第12話
〈姉〉
夕立のような疾さで夏休みは過ぎ去り学校生活は二学期へと駒を進めた。
しかし今年の夏も色々あったな。うん色々あったよ。本当、色々。彩り豊かな過去を一部振り返ってみると、名目的には映画、海、ショッピング、実質的には縁とロマンス予行演習、縁のスイート水着観察、縁へのスペシャル衣装贈与があった。前二つは今夏で最も長い時間遊んだ娯楽の内に入り、最後のは日常生活の枠から飛び出た行楽ではないけど、特別感ある交友が出来た。交友というか交妹。
全体を鑑みると縁と共有する時間が例年通り休暇の九割九分九厘を充たしていたので、過ごし方としては優秀だったと思う。学校に在籍する限り半日近くを教養と学問に奪取されてしまうことを考えれば、長期休みはとても貴重なものだ。退学すれば万事解決だけど、愛のみで生きていける思念体へ進化する仮想を除いて、人生職無しで衣食住を続けられるような長者でもない。学生の間はある程度不自由の余沢に与らなければならない。義務でなければ我慢もしたくない一件はあるけれど、それに関してはここまで来ると無関心になるものだ。
海と映画は前述通りとしてショッピングについて振り返ろう。夏休み終盤、私達は学校までの道のりの先にあるショッピングモールへ訪れていた。そこは駅とも隣接している為か、割と大規模な施設となっていて周辺道路の車通りが多い。学校からの交通の便が良いこともあって学生の来客はそれなりにあるが、この日は運良く誰とも遭遇せず、強いて言うなら多分スポーツ用品目当ての見知らぬ蹴球少女が球を道端に転がしていて邪魔だったというくらいの不自由さしかなかった。同級生に会った所で鹿の十だけど。
そんなショッピングモールを訪問した理由について述べよと問われたら、縁と遊びに行くことに理由なんて要るか、縁の存在価値を侮っているな貴様と理屈と感情を並べたい一方、今回においては目的意思を携えていた。モールに客として潜入してまず向かったのはアクセサリー屋。県内屈指の規模を誇り、食品館やファストファッションを始めとした多様な店舗が揃えられる内の一角。因みに私が食料品を買う時は、ここより近所のやたらと安い店を利用する為、そこへ行くのは主に嗜好品の購入、閲覧を目的とする。以前縁の水着をこの地で買ったこともある。そう言えばあの時試着室に二人一緒で入って、縁の着替えを手伝ったりあわよくばと思ってしっとりお肌に触れたりしたなぁ。カーテンを隔てた密室だから尚更ドキドキして、縁の水着に私の鼻血色をアクセントとして加えてしまいそうで気が気でならない程興奮してしまった記憶がある。縁の鼻血ならいつでも受け止めるけど。
私達がやって来た店はそれとは別だったけど、縁と触れ合うことに基準を置けばどの店だろうが大した違いは無い。アクセサリーと言っても真珠のネックレスと言った大仰な物ではなく、髪飾りやミサンガを始めとする手軽でお洒落な品物がレギュラーを張る店だった。
私がこの日当店にご来店した目的は、縁へプレゼントを贈るというものだった。縁への感謝、縁への愛情を物質的に不朽的に伝える為、プラス夏休み記念ということで思い至った。私自身抱擁するなり何なりで物理的に以心伝心出来るし、私と縁の関係は永久不滅だと元より決まっているけど、それとこれとは話を別にして縁にプレゼントしたかったのだ。
普段使いを願うなら縁に見合うことが必至となると思い、何が一番良いだろうかと探りながら店内を縁と一緒にうろうろする。この時点では縁はまだ私の思惑に気付いていないと思われた。そんな中で無邪気な縁が「お姉ちゃんあれ可愛い!」とか「お姉ちゃんそれ付けてみてよ」とか「ねぇねぇ見てお姉ちゃん。どう?これ似合う?」なんて言うから、私の心はメロメロに打ち砕かれた。結局縁自身が最後に装着して魅せた白色のシュシュが最も可愛らしく縁に似合っていたので、シュシュが縁のお蔭で良く見えている仮説を浮上させつつもその品を持ち出して会計に挑んだ。
精算して店を出た後、「はい、縁。プレゼント」と些かぶっきらぼうになってしまいながら縁に手渡した。シュシュの入った包装を手にした縁は目を丸くさせて「あっ」と吃った後、「ありがと」と輝かせた笑顔で勢い良く私に抱きついてきた。縁の顔が肩に乗っかって、縁のふわりヘアーが鼻を掠めて、縁の究極のボディやバストが正面から密着して、私の頭は真白に、もとい桃色に染められる。プレゼント企画を考えた過去の私ナイス、と今後そこにシュシュが巻かれるかもしれない縁の横髪の流れに郷愁を認めた。
以上のような至高の体験、決して妄想ではない実体験を夏休みの間に果たしたという訳だ。全くいと素晴らしき哉。縁の居ない時は縁との思い出をフラッシュバックして、縁と共に居る時は実物の縁を噛み締められる。延々と縁に浸かっていられる。延々と、炎々と、縁と。
