第35話 それは、ある意味運命の日(ヴィンセント視点)

 エターナがいなくなったあの日から、俺の日常はめちゃくちゃになっていった。




 まず、エターナの実家であるラナセン公爵家からは完全に敵視されてしまった。特に義弟の方には(男の)命を狙われている。そして俺の両親……国王夫妻からは「こんなに優柔不断だったとは」と呆れられる始末だ。


 学園での生活もすっかり変わってしまった。


 常に聖女が付き纏ってくるし、こっちは必死に逃げて拒否しているのに周りはどんどん誤解していく。そしてなぜだが男子生徒たちが聖女の虜になりだしたのだ。それに、いつの間に隣国の王子は留学してきてたんだ。この国の王子である俺に知らせがきてないなんてあり得るのか?とにかくあいつらの聖女に対する態度がすごいのだ。異常なまでの執着と心酔。みんながこぞって聖女の全てを肯定し、あの女を褒め称える姿がーーーー俺には気持ち悪いと感じていた。


 ……というか、エターナがこれまでループの世界で見てきた光景がこれなのか?そこでの俺は、もしかしなくてもこいつらと同じく聖女に心酔していたと?信じたくはないが、そんな気持ち悪い奴らの中から俺が頂点に選ばれることをエターナは望んでいるのだ。


 しかし、俺は逃げた。周りが馬鹿のひとつ覚えのように聖女を愛しエターナを貶しても、この異常な世界を受け入れられなくてとにかく逃げた。エターナの義弟に叱責されてもさらに逃げた。





 そしてーーーー聖女に捕まってしまったのだ。





 この女は恐ろしい女だった。悪魔の囁きひとつで俺の意思をねじ伏せてしまうほどに。しかし、このことは誰にも言えない。口に出してしまったら全てが終わってしまう。


 誰か助けてくれ。そう願っても唯一俺を叱責してくれていたアレフも俺を見限ったのか姿を現さなくなってしまった。



 そんな、絶望の泥沼に沈んでいく俺の目の前に現れたのはーーーー。





「ヴィンセント殿下……」



「エ、エターナ……!帰って、きたのか……」




 久しぶりに見るエターナの姿に声が震える。嬉しかったが、今の状況は最悪だ。俺の右腕にべったりと張り付いた聖女の腕に力が入るのを感じて気持ち悪さで吐き気が込み上げてくる。


 聖女が楽しそうにエターナの事を罵っている間も、エターナが興奮気味に俺と聖女の関係を誤解して確認している間も、エターナの後ろにいるよくわからない3人が(誰だ?)ヒソヒソと何か言っている間も、気持ち悪さはどんどん酷くなり耳鳴りと頭痛まで併発していたのだ。



「……ヴィンセント殿下。本当は私と婚約してから聖女とそうなってくれていたらもっと嬉しかったんですが……もう殿下には私は必要ないんですね。これまで嫌がる殿下に付き纏って本当に申しわけありませんでした。あの、聖女様。せめて最後のお別れに殿下と握手をしてもよろしいですか?殿下とは幼い頃から殿下の幸せの為に共闘してきた仲間でしたので……」


「まぁ、握手くらいなら……」


「ありがとうございます」



 俺を置き去りにしたままトントン拍子で話は進んでいて、エターナは少し悲しそうな顔をして俺に近づき手を伸ばしてきた。最後の握手なんかしたくなかったが、躊躇う俺に聖女が「殿下、さっさとお別れをして二人きりになりましょう?」と唇を歪めた。その途端に背筋にゾワゾワと悪寒が走り冷たい汗が流れる。


 俺は、諦めて手を出した……。







 その瞬間。チクッとした僅かな指先の痛みと、その指先を紙に押し付ける感触にハッとする。視線を動かすと、確かに俺の指先は何かの書類に押し付けられていて、その指先から赤い文字がヘビのようにくねくねと這い出てきて……俺の名前へと変貌したのだ。



「はい、契約成立~!さすがボクの作った便利グッズ〈血判でサイン出来ちゃうぞ君〉だね!一滴の血の情報から正確な名前を再現して、ついでに呪い的ななんかを発動して絶対に反故させない効果つきなんだから!」


 そう言って小さな針とそのサインがされた書類を手にしたエターナの背後にいた謎の白衣の人物がすぐ横に立っていた。


「ユーキさん、いつの間にそこに?それにその書類は……」


「エターナの、婚約届……」


 すると書類の文字が淡い輝きを放った。その途端に、俺の体の異変はたちまち良くなり気持ち悪さが消えていったのだ。


「ふはは、ボクは仕事が早いんだよ。それにしてもエターナ、君のなんとかって作戦は意外と成功していたみたいだよ?ボクはいろんな世界を見てきたけど、こんなに必死に抵抗している奴なんて初めて見たよ。

 で、そこの王子。気分はどうだい?これ以上抵抗すると命に関わるから助けたけど、まさか本気でエターナよりそこの女の方がよかったなんていわないよね?」


 ニヤリと笑う白衣の人物に向かって、俺は口を開いた。



「ああ!感謝する!」


「きゃあっ?!」




 腕に張り付く聖女を振り払い、俺はエターナを抱きしめる。


 もうその気分は最高でしかなかった。





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