第17話

〈姉〉

 葉?歯?派?刃?何で縁?何で縁のことを言う。今それ関係無いだろ。今縁がこれらの与太でいい加減で出鱈目な音のソノリティに組み合わされる工程が何処から生まれた。今どころか億万劫に私達とこれらとの接点なんて互いに学校に禁錮されていることくらいで違うまでもないとしても状態は仲違いに大差無いと違いないのに。私とさえ関わり合いが無いのに。と私がきっぱり固めたことを私と意思が疎通できない通りすがりのこれらが軽はずみに侵してくる様子があるようだ。

 新学期だから?ここが教室だから?これらがこれらだから?私達は私達でずっと変わらないからこれらのせいだと容疑を確かめられる。私達は何もしてない。何も誰かに不機嫌を患わせるようなことをした覚えは夏休みもその前後もするはずないし、私は縁にしか興味が無いし縁が作る絵巻には私が何人もスクロールされるだけだろうし、小人達が列挙して不善を為そうとするけれどそんな危険に私達は近寄らずその二人を慎んでいる。その防護壁を気兼ねなく壊して縁を中傷以上に重傷を負わせるような真似をするのが外に居る。

 というか何で縁のことを知っている?縁の昔を知っている?誰から聞いたのか誰かが言ったのか誰の告げ口か。校内の名簿で苗字により姉妹であると調べがついても四年前から一昨年までの縁の小学生時代を知るのは私しかここには居ないはずだろ。

「虐められてたってそれマジ?」「もう一回写真見せてよ……うわぁこの子が」「いついつ?現在進行?てかこいつの妹って幾つだっけ」「中一だろ今年入学の。だったよな片伊」「聞いても無駄だろこいつ無視するから。なぁ片伊」「あぁあれか!高二になって一人孤独な昼休みを送るこいつに弁当持ってやってくるあの子かぁ」「虐めって何されてたん?」「バケツで水ぶっかけられたり体操着盗まれたりしてたんだとさ。で結局自主休学」「こいつ中二の頃やたら早退していたよな」「片伊がキモくなり始めた時だよなぁ懐かしい」「その後私ら三人が片伊に慈善活動し始めたんだよ」「ウチら編入組だから分からなぁい」「それって妹の為に学校サボったってことだよね、うわぁ健気」「よく考えてみたら姉妹揃って、そういうこと……?」「馬鹿、アタシらのは虐めじゃねーだろ。交流だから交流。陰気なクラスメイトを明るみに出してあげようという善意だから」「今もほら俯いちゃっているし。起きろぉ」「暴力は良くないよね暴力は」「で今はどうなの?虐め絶賛実施中?」「あぁ多分学校には来ているぞ。中学生の噂は縁遠いから詳しく知らねぇけど」「じゃああっちの校舎にはこいつの妹が居るってか」「遠くの縁ちゃんに向けて叫んでみれば?『縁愛してるー!』って」「「「「あはははは」」」」

 周りで喋るこれらが喋る授業のルールも守らずに。煩い五月蠅い騒々しい姦しい喧しい囂しい喧喧囂囂これらの声が私の半径一つの席で織りなされる続け様に。これらが止めどなくこれらが淀みなくこれらが揺るぎなく私は泣く泣く拠り所なくこの時間を無くすようこれらが亡くなるように願う。こんな声こんなこと聞きたくないから耳を塞ぎたい耳栓したいけどあからさまにしたらまた何されるか分からない縁を何て言うか許せないから仕方もなく聞き耳を開通して吹き抜けの痛みが走ってゆく。私に猶予がある措置はこの場で独立を保って決してこれらの経口感染に侵されない理性を祠に祀ってこの状態の終わりを祈願するしかないのと今すぐ掛けられた鍵を巻き戻して階下の花壇に血管の茎から開花することの二通りあるけれどいつも通り縁に生きて再会するには床はこのままの高さにしておかないといけない。でも大丈夫、縁の受けた苦痛に比べればこんなことそよ風が髪を撫でる程度で後遺症になる前に消えてくれるからそうだよねきっと。大丈夫だって縁がそこに居るこれらには感化されては全くないけれど阻まれて見えない先の縁を愛する。授業が終わるまでの辛抱だから授業が終わればこの路上音楽は私の中の文学に処理されて削除される。大丈夫、大丈夫。大丈夫大丈夫大丈夫大大大大夫夫大丈大丈大大大丈丈大大夫大丈丈大大大大丈大夫丈夫大大丈大夫。