そうそう、言い忘れていたけど今は朝礼改め始業式中。つまり私は登校して縁と別れてからずっと自分の思考、縁の回顧に耽っていたということになるな。中等部と高等部は式典の時間帯がずらされているので、縁の姿をこの場から見ることは叶わない。教室なら一学期同様窓から覗けるというのに残念に尽きる。
しかしたった今、式典は幕を閉じるらしい。周辺のヒューマン共が用意された座席から離陸を告げている様子から判断するにそう思われる。この後は教室に戻って例年例日通り授業を続けるのだろう。愚痴を繰り返すが休暇期間の終わりと始まりに当たってみっちり授業するのは、学生的にも縁との触れ合いタイム的にも嫌悪感しかないから止めてもらいたい。私にはどうしようもないことなのだけど。
どうしようもないことと言うと、今教室に戻っている途中うっかり出席番号三番と目が合ってしまったのもどうしようもないことだろうか。茶色気味なショートヘアーを生やしている三番と。
敢えて名前で呼ぶなら、えーと、えーと。そう、遠藤影良。
〈妹〉
よいしょ。早めに着いたから荷物の整理でもしようと。
時は今から三十分前に遡る。今朝、新学期を迎えたわたし達はお姉ちゃんの属する高等部の集合時刻にぴったり間に合うように家を出発した。久し振りのお姉ちゃんとの登校にわたしのテンションが上がりっ放しだったことは言わなくても良いよね。
二文挟んだ所で時は現在に帰る。中等部の式は高等部の後に催されるので、中等部に籍を置くわたしは早めに来過ぎたこともあり教室で暇をしているのであった。教室でお姉ちゃんへの礼賛を込めた踊りを披露しようかと思うくらい暇なのであった。そんな勇気は脇に置いといて、学生鞄の中身を机の上に置こう。
暇を利用してわたしの身の上について軽く補足しておくと、わたしが学校に籍を置いているのは社会的に已むを得ないからに尽きる。だってそうでしょう?学校に通わなくてもお姉ちゃんと幸せに暮らせるなら、態々通学路を往復する苦労は不必要へと早変わりだもの。勉強だけならお姉ちゃんとわたしで秘密のレッスンをするのが良いと思うよ。こんな社会の中に居るからせめて将来はお姉ちゃんを経済的、精神的に養ってあげたいのです。
ということで妄想スタート。お姉ちゃんがそれらしい赤縁メガネをちゃっかり掛けた格好で教壇に上り、わたしは真正面の机からお姉ちゃんの板書を一生懸命写す、そんな光景を浮かべてごらん。わたしは何度も頭を上下させて必死に書き写すのだけど、お姉ちゃんの書き留めるスピードに全然追いつけない。
「うぅ、お姉ちゃん……」お姉ちゃんの速さに並べないことが悲しくて呻いてしまうわたし。
「何だい?縁」それを受けて黒板からわたしに振り返るお姉ちゃん。
「お姉ちゃん書くの速いよう」
「あ、ごめんごめん。じゃあ代わりに」一般的な愛らしさを百倍濃縮した謝罪顔を以て接近した後、お姉ちゃんは何か言い出す。
「代わり?」不思議に思いそう尋ねる。
「私が縁のノートにメモしてあげる」返されたのはお姉ちゃんからの勿体無き御言葉だった。
「え、そんな悪いよお姉ちゃん。わたしが写すの遅いのが悪いのに……」
「良いって良いって。これも教師の務めだよ?」お姉ちゃんが何だか乗り気な様子で誘ってくる。わたしは誘われて当然嬉しい。
「お姉ちゃん……!」
「じゃあちょっと貸して……」するとお姉ちゃんがわたしの側に擦り寄ってくる。
「ひえ」不意の接触にわたしの口から声が出てしまう。
「ん?どうした?縁?」
「い、いや何でもない……」急展開な急接近で、わたしのハートは急上昇。恥ずかしさに顔が熱い。
「そう?なら良いけど」そう言うと懲りずにお姉ちゃんは近付いてくる。いや嬉しいんだけど、嬉しいんだけど。うぅお姉ちゃんが近い。お姉ちゃんの吐息、お姉ちゃんの体温、お姉ちゃんの唇。
「…………」脳がパンクしたみたいで何も喋れなくなる。
「……ねぇ縁」その間ノートに書き込んでいたお姉ちゃんが視線をわたしに移す。
「な、何?お姉ちゃん」どぎまぎしつつ目と鼻の先にいるお姉ちゃんに焦点を合わせようと、体勢を動かしてみる。そうしたら。
「キスしても良い?」お姉ちゃんの口から出た言葉がわたしの頭を一瞬真白にさせた。キ、キス。いつぞやそのファーストをお姉ちゃんから頂戴した例の、噂の、キス。
「おど、どどど、どうして?」突拍子無くて心の準備が出来てなくて、一体どうして。わたしの脳内は混乱するばかり。そうしてあわあわしているわたしに、お姉ちゃんが耳元で優しい小声を呟く。
