悪役令嬢は修道院送りになった!

すらなりとな

悪夢の予言

【イザラ】

 主人公アーティアのことを目の敵にする、第一王子クラウスの婚約者。アーティアを見下し、嫌味を言っては去っていく、ウルトラスーパーテンプレートな悪役令嬢。

 一番の見せ場は、もちろん断罪シーン。

 散々いやがらせをしてきた彼女が、雇った錬金術師に逆に騙され、クラウスに毒を盛り、イケメンから総攻撃、実家からも見捨てられて修道院送りとなるのは、誰もがカタルシスを覚えるシーンだろう。

 しかし、このゲームの恐ろしいところは、こんな悪役令嬢すら攻略できてしまうところである。イザラルートに分岐するには――


 悪夢の声をさえぎるように、イザラは飛び起きた。

 激しく鳴り響く心臓を抑えながら、周囲を見渡す。

 どこまでも清潔な白い壁に、薬剤の匂い。

 どうやら、学園の医務室のようだ。


(ああ、私は、あの予言の通りに、クラウス様に否定されたのでしたわね)


 幼少期からずっと響き続けた、あざ笑う声。

 今も時折、「攻略うぃき」だと言って語りかけてくるそれは、イザラには理解できない狂った単語を交えながら、不吉な「予言」を読み上げて続けてきた。


 そんな得体のしれぬ声に屈さぬよう、イザラは努力してきたつもりだった。

 アーティアをはじめとした下級貴族達に気を配り、薬の知識をしっかりと身に着け、毒と薬の見分けくらいはつくように。もちろん、怪しげな錬金術師など近づけもしていない。


 それでも、「断罪」は起こった。

 禁制の毒が、普段薬学の勉強に使っている研究室から出てきたと言われ、

 クラウスからは責められ、

 気がつけば、逃げ出していて――

 そして、目の前が真っ暗になった。


(あの後、どなたか、私を運んでくれたのでしょうか?)


 絶望のあまり倒れたはずだが、医務室にいるということは、まだ自分を助けようとしてくれる人がいるということだろうか。それとも、逃げられないように監禁でもされているのだろうか。


(駄目ね、思考がうまくまとまらないわ)


 静かに深呼吸して、自分を落ち着ける。

 考えたところで、答えが出るはずもない。

 何とか、情報を集めなければ――

 ベッドから立ち上がって、医務室の外へ向かおうとするイザラ。

 しかし、ドアノブに手をかける直前、扉が開いた。


「おや、イザラ嬢、もう立ち上がって大丈夫なのかね」


 入ってきたのは、ラバン。

 第一王子クラウスのいとこにあたり、王位継承権も持つ人物だ。

 ただ、継承の序列が低いこともあって、王族ながら政治に関心を示さず、薬学や化学の研究ばかりしている変わり者でもある。

 イザラとは、まだ婚約者だった頃のクラウスから親友として紹介されて知りあい、時折、勉強を見てもらっているくらいには仲がいい。


「ええ。ラバン様が、私をここまで運んでくださったのですか?」

「いや、キミを運んだのは、騒ぎを聞きつけた女子寮の管理人だ。

 私は様子を見に来ただけだよ」


 そういうと、ラバンは小さな花束を取り出し、窓際の花瓶に植えた。

 かすかだが、落ち着いた花の香りが広がっていく。


「ラベンダーだ。

 香りに精神を落ち着かせる効果があるのだが、苦手ではないかね?」

「いえ、とても気に入りましたわ。ありがとうございます、ラバン様」


 貴族らしく、優雅な礼で返すイザラ。

 自分でも驚くほど普段どおりの返礼に、ラバンは小さく笑みを浮かべると、医務室の椅子を進めた。


「かけたまえ。あの後、何が起こったのか説明しよう」

「はい、よろしくお願いします」


 ラバンに向き合うイザラ。本当はもう少し整理する時間が欲しいところだったが、いつまでも逃げ回ってはいられない。


「まずはキミが一番気になるだろうクラウスだが――」


 ラバンも、そんなイザラの覚悟に応えるように口を開き、


――おい、今、ラバンが向こうの部屋に入っていたったぞ!


 同時に、廊下から、クラウスの声が響いた。

 眉間にしわを寄せるラバン。


「……しばらく謹慎することになった。

 まあ、王族として最適解の婚約を破棄しようとしたんだから、当然だな。キミには災難だろうが、犬にでも噛まれたと思って忘れてくれたまえ」

「いえ、あの、ラバン様?」

「大丈夫だ。この部屋は衛兵が何重にも警備を敷いているから安心したまえ。すぐにクラウスも――」


――クラウス様! あそこには、イザラお姉様がお休みです!

――なんだとっ! イザラめ! 今度はラバンをたぶらかそうというのか!


「……アーティアもだが、謹慎の二人はすぐに連れ戻されるだろう」

「あの、ラバン様、逃げ、いえ、場所を移した方がよろしければ、いつでもおっしゃってくださいね?」


 どことなく無理をしているラバンに、あくまで貴族らしい気遣いを見せるイザラ。

 ラバンは軽く眉間を押さえながらうなずいた。


「ありがとう。久しぶりに純粋な優しさに触れた気がするよ。

 だが、問題ない。ストッパーは用意したからね」


――ちょっと、二人ともいい加減にしなさい!

――アリス! どいてよっ!