「あはは、話のネタが増えて良かったな片伊」「皆酷いよ他人の妹で遊ぶなんて。だってこんなに可愛らしいのにね絆お姉ちゃん」「ねぇ絆お姉ちゃん」「もしかして家では『お姉様』『縁よ』なんて呼び合ってるんじゃね?」「ぶぶ、想像したらウケるわそれ」「ありそうありそう」「そんなトラウマ植え付けられてよく学校来る勇気あるよね。ウチだったら病んじゃうよぅ」「虐められたお蔭で却って耐性付いたんじゃね?」「じゃあ仮に今後虐められたとしても安心だね」「いざとなればここに姉貴もいる訳だしな」「ひょっとして予防線貼るために入学してきたんじゃ?『お姉ちゃんに言いつけてやる!』みたいな」「中一くらいの幼い子だったらあり得る」「いや逆かもよ、こいつが虐められる妹を監視したいが為に無理矢理入学させたのかも」「この気持ち悪い日記はその証拠か」「そうすると辻褄が合うな」「妹の為に何と立派なお姉ちゃん」「そこんとこどうなの絆ちゃん?」

 なんかじゃないこれらにこれが落ち着いていられる?耐えられる?早く日記返せ。返して。授業は終わるのに何でまだ居るんだよいつものように私から離れろよ私を避けろよ。憶測と間違いだらけの豪雨に打たれ凶器に尖った紅葉を散らす。季節の終わりをこれらに降らせてあげたくて頭の中がすっかり色めき立つ。何より知らぬ間に打たれる雨曝しの縁が縁のために縁が居ないからっていや縁がいたとしても縁を傷付けていくことをするこれら。

 何も知らない癖に。何も縁のことも、縁の優しさも、縁の人生も直接見知った人間じゃない癖のこれらが。私だけならまだ縁の分だって背負って少しも厭わず縁のためなら献身出来るけれど。首を傾けて動かないよう見せかける反撥で動ける箇所の机に隠された部分が動いて動いて貧乏揺すりが止まらない。校舎だけ連弾するのは不公平につき私自身の感覚を変えるように歯軋りが収まらない。奥歯の地鳴りが口内に軋轢を来たし歯茎が柔らかく崩れてく。

 遂に身体が抑えきれず、机を一回殴打した。

「わ!片伊が机叩いた!」「凄ぉい珍しい」「何々怒っちゃってんの?」「ちょっと止めてよ暴力は」「妹のこと言うとこんなになっちゃうの?」「そう言えば私らそのタイプのネタあんまり触れて来なかったな」「そんなに妹のこと愛してるんだぁ」「本物だなぁ」「本当に居るんだねこういう人って、引くわ」「最愛の家族が馬鹿にされるってどんな気持ち?」「教えて欲しいなぁ絆ちゃん」「でもよく言うよね、虐められる側にも責任があるって」「確かに虐められ易そうな顔してるし」「如何にも我が強そうだし」「虐められた原因も案外、お姉ちゃんが居ないのが寂しくて暴れたとかじゃ?」「実際片伊の妹って片伊のことどう思ってんの?こいつみたいに気持ち悪いことお互いにしてんの?」「つーか、妹も姉みたいにキモいの?」「妹の性格もキモいの?」「ねぇどうなの影良?影良が言い出しっぺなんだよ」「そうだよ影良、もっと暴露してよ」

 一派が次々に捲したてる。

「そうだなぁ」精神がサイレンを呼び鳴らす。ランプの濃度が赤色に抛つ。

「片伊の妹超態度悪いよ。この前偶然見かけて挨拶した時無視されたしよぉ」

 お前、それ。

「っ!!!!!!!!!!!!」

 瞬間席から立ち上がり、伏せていた油断を突いて声がした三番の方へ両腕を回し、一秒の無駄も無く無言で抵抗しようがないよう三番を右足を軸に捻りながら全体重を掛けて振り回して、窓の下の側面に三番の腰から薙ぎ倒した。覆い被さってマウントを毟り取る。

 お前だってあの時!お前があの時言った約束は!