「何かしたくなっちゃった」耳元から正面に顔を戻したお姉ちゃんが、えへへと笑みを表す。目の前でその笑顔を映しながら、耳の周りでお姉ちゃんの声が絶え間なく反響する。したい。その甘い声、真っ直ぐな気持ちがわたしの中を駆け巡る。巡り巡って感情がピークに達した瞬間。わたしもしたくなっちゃった。
「……ど、どうぞ」微かに尖ったわたしの唇が、お姉ちゃんとの邂逅を望む。
……なんて。うひゃあ。いやぁ甘々。最終的に勉強殆ど関係無くなったよ。それに実際はどちらかと言うと、わたしがお姉ちゃんの勉強を手伝うことが多いのだけどね。お姉ちゃんは勉強に関してサボりがちだから。そんな抜け目も愛している。お姉ちゃんの褒め所は人生掛けて勉強しても足りないよ。逆にお姉ちゃん以外の存在は高が知れているから、今しがた収納し終わった教科書類の内容は程度が低いということかね。
つまりは何事にもお姉ちゃんに主軸を合わせることが大事なのだよ。例えば今見ている景色はお姉ちゃんの居ない教室、今座っている場所はお姉ちゃんの座っていない椅子、今手に持っているのはお姉ちゃんが握っていない鉛筆……駄目だ、お姉ちゃんに関係無いものしかないのかここは。お姉ちゃん成分が不足し過ぎて、濡れたアンパン並に活力が出ないぞ全く。十秒前程前に妄想したばかりなのに、わたしのお姉ちゃん欲は上限の壁を知らないみたい。
そこでお姉ちゃん以外の人がわたしの近くにやって来た。敢えて詳しく言うなら、同じクラスの人間と表現が可能だ。それ以上は知らないし、知りたい訳ではないし、というかこの教室に入ってきた時点でクラスメイトなのは言わずと知れているけど。名前は分からないのでイちゃんとでも仮置きするか。色香は無いけどイロハのイ。その心は例えばAちゃんとするとお姉ちゃんの血液型を示す記号に不純物が交ざる気がするからでございます。妥協点としての決定です。どうでもいいぜ。
「縁ちゃん早いねー」そんなイちゃんがわたしに前向きなコミュニケーションを仕掛けてくる。一方お姉ちゃんが居ないことで後ろ向きなわたしは「そうだねー」と省エネな気持ちと口周りの機微を添えて、面白味に欠ける一人ダーツのように相槌を打つ。お姉ちゃんと行ってみたい。
「何か用事でもあったの?あるの?」イちゃんの諦めない闘志により、わたしは会話のキャッチボール二投目を迫られる。それに疑問系という変化球。何言っているんだわたし。
「お姉ちゃんと一緒に来たから」言うと同時に思い出した。そう言えば一学期の間はこのイちゃんと行動することが多かった覚えがある。行動と言ってもプリント忘れた時に見せてもらったり見せてあげたり、体育のペアを組んだりしただけだけど。それでも尚名前については記憶の彼方にある。
「ほぇーお姉ちゃんいるんだ。高校生?」イちゃんはそう質問しながら右隣の席に着く。わたしの左側は窓だけど、一学期最終日にお姉ちゃんが覗けることを発見したから、最早お姉ちゃんが左隣の席と言っても過言ではないのではなかろうか。そうに違いない。遠い遠い隣のお姉ちゃん。たとえ身体の位置的に遠距離恋愛だろうと姉妹テレパシーを使えば近距離恋愛に出来る。これで名実共にお姉ちゃんの側に居ることになり、実質お姉ちゃんと抱き締め合っているに等しい。それは違いますかね。でも出来たら良いな。授業中にお姉ちゃんと抱き合いたい。妄想が捗る捗る、るるるるん。おっと返答を忘れていました。
「そうそう」イちゃんがわたし達姉妹の情報を拝受しようが享受しようが傍受しようがどうでもいいので、適当で便利な言葉を返却。最近どうでもいいことだらけだなぁ。お姉ちゃんとだけ関わっていればそんなこと無いのだろうけれど。そう考えるとどうでも良いではなく、どうでも悪いの方が正確かもしれない。まぁどうでもいいか。
どうでもいい序でに、お姉ちゃんがわたしと近所の生ゴミ以外のことを何と呼んでいるのか気になった。何せこのままイロハ順で名付けていくと訳が分からなくなってしまいそうだ。是非とも御教授願いたい。
「あ、そろそろ移動だって。体育館まで一緒に行かない?」イちゃんが突然周りをキョロキョロするや否やそう言ったので、わたしは首を縦にフリフリしてみた。既に周りの席はロハニホヘトエトセトラで埋まっていた。もうすぐ始業式の時間が来るらしい。
「良いよ」そう頷いて窓際の特等席から離れる。硝子越しにお姉ちゃんと触れ合える席から。
イちゃんと一緒に歩行することで注意力を散漫にしていたからなのかな。向かっている途中、わたしではない何処かへ顔を向けるお姉ちゃんとすれ違った気がした。
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