【第二章開始!】逆性学園の冬の姫

和泉公也

第一章 転校編

第1話 序章

 バスに揺られながら、徐々に緑が濃くなっていく森林をただひたすら僕は眺めていた。

 春先だからか、あまり暖房は効いていない。外の涼し気な景色も相まってか、段々と寒くなっていくような感じがした。

「こんな不便なところに、学園なんてあるのかなぁ」

 僕はボソリと呟く。

 田舎、なんてものじゃない。キャンプ場のひとつでもあったほうがまだ栄えているような雰囲気の、本当に山奥だ。

 僕は鞄の中から、これから向かう場所のパンフレットを取り出して開いた。


 私立四鈴よすず学園――。

 

 自然豊かな土地に囲まれた、全寮制の中高一貫校。

 最初に聞いたときは田舎の寂れた高校か、小さな分校のようなものだと想像していたが、どうやらそうではないらしい。地元の生徒だけじゃなく、日本のそこそこ名の知れた名家や大企業の子息も通う、名門中の名門という話だ。

 そもそもこの四鈴学園がある四鈴村自体、自然を尊ぶ風習が強い町らしい。なんでも昔、自然を司る精霊たちがいたという伝説があり、それに纏わる逸話がいくつもあるようだ。それに伴ってこの学校も私立ではあるが、地元の風習に乗っ取った催事に非常に携わっていたりもするとのこと。

「まぁ、でも――」

 ここに学園を建てようとした人のセンスも少し疑うけど、学校の制服はカッコいい。パンフレットに載ってる写真を見ても痛感する。一般的な黒単調なものではなく、少し青みがかかった学ランで、詰襟の部分に白い刺繍が施されている。

 ちょうど、あそこに座っている少年が着ているような――。

「ん?」

 僕の左隣の席に座っている少年と目があった。

 濃い青髪の少年は、僕と同じ年ぐらいの年齢だろうか。きっちりと学ランを着こなして、首元にヘッドフォンをぶら下げている。

 少し彼と目があった後、彼はすぐに目を逸らし、また本を読み始めた。

 イケメンだ――。

 男の僕から見ても、凄く見とれてしまうような美少年だ。寡黙な感じが伝わってきて、勉強家なのかなという雰囲気が伝わる。

 あの学ランを着たら僕もあれぐらい恰好良くなれるのかな――。

 なんて、考えていると、

『次は、私立四鈴学園前、私立四鈴学園前でございます。お降りになられる方はボタンを押してお知らせ願います――』

「あっ、次か――」 

 バスのアナウンスが知らせると、僕は慌ててボタンを押そうとした。

『次、停まります』

 僕が押すよりも先に、誰かがボタンを押した。

 ふと横を見ると、先ほどの少年がボタンを押していた。まぁ、学園の制服を着ているということは生徒ということだし、だったら四鈴学園前で降りるのも別に不思議な話じゃないけど。

 バスが停留所に停まった。僕は降りようと思ったけど、横の少年を先に通すことにした。

 けど、彼は降りる気配がない。前のほうをじっと見つめながら、立ち上がろうとしない。

 ――あぁ、そうか。

 前方の席で、杖をついたおばあさんがゆっくり立ち上がっていた。足腰が大分悪いのか、扉まで歩くのもたどたどしい。

 僕もおばあさんが降りる直前になってから立ち上がり、静かに出口まで近付いた。

 おばあさんが降りるのかな、と思いきや、出口で立ち止まったまま、杖をカツカツと床に何度も打ち付けている。

「あ、あの――」僕は恐る恐る声を掛けてみる。「よろしければ手を貸しましょうか?」

「あぁ、悪いねぇ」

 僕はおばあさんの手を取り、静かに降りる。

 ゆっくり、ゆっくり、慎重に――。足腰が弱いおばあさんに合わせて、僕も一段ずつ下がっていく。

「よしっ!」 

 なんとか、おばあさんも僕も降りることができた。

「ありがとうねぇ、わざわざ手伝ってもらって」

「いえいえ、こちらこそ――」

「優しいねぇ、おじょうちゃん」

 ニコリ、とおばあさんが微笑むが、僕は冷や汗を垂らしながら硬直する。

 確かに僕は身長が低い。同世代の男子はおろか、女子と比較してもクラスに僕より低い人は三人いるかいないかだ。顔つきも女の子っぽいってよく言われてるし、睫毛も長いと思う。だからなのか、おばあさんの目が悪いのか、折角の親切が冷や汗に変わった。まぁ、おばあさんも悪気はないんだろうけど……

 呆気に取られていると、おばあさんはとぼとぼとその場から去っていき――

『扉が閉まります、ご注意ください』

 バスもまた、その場から走り去ってしまった。

「いや、ちょっと待ってえええぇぇぇぇぇぇ! 僕まだお金払ってないいいいいいぃぃぃぃぃぃッ!」

 大声で僕はバスを呼び止めるが、時すでに遅く、バスは彼方に行ってしまった。

 ――これ、どうしたらいいんだろう?

 え、いいのこれ⁉ 運転手さんちゃんと空気読んで! これじゃ無銭乗車したことになるじゃないか! いや、僕は決してそれを狙っておばあさんを助けたわけじゃなくて、こればかりは運転手さんの過失だから僕は悪くない、うん、悪くない――。

「あぁぁぁぁ、でも、さすがにお金払わないのはマズいよ!」

「――お金のことなら心配しなくていい」

 傍らから声が聞こえたほうを向くと、先ほどの少年が僕に向けて話しかけてきていた。

「えっと、君は――」

「お金、立て替えておいた。他のお客さんを待たせるのも悪かったし」

「あ、ありがとう……えっと、お金払うね。確か二百七十円……」

 あっ――。

 財布の中を確認すると、五千円札が一枚と一円玉が三枚程度。

「ごめん、大きいお金しかなくて――」

「……気にしなくていい。君、この学校の生徒、だよね?」

「あ、うん。というよりも、今年から通うことになるんだけど……」

「なら、また改めて返してくれればいい。それじゃ、また――」

 カッコいい、と率直に思った。

 さっきは座っていたから分からなかったけど、彼は僕より頭ひとつ分背が高い。背筋も真っ直ぐしていて、線は細いけどどこか逞しさを感じられる。

 僕が女の子だったら好きになるタイプなんだろうな。

 ――なんて、そんなことを考えている場合じゃない。

「あ、あの……」

 僕は彼を呼び止めた。

「ん?」

「名前、聞いてなかったから……」

「ん、あぁ。そうだね」

 そういって、彼は首元のヘッドフォンを正してもう一度僕を見る。

「亜玖亜……、水波みずなみ亜玖亜あくあ……」

 彼はそれだけ告げて、その場から立ち去っていった。


 ――亜玖亜くん、かぁ。

 同性なのに、僕は何故か彼の姿にときめいてしまった。

 そんなちょっとおかしな出会いと共に。

 僕、氷渡ひわたりゆきの、ちょっとどころじゃない変わった学園生活が幕を開ける――。

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