 衝動的に吐き棄てようとした言葉は、突然身体を押し倒されて混乱している三番の間抜け面を拝むことで奥に引っ込む。耐え切れない気持ちが寸での所で迷いに捕まる。これ以上何か振るったら本当に取り返しがつかないような気がした。押し倒した時点でもう遅いけれど。

 そして意外にも残りの四人が私を取り押さえてくる景色はまだ無い。恐らく私の初めて見せる牙に唖然としている。その代わり二までと四から八と十から十二、十四から二十四、二十六から三十五、三十七から三十九番までの怪訝な視線を一身に受ける。確かに私が手を出したことは無かったけど、こんなのいつもと同じなのに。

「…………っっっ………………んぉい!」

 すると日和っていた三番が意識を戻した途端、余所見の私に襲い掛かる。私より遥かに遠慮の無い力で肩を握られ床に激しくバウンドし、逆の立場に追いやられた。

 それをチャンスに止まっていた時は再稼働し、他のメンバーも「ioh」(l;/)Ugi32;@@Pwo!」よく聞き取れないがそう言って集まってきた。一人と五人またはそれ以上の圧倒的な人数差の前に私の目は霞む。今までの積み重ねがここで終わるのか。

「片伊てめえふざけ」

 その時、吠えかけた三番に「ぐしゃ」何かが刺さった。正確には三番の頭上にある掲示板、細長い銀色の光が散った。

 カッターナイフだ。荒れ模様に陥りかけた教室は一気に暴状から逸れ、誰もがその刃物の飛ばされてきた方角に注意を移す。仰向けで背中の損傷に酔いしれる私も何とか身体を傾けて、後ろに目を向ける。

 そこには放り投げられた弁当箱。縮れた卵の破片、床色に似合わない野菜一枚一枚、埃と具材で汚れたテーブルクロス。その中心に、顔を血みどろ色に膨らませる縁が立っていた。

「お姉ちゃんに何してんの?」


〈妹〉

「お姉ちゃんに何してんの?」

 おい何してんだこいつら。教室に入るとお姉ちゃんが床に倒れ込んでいて、それを起立で傍観する数人と視界に収めながら我関せずと言った周囲の数十人の構図があった。その内一人は目線だけでなく手まで伸ばそうとしていたから、秘密道具とお姉ちゃんと分け合うはずだった手塩を掛けたお弁当を放り投げて牽制した。眼球に狙いを定めたというのに外してしまったクソ。

「大丈夫!?怪我無い!?」散乱した具材で遠退いた害虫共を余所目にお姉ちゃんへ駆け寄る。

「縁、危ないから戻って……」一見すると制服の乱れの他に外傷は目立たなかったけど、肩を押さえる素振りをしたので捲ると薄っすら青みがかっていた。絆創膏なら放った鞄に常備してあるけど湿布までの用意は無い。無能かわたしは。

「痛そう……」何かしてあげたいけどさするのは逆効果と自重し、無理に立ち上がらせるのも悪手と考えて痛みに共感することしか出来ない。合理的には今すぐ病院か家に連れ出したい場面だけどお互いの感情はそれを許さなかった。

 わたし達以外の辺り一面が十秒間の消音に包まれた後、キャーという被害者面の発声を皮切りに「おいこいつ刃物投げたぞ」「先生呼んでくる!」と中心付近の五人も意識を取り戻したようで、その内一人が教師を呼びに行くけれどそんなことはどうでもいい。無形の惨状は元から存在していたはずだから。

 それよりこの事件最大の罪人と思しき机に仰け反った十七歳を睨み付けると、そいつはあの糞迷惑な遠藤何ちゃらの妹と記憶している人間だった。

「あ」互いの認知が重なる瞬間声を漏らすのは案の定お姉ちゃんの知り合い、クラスメイトだった。おい、こいつが犯人なの?

