はじまる、前に。
春耳蜜
第1話
爆ぜるようだ。腰もお腹も乳房も痛い。
全てに重量と熱と張りを持って、主張が止まない。
……生理前というのはどうしてこう億劫で憂鬱なのか。
健康な女性である証なのに逆に女でいることを呪いたくなるときでもある。
食欲だって無限に湧くし、炭水化物や甘いものばかり食べたくなる。
そんでお腹いっぱいになって、満たされて、胸焼けしながら眠りにつく。
でもいちばん欲しいのは。
めんどくさい感情と鬱陶しい食欲とを押し除けて。
やたらに彼が欲しくなる。
「……あの」
「ん〜」
その当人は、メガネ姿で何やら読書している。
「何?」
「……なんでもないです。お茶飲む?」
「…さっきコーヒー飲んだよ。何で?」
「いや…うん…わかった。」
もやもやしながら洗面所に行く。
付き合って同棲までしてるのに、なんだか恥ずかしくて言えない。
……ちがうよ、何か。好きな相手だからこそ言うの恥ずかしい。
「あなたに抱いてほしいです」だなんて。
まぁ、いっか。休みだし、時間あるし、掃除でもするか。
ちょっと腰痛いけど、洗面所もしばらくほったらかしだし。少し屈むくらいは、へいき。
がさごそ洗面所のストック入れを漁っていると、リビングから声がした。
「これさ〜……ちょっときて」
……何だろ。
体勢を立て直し、小走りでリビングへ向かった。
「ん?」
何やら覗いている携帯画面。…故障か?
まだ新しいよなあ。そう訝しんだまま近付いていった。
そしたらふいに。
後ろから捕獲されるみたいに抱きしめられた。
「へぇ…ふ…??」
自分でも間抜けな声が出たと、思う。
「……何か今日違う。何?」
「……何が」
「朝からおかしい。なんかずっとそわそわしてる。」
「……え、そう、かな…」
「わかるよ。何」
「う……あの、ね、」
「うん」
「なんか身体が」
「うん」
「だるくて、重くて…あ、生理前、だから。あと…」
「あと?」
「したいかな、って……」
と言い終わるやいなやブフッと盛大に吹き出された。
「なんで笑うの?!勇気出して言ったのに!」
「いや。うん。ごめん、わかってた」
「う……」
「ごめんて。……じゃ、する?シャワー先、浴びる?」
口をへの字に曲げたまま、むっつり顔でこくりと頷いた。
シャワーを浴びてリビングに戻ると、彼は薄手のTシャツ姿で何か飲んでいた
……余裕綽々の姿。ちょっと悔しい。
「ゆっくりしてて。なんやかんやだるいんでしょ。」
バスルームに行く流れで片手で頭をくしゃっと撫でた。
……そういうとこだよなあ。私のことよくわかってるよなあ。絶対私の方が好きだよなあ。
なんて少し歯がゆく思いながら、少しだけお腹の奥が、疼いた。
はやく、はやく私の滞りを、突き動かしながら、溶かして。
はちきれそうなどうしようもない焦燥感を抱えながらベッドで寝転がっていると、いつもよりも水気を帯びて、瞳にも湿度を持った彼が戻ってきた。
この家の主であり、私が求めて止まない張本人。
「なんか飲んだ?」とミネラルウォーターを片手に持った彼が、そう言い終わる前に口付けて腕を引いた。
「いじわる。ずっとわかってたくせに。」
思いもよらなかった反撃に彼は少しびっくりしつつも、ちゃんと身体は応えてくれている。長い腕で、抱きくるめられた。
「……ごめん」
合わせた視線でも、私を絡めとって欲しい。
返事の代わりに今度はそっとキスで返した。
「……あのね」
彼の手を取ってそっと自分のぬかるみに導いた。
「……いっぱい濡れちゃった……」
言い終わった瞬間、空気が変わるのを感じた。
さあ、どうぞ。
好きに溶かして。
はじまる、前に。 春耳蜜 @harumimimitsu
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