――そうだ! 聖女の従者とはいえ、やって良いことと悪いことがっ!

――やって良いことと悪いことが分かってないのはあなた達でしょう!


 響いたのは、第三者の声。

 確か、アリスという下級貴族のはずだ。

 面倒見のいい性格は同年代の学生にも相談を持ち掛けられるほどで、下級貴族でありながら評価されている。

 評判だけを聞けば、この場を任せるにふさわしい人材のように思えるが、イザラは不安で仕方なかった。

 アリスが予言に語られる人物だからだ。


【アリス】

 主人公アーティアの親友。攻略対象の情報をくれるお助けキャラ。

 好感度が高ければ、ミニゲームでも援護してくれるだけでなく、ADVパートでも間違った選択肢を選んだ時にさっそうと現れ、注意までしてくれる。難易度の高い百合薔薇ルートではほぼ必須と言っていい存在だが、好感度を上げすぎるとアリス本人との百合ルートに突入するので注意!


 またも頭の中に響いた予言に頭痛を覚え、扉の向こうに意識を向けるイザラ。

 が、聞こえてきた声は、予想とは違うものだった。


――いい機会だから言っておきます!

  まずアーティア!

  イザラ様の下着を盗んだりお風呂覗こうとするのは禁止!

  バレたらどうするの!

――バレたことないもん!

――少なくとも私にはバレてるから!

  それからクラウス様!

  なんでもラバン様なら分かってもらえると思ったら大間違いです!

――なっ! 君こそ、ラバンの何が……

――はっきり言って分かりません!

  ですが、クラウス様が自業自得で嫌われた事は分かります!


「……とにかく、アリス君が止めているうちに、話を進めよう」


 イザラに向き直って話し始めるラバン。

 予言は、アリスに関してはハズれたのだろうか。

 イザラは引っかかるものを感じながらも、ラバンに応え始めた。


「まず、禁制の毒だが、君は心当たりがない、それで間違いないね?」

「はい、誓って」

「だろうね。あれはクラウスに近づいた錬金術師が作り出したものだ。

 こちらでも調べたが、錬金術師と君に接点はなかった」

「ええ。会ったこともありませんわ。

 ラバン様は、その錬金術師をご存じなのですか?」

「ああ。学会で知り合ってね。

 錬金術師というだけあって、知識は膨大だったが、それ以上に野心も大きかった。

 公爵の一人娘をハメるくらいはするだろう。

 問題は、その錬金術師が、いまだ君を狙っている可能性があるというところだ」


――そんなこと言っても! イザラお姉様は狙われてるんだよ!

  聖女の私が守らないとっ!

――そうだ!

  イザラはともかく、ラバンが錬金術師とひとり戦うなど、放ってはおけない!

――そういうのは衛兵の役目だから! むしろ、聖女と王子も守られる側だから!


「という訳で、君にも護衛を付けることになったのだが」

「お気遣い、恐れいります」


――むう、じゃあ、私はどうすればいいっていうのさ!

――そうだ! ただ待つなど愚の骨頂だぞ!

――だから、二人とも! こんな時だからこそ!

  ちゃんとした 推 し 活 ってものを学びなさい!

  無理やり禁止! 思い込み禁止! ストーカー禁止!

  相手に嫌われないようにするのが最低限のマナー!

  下着とかお風呂とかは落とした後! 恋人同士になるまでお預け!

  それまでは、髪とか使用済みの羽根ペンとかを集めるくらいにしときなさい!


「……だが、どうやら、錬金術師以外にも脅威が迫っているようだ」

「そのようですわね」


――でもアリス、謹慎になっちゃったら、髪も羽ペンも貰えないよ?

――なら、まずは信頼の回復から!

  イザラ様はお花が好きだから、ラベンダーでも衛兵に届けてもらいなさい!

  直接会いに行くのは、好感度が上がったらでいいから!

――なるほど……

――おい、ラバンを落とすにはどうすればいいんだ!


「正直なところ、ここまでするつもりはなかったんだが――この学園は危険すぎる。

 君のことは、修道院にかくまってもらおうと思う」

「……やっぱり、そうなるのですね」


――ラバン様は薬学とか化学とかが好きだから、おとなしく学力を上げましょう!

  同じ学会に入れば接点も増えますよ!

――ぬう、やはりそちらから攻めるのがいいか……

――自分を磨くのも、推し活の一つです!


「こっちに、脱出用の隠し通路がある。

 本来は戦時用で、こんなことのために使いたくはないのだが……やむを得ん。

 抜けた先に馬車を用意してあるから、乗り込みたまえ。

 ああ、荷物は後でまとめて届けさせよう」

「分かりました。ラバン様も、どうかご無事で……」


――とにかく、二人がすることは分かったわね!

  ま っ と う な 推 し 活 です!


「しばらく学園には戻れないが、何か心残りはあるかね? 可能な限り力になろう」

「そうですね、では、一つ、お聞きしたいことが」

「何かな?」


「オ シ カ ツ っ て 何 で す か ! ?」


【広告】

 『推し活の極意』

 間違った推し活は、時に推しを引退に追い込む!

 では、推しに好かれる推し活とは!?

 その極意伝授します!

          (アリス出版 1,080円(税込))

 ※この書籍は、発禁処分につき現在取り扱いできません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪役令嬢は修道院送りになった! すらなりとな @roulusu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