「お姉ちゃんに怪我させたのはお前?」

「違う、アタシが張り倒されて」思い入れの無い旧知を取り置く遠藤妹は途中でイタタタタタ、腰を押さえて呻きながら言う。その動作は演技には思えないけど、口からは嘘の悪臭しかしない。何の辛苦も負っていないお姉ちゃんが徐に殴り掛かるとは思わない。お姉ちゃんは昔から何かと一人心の内に抱えてしまう気質だから猶更。

「こいつが例の妹?」「噂通り直ぐに手出るんだ」「姉妹揃って暴力だよ暴力」遅れて取り巻きが何やら喋り出す。状況整理さえ出来ればこっちのものだと言うようにわたし達に接近する動きを見せた。

「それ以上近寄ると殺すよ?」警告すると意外と素直に進行を止めた。これはブラフでも何でもない本心だ。腕を伸ばせば届く鞄は台所の包丁を秘めている。手持ちは厳しかったから予備の武力として保存していた。銃が最も手っ取り速いけど法を侵すまでナイーブではなかった。

 怖い危ない気持ち悪い、と壁に張り付く女子達の姿勢が言う。わたしのことは別に良いけどお姉ちゃんへの誹謗中傷は許さない。問答無用に机を薙ぎ倒して威嚇するのは手だけど、情報収集の為に敢えてこのまま立ち止まることにした。集団幻覚の力が偉大でない限りお姉ちゃんが手を出したのは事実のようだが、見方に偏りがあるのは明白だ。何処かに第三者目線の機能する証人は居ないかと探すが見当たらない。

 ふと床の奥を見遣るとお姉ちゃんの書いた日記が仰向けに転がっていた。わたしの顔色が埃に塗れている。今は倒れたお姉ちゃんから寸分たりとも離れたくないのでぐっと堪える。取り返したらこの人類の不条理を負の歴史として刻むべきだと思った。

 よく見ると既視感のある顔は遠藤妹だけではないことに気付いた。現在他人の内で二番目に近い女はカフェでお姉ちゃんが目を背けた相手だと思い起した。そいつと隣人三人、加えて遠藤妹が窓際を取り囲むような配置、最近のお姉ちゃんへの違和感から察知する。

「お前達ここでお姉ちゃんを虐めていたな」

 この現象は虐めと言うことを確かめた時、昔の景色を思い出してどうしてか気分が高揚した。あぁ今は包丁が使えて頭が使えて勇気が溢れて。けれど自分に酔うのは後日にするとしよう。

 これまで教室へ食べに来てこんな悪意の気配は一度も感じられなかった。最近になって幕開けした事態なのか。もし高校入学時から、中学棟に通う時代から同じ目に遭っていたとしたら、わたしはそれに気付くことが出来なかったのか。そんな馬鹿なことあってたまるか。

「仕方ないだろ、だってこいつ空気読めないから」人の心も読めない人間は理路の乱れた動機をくれる。それはわたしも今となっては同じかもしれないけど。

「具体的に危害を加えたの?」わたしはあくまで会話を試みた。

「存在そのものが害あるから」会話は成り立たないことが分かった。減らず口を叩くのは結局わたし達などただの弱者であり、罵倒に対する報復のリスクさえ甘く見ているということだろう。

「アンタら姉妹終わったね。武器投げたらアウトでしょ。教員が来たら即刻補導、校長厳しいから退学処分かもよ」身体を伸ばす生ゴミが何か言っているけど、わたし達には関係無いことだった。情報集めはこのくらいで切り上げることとした。

「おいお前達!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 隣の校舎まで聞こえるような大声で怒鳴り上げた。近場の奴らは頭を両手で挟む間抜けなポーズ。わたしを優等生だと思い込んでいたクラスメイトの阿保面を置き去りにして、全てを破壊する衝動が舞い降りる。

「……お前達は全員敵だ。そこで見ている奴もお前も世界もみんな死ねばいい」

 お姉ちゃんの擁護に出る者が誰も居ないここは敵の占領地だ。敵は倒さないと。お姉ちゃんを引っ張って逃げる道も考えたけどやられっ放しは無しだ。多勢に無勢と馬鹿にされようと、一人でもその首を刈り取ればわたしの精神は少しはマシになるのです。

 鞄のチャックに手を掛けようと伸ばす。

「縁、私の為に有難う」

 するとお姉ちゃんは一転、曇りの晴れた様子で立ち上がった。身体は大丈夫なのと心配が第一に走るが、わたしと心を通わせていたことを直ぐに悟る。そんな、わたしがやってあげるよと言いたくなったけど、ここはお姉ちゃんに任せるべきなのかもしれないと引いた。

 秒速一メートルの靴底が教室後ろへ歩みを進める。その行動理由をピンと発想出来なかった遠藤妹は一時立ち尽くし、油断を露わにした。

 わたし達の邪魔をする奴なんてぶっ殺しちゃえば良いよ。

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