第25話 だって人間だもの(錬金術師視点)

「ここで死んだら、師匠に殺される!」


『なんなら今すぐ死ね。僕が引導を渡してやる』


 なんとか死の淵から生還し、思わずそんなこと叫びながら起あがると……目の前には黄水晶のように煌めく髪と瞳を持ったとんでもない美少年が虫けらでも見るかのように冷たい視線で俺を見下ろしていた。


 ーーーーゾクリ。と、視線が合わさった瞬間に悪寒が背筋を駆け巡る。あ、これヤバイやつ。と俺の本能がサイレンのように危険を訴えた。


「あ、あの、どちら様で……」


 これでも師匠に鍛えられてまぁまぁ強くなったはずの俺だが、この美少年の威圧の凄さに再び気絶しそうになる。だが殺意に満ちた猛獣の前で気を失っらそれこそ絶命だ。師匠に殺される前に殺されてしまうだろう。助かる道を探すべく辺りに視線を動かすがそこは洞窟のような場所で地面も壁しっとりと濡れている。俺はこの危機を脱するべく脳内の知識をフル回転させた。


『……』


 怖い。黙ったまま俺を見下ろす美少年がマジ怖い。まず人間じゃないだろうとは思っているが、完璧な人型になれる魔獣なんてそれこそ伝説級の生き物確定の証拠である。いくら俺が有能な錬金術師でも勝てる見込みはかなり低いと推察するしかない。


 しかしその美少年の背後に大きな湖が見えた時、ほんの一筋の希望の光が差し込んだ気がした。


 このひんやりした空気感、密閉されてるようにぐるっと囲む洞窟の壁。さらには湖だ。十中八九あの湖は地下水路として地上と繋がっているだろう。それにこの世界の魔物事情はわかっている。師匠も言っていたが“お約束”とか“フラグ回収”とか様々な要因は必ず事件を起こすものだ。


 ……この洞窟、きっと水系の魔物が住んでいる!


 この美少年も魔物だろうが、水系の魔物といえば人魚や怪魚などレア度の高い高位魔物だ。特に人魚ならば水を操ってこの美少年を捕えることも可能なはず。俺の錬金術で魔物を呼び寄せればきっと人魚が現れ、この美少年と戦うだろう。そうなれば、魔物同士が争っている間に地下水路から逃げ『アンバー様、お申し付け通り賢者様の足留めをして参りましたぁ!さぁ、バレないうちにその錬金術師をヤッてしまいましょう!』人魚現れたーーーーっ!?へ?人魚?!でも男?!人魚って女しかいないはずじゃ……『うるさい、ベクター』『ごめんなさい~っ!』いやその前にこの人魚、美少年に土下座してる?!


『アンバー様は手厳しいです……。ワタクシこんなに美しいのに』


『早くしろ、エターナに気付かれたら全員が怒られるんだぞ』


『わかってますよぅ。こほん。では、そこの人間……あなたは錬金術師ということで合ってますか?』


「え、あ、錬金術師、だけど……」


 まさかこの美少年、人魚を手懐けているとは……。もはや戦闘は避けられないのか。まさかこの美少年と人魚の両方を相手にするはめになるなんてこんなの死亡フラグじゃないかぁぁぁあ!!しかし、黙って殺されるのも嫌だ。こうなったら錬成陣を展開してーーーー。


 俺が冷や汗をかきながら、後ろに隠した手でこっそりと錬成陣を作ろうとしたその時。





『錬金術師殿、我々のお願いを聞いて下さいませんか?』



 人魚がにっこりと笑って頭を下げたのだった。






『こんな人間に頼まないといけないなんて……僕はこいつ嫌いだ!もっと齧ってやればよかった!』


『まぁまぁ、そう言わずに。賢者様に内緒で特別なアイテムを作って頂くためにはこうやってお願いするしかありません。ああ、申し訳ありません、アンバー様は少々拗ねてらっしゃるのです。まだ子供ですので』


『子供じゃない!こうやって自力で変身する練習もして魔力のコントロールもだいぶ出来るようになったし!ベクターの馬鹿!』


『それでも、まだ賢者様に魔力付与なさるのは危ないですよ。ちょっとでも加減を間違えれば賢者様のお体が爆発しかねません。それくらいにアンバー様の魔力は凄まじいのですから』


『あんな奴、僕が巨大化して丸呑みドンしてやる!』


『賢者様から拾い食いは禁止されているでしょう』



 俺は夢でも見てるのだろうか。あれから人魚が低姿勢で俺にお願い事をしてきて、拗ねて頬を膨らませる美少年(俺を丸呑みするとか恐ろしい事を言っているが)をなだめている。というか、あんなに殺気だらけの威圧を放ってきてたくせに拗ねてただけとかもう意味わからん!!


 なんかモメてる(?)みたいだし、今のうちに逃げられないかな……。と、ズリっと体を後退させようとした途端、人魚が凄まじい速さで俺の肩を掴んだ。


 そしてさっきまで困ったように笑っていた目が、スッと鋭くなり俺を射抜いた。



『……というわけでして、これ以上アンバー様がヘソを曲げられるとワタクシとしても非常に困るのです。もちろん、協力していただけますよね?』


「こ、断るって言っ『丸呑みされるのと細切れになって魚の餌になるの、お好きな方をお選びください』……きょ、協力させてイタダキマス……」



 拝啓、師匠様。穏やかそうに見えた人魚が1番怖かったデス。


 だってこの人魚からも美少年に負けないほどの殺気を感じるだよ!怖いよ!!師匠ならなんだかんだと対峙できそうだけど(規格外だから)、いくら錬金術師とはいえ俺は転生してきただけのだだの人間なんだよ~っ!!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る