第24話 走馬灯なんて見てる場合じゃない(錬金術師視点)

 空腹のあまり倒れた事までは覚えている。その後、食べ物の匂いを感じ取ったのか「食料」的なキーワードでも耳にしたのか無意識に体が動いたのだが、次の瞬間に脳天にとんでもない衝撃を感じた。


 あ、俺、死んだ。なんか向こう側にお花畑が見えてきた気がする。かなり昔に死んだじぃさんが手招きしてないか?とか、そんな事を考えるくらいの衝撃だったのだ。


 ここまで頑張って生きてきたのに……師匠におこられる……ーーーー。


 こうして俺の意識はブラックアウトしたのだった。














 ***












 まず、俺には前世の記憶がある。


 どんな前世だと聞かれれば、詳しく説明できるほど覚えているわけじゃない。前世での自分の名前や家族、友達の名前や顔などを思い出そうとすると靄がかかったようになりわからなくなる。覚えている事といえば、サバイバル的な知識と、しがない貧乏大学生だったこと。そして、憧れていた先輩がいた事くらいか。


 サバイバル的な知識については、たぶん大学で学んだのだろう。なぜそんな専攻をしていたのかは今となっては謎だが、今の俺が生きているのは確実にその知識のおかげだ。食べられる野草の見分け方に飲み水の作り方。そう、今の俺はその知識に頼らなければ二度目の人生もすぐに詰むくらいド貧乏な生活をしていた。まず生まれた村が貧困の低下層で両親が優しかったから無事に産まれ育ったものの、下手をすれば人身売買の餌食になってもしかたがないような、それくらいの貧困の激しい村だ。物心ついた頃から前世の知識を活かしてなんとか食料を調達して生き延び、両親にも喜んでもらえていた。ビバ!サバイバル知識!


 そして……憧れていた先輩の存在だ。しかしその先輩の情報もほとんど思い出せない。その人はある日突然いなくなり、周りにいた人間は先輩の事を全て忘れていた。まるで最初から存在していなかったかのような扱いに戸惑いを感じた。俺は確かに先輩の事を覚えてる……そう思っだが、結局は俺もみんなと同じだった。その先輩が存在していた事だけはかろうじて覚えているが、なぜか顔や名前が思い出せない。どんな声だったかとか、何を研究していたのかとか……。


 そう、ただ……白衣を靡かせた変人。そんなことしか思い出せなかったのだ。


 そんな霞のような記憶。だが、なぜかその先輩の記憶が俺の心を支えてくれていた気がした。





 そして、俺が10歳になった頃。とうとう貧困が限界が来てしまい、村で暴動が起きてしまったのだ。







 たまたま森へ行っていた俺は幸運にも無事だったが、飢餓と不満に耐えきれなかった者達が村を襲っていたのだ。森の入口付近でそれに気づいた俺は慌てて身を隠したが、まるで荒ぶった獣のように鼻息を荒くした村の大人たちが近くを通る気配に生きた心地がしなかった。木陰から見た村の惨状は見るも無惨な光景でいまだにトラウマである。


 貧乏ながらも優しかった父さんと母さん。一緒に花の蜜を吸って飢えを凌いだ隣の家の子供。俺のボロボロの服を繕ってくれたお隣さん。




 みんなーーーー死んでいた。




 貧困でも、それでも助け合ってなんとな生きてきたのに。そりゃ、確かに売られていった仲間も何人もいた。でも、僅かな金と引き換えに奴隷になった人が言っていたんだ。


「売られた先でたくさんお金を稼いだら、いつか自分を買い戻してこの村に戻ってくるから」と。


 だから、みんな生き延びていてね、と。俺や村の子供たちの事を可愛がってくれていた少女が、そう言っていたんだーーーー。



















「あれまぁ、全滅してるね」


 気が付くと、なんだか変な人が俺を覗き込んでいる。ボサボサの黒髪に分厚い眼鏡のせいでどんな顔なのかはわからないが、その人物は顎を触りながら首を傾げていた。あれ?でも、なんか知っているような気が……。


「うーん、こいつがやったのかな?それにしてはなんか被害が変だけど」


「この人を中心に変な模様が出来てますよ!なんだかキレイな模様ですね!」


『これは“錬成陣”ってやつですよぉ!まさかこんなところで錬金術師に会うなんてビックリです!』


「ふーん?錬金術師ねぇ……。つまりボクの同業者か」


 そう言って立ち上がったその人は、白衣を靡かせて分厚い眼鏡を指先でくぃっと持ち上げた。


 あ、この人の事、知ってる。そう思った瞬間、俺は欠けていた前世の記憶を全て思い出したのだ。


「……もしかして、ユーキ先輩?」


「なんでボクの名前を……まさかこんなところにもストーカーが?」


「ち、違いま「ユーキ様を狙う不届き者だったんですかぁ?!」ぎゃーーーーっ」「ふむ、知らない顔だ」



 誤解を解く前にユーキ先輩の隣にいた白銀色の髪をした美少女にフルボッコにされた。







 なんとか誤解を解いて話を聞いてもらうと、俺に前世の記憶があることをユーキ先輩はすんなりと受け入れてくれた。


「今度は転生パターンか。おい、ヴィー。例の記憶云々はどうなってるんだい?この子もボクの事を覚えてるじゃないか」


『もはやユーキさんが規格外な存在なので、ワタシにもわかりましぇーふごっ?!』


 額に怒りマークを浮かべたユーキ先輩がパタパタと飛ぶ小さな生き物(?)をぷちっ!と手で潰す。『ひどいですぅ~』と手の下から出てきたから生きてるみたいだけど、相変わらずユーキ先輩は過激だ。











 細かい事は省くが、こうして俺はユーキ先輩と出会い、弟子入りをすることになった。なぜかと聞かれればユーキ先輩が「師匠って呼ばれてみたいから」らしい。運良く(?)俺には錬金術師の才能があり、俺は飢餓と生死の狭間で無意識に錬成陣を作り出し自分の命を守っていたようだった。


 それから数ヶ月、俺はユーキ先輩……師匠にそれはもうコンテパンにされながら修行をした。そして師匠から「この世界を旅して、日本食を広めるんだぞ」と役目をもらったのだ。


 日本食。そう言葉をすると