、私が知らない単語を発した。カブコレ?なにそれ?


「そうなんです!」弾かれたように立ち上がる伊刀。そこからの彼女はこれまでに聞いた中で最速の語り口でカブコレにおける雅の文字が乗った兜の武将への愛情について語りだした。カブコレを知っているらしい担任も初めこそ同志を見る目だったのが次第に畏敬のまなざしへと変わっていった。


昨日までの彼女からは大和撫子よろしい奥ゆかしさがあった。声も耳触りが良いが小さく、聴き手の集中を促すものだった。今日は海外留学から帰ってきたその日に全校生徒へスピーチを頼まれた特待生のような振る舞いと声量である。まさにカルチャーショック。




「伊刀、その情熱確かに伝わった。学校への持ち込み云々なんて野暮なことはいいけれど、どうして突然そんな格好をしてきたんだ?」本人の話を受け止めてから皆が知りたいことを聞く担任。私は彼のことを見直した。


「今日は3分スピーチの当番だったので、推し兜を皆さんにおみせしたくて来たんです」先生が知っていてくれたので説明が省けましたと少し頬を紅潮させた彼女はお辞儀をする。言われて私はそんなものがあったと気づく。家のサボテンを枯らした話でいなしたやつだ。


彼女の回答に「なるほどな〜」「推し活だね〜」などと納得し始める。それでいいのか?と思う中で、担任は出欠を再開しホームルームは始まっていく。


隣の席をみるとちょうど兜を外そうとするところだった。はらりと降ろされる黒髪、蒸れていたのかいつもより艶を感じる。


「あの、癖ついていませんか、髪」ささやき声。伊刀の質問に虚をつかれた私はあわてて首を横にふる。彼女は安心した様子でホームルームに意識を移した。


さっきの彼女と今の彼女はどっちが本物なのだろうと無駄なことを考える。

雅、けっこう似合うのかもしれない。

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