推す、召す。そしてまた推す。

人間 越

推す、召す。そしてまた推す。

『はーい、ざぁこざぁこ。リアル世界で宙ぶらりんなニーターの皆、今日も生きてるぅ?』


 耳朶を叩くは喋っている内容とは裏腹に甘ったるい声。その声音の甘ったるさが、発言の不快感に拍車をかけているのだから恐ろしい。しかし、その発言より不思議と腹は立たない。ただのお茶目な挨拶くらいにしか聞こえなくなっているのは既にどこかおかしくなっているのだろうか。いやしかし、甘ったるさの中には確かに台詞の通り侮蔑を感じる一方で、しょうがない人だなという親しみや、またわざと呷ることによる受ける制裁への期待を感じさせる。

 そのような複雑な意を纏った声は、確かに人間のものだが、モニターに映っているのはアバターと呼ばれる動く美少女キャラクター。

 いわゆるVチューバーと呼ばれるアバターを持った配信者は、今や大戦国時代。乱立に次ぐ、乱立と消失に次ぐ消失を繰り返していた。

 そして今見ている彼女もまた、そんなVチューバーの一人。

 名を天須課子珂あますかこかと言う彼女は、Vチューバーの中でもメスガキ系という立ち位置だ。

 特徴は、とにかく視聴者を煽ること。

 視聴者のことをだらしない身体をした、悪臭漂う、無職という風に仮定して、あまつさえそれで罵倒する。

 信じがたいことだが、それで人気商売として成り立っている。


『ん。スパチャありがとう、三丁目のプータローさん。これどうせ親のクレカっしょ?』


 スパチャ、或いは投げ銭とも呼ばれる金銭を纏わせたチャットにすらこの有様だ。だが、それがいい。ちなみに、三丁目のプータローは俺。自腹だし、なんならプータローでもない。

 ともすれば、発言全てが炎上しそうな彼女だが、今のところそれはない。何せ彼女はVの底辺も底辺。余程のもの好きでもなければ彼女のことなど好んでみる者などいないのである。

 そしてそれは逆説的に、俺がそんなディープなVの沼底で、また彼女にハマるようなポテンシャルの持ち主だったからであるのだが。


「ふひひ……」


 おっと、つい笑い声が漏れてしまった。でも仕方ない。スパチャが読まれたのだ。

 そう、俺、木暮朔こぐれさくはVチューバー天須課子珂を推しているのである。


 ☆       ☆       ☆


 唐突だが、Vチューバーとは中の人がいるものである。

 そして、何かしら問題があったり、或いは流行らなかったりするとアバターや所属を変えて転生することが度々ある。

 課子珂も例に漏れず、転生者である。しかも数回。

 最初に出会ったのは、Vチューバー黎明期のころだ。今でこそVチューバーのトップを走るプロジェクトの初期メンバーの一人、として俺は課子珂の中の人にであった。最初は清純系のキャラクターであり、素直に惹かれた。


『サクさん、いつもコメント残してくれますよね! ありがとうございます!』


 スパチャなんて知らなかった頃、流れに飲まれ消えていくただのコメントが読まれたときに、恋に落ちた。

 画面の奥の存在に近づけた、その距離感に。まっとうに、ハマった。最初は。

 程なくして、最初の転生となった。

 発表された理由は、事務所との仲違い、だった。

 当初は事務所を憎んだ。何も知らないからこそ持っている芸能界への猜疑心が遺憾なく発揮された。

 ブラックな環境の犠牲になったのだと、胸が締め付けられた。もしかしたら、性的なことを強要されたのかもしれない。

 あることないことが連想され、芸能界ならばありそうだと戦慄し、握った拳を震わせた。何か自分に出来ることは無いか。届いてるかも分からないSNSで励ますことしかできないのだろうか。

 そんな矢先、彼女の転生体を観た。

 一目で気づけたわけじゃない。似ている声だなと思ってたら、まとめサイトで転生したらしいと聞いた。無論、証拠はない。公式も言わないし、本人も言わないからだ。

 だが、同じ人に違いなかった。だから、推した。しかし、彼女はまたも転生した。今度は、スキャンダルで。

 交際相手の存在が発覚したのだ。

 まあ、アイドルじゃあるまいし、恋愛は自由だろう。別に独りなんて知らされてない。むしろ、そういう相手くらい年ごとの女性だ、いるものだろう。頭ではそう思った。指でもそう語って彼女を擁護した。けど、心の底には傷ついた俺もいた。

 彼女はまた、転生した。今度は、自分で気づけた。側は獣系で、声の出し方も変えていたが、彼女の片鱗を見つけることが出来た。

 でもまた転生した。今度は、ラインの流出であった。前に発覚した彼氏とは別の男性との。

 そろそろ、転生しまくりキャラが定着してきた。尻の軽い女だと揶揄する声も増えた。最初は否定した彼女も、やがてそれを受け入れ、開き直り始めた。でもそれは精神的に重荷だったのか、また転生した。

 療養のための活動休止だったが、そのままそのキャラは消えた。最後まで男の影が囁かれていた。


 ☆      ☆      ☆


 一番最初の人気を引っ張りつつも、転生の度に彼女のファンはふるいに掛けられていた。


『サクレさん、スパチャありがとうございます。今日の配信も面白かったよ! うん、ありがとう~』


 それでも俺は彼女を支持していた。

 いや、好きとかだったのかは分からない。裏切られたという気持ちは失せていたが、許したとも違う。ただ何となく、彼女の転生先を追っては応援した。愛は目減りしていたが、不思議なことに掛ける金は増えていた。大学に入ってバイトをするようになったり、就職して社会人になったりしたからだ。金は投げれど、無感情に、脳死だった。話したことは無いが、親や知人が知れば何やってんの? と真顔で言われただろう。

 しかし、それを彼女はそうは感じなかったらしい。


 ――サクレさんへ。

 いつも応援ありがとう。私、水樹みずきココナに対するいろんな噂を知ってると思うけど、いっぱい、いっぱい応援してくれるサクレさん。

 どんな人なのかなって最近はサクレさんのことばかり考えちゃいます。

 サクレさんにだけ、特別なお礼がしたんだけど、今度、会えないかな?


 ある日、そんな怪しげなメールが届いた。

 指定されたのはとあるカフェ。半信半疑でというか、九割九分疑っていた。けど、片隅に湧いた一縷の望みには抗えなかった。下心と言い換えてもいい。不純な目で俺は彼女のことを見ていたのだ。


 ☆       ☆        ☆


 果たして、そのメールは本物だった。


「あなたがサクレさん? 初めまして――」


 目の前に現れたのは名も知らぬ、ずっと追いかけてきた人。

 お世辞にも、アバターの姿から連想したような圧倒的な可愛さはなく、どこにでもいるような女の人だった。

 それ故に、現実的だった。


「――っあ! ああっ! すごいっ! いいよ、朔っ」


 その日のうちに関係を持った。

 特別なお礼とは、そういうことだった。

 そういうつもりで、つまるところ彼女はそういう女だった。

 もはや幻滅はしなかった。同じ穴の狢だったのか、躊躇いもなかった。


「こんなに良かったのは初めて。私たち、相性いいのかもね」


 ベットの上でのその言葉を俺は鵜呑みに信じた。

 そして彼女は、またも転生した。理由は言うまでもない。

 数度に渡って会い、身体を重ねた彼女からの連絡は途絶えた。


  ☆       ☆        ☆


『ニートの皆~、ざぁこ、ざぁこ。課子珂だよ☆』


 それでも俺は君を推す。

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