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 あれはのぞみさんだ。

 そう、さなぎは思った。

 さなぎの夢の中にいるのは、さやかお母さんではなくて、なぜかのぞみさんだった。

 のぞみさんはさやかお母さんと同じようにさなぎに後ろ姿を向けていた。

 でもさやかお母さんのように、どこか遠いところを眺めているのではなくて、のぞみさんはきょろきょろと自分の周囲にある世界を慌ただしく見渡していた。

 なにをしているんだろう?

 と、そんなことをさなぎは思った。

「のぞみさん、なにしているの?」

 とさなぎは少し遠くにいるのぞみさんに言った。

 でも、その声はさやかお母さんのときとは違って、のぞみさんにまでは届かなかったようだ。

 のぞみさんはさなぎのほうを振り向いてはくれなかった。

 のぞみさんはきょろきょろと自分の周囲の世界を見渡しながら、「のはら、のはら、どこにいるの?」とそんなことを言った。

 その言葉を聞いて、さなぎは、あ、のぞみさんはのはらさんを探しているんだ、と思った。

(確かにさなぎの夢の世界の中には、どこにも、のはらの姿を見つけることはできなかった)

「のはら、のはら、どこ?」

 のぞみさんは必死な表情をしていて、そんなことを言っていた。

 それからのぞみさんはのはらを探して、緑色の草原の中をゆっくりと歩き始めた。その歩き始めた方向はちょうど、さなぎのいるところとは反対の方向だった。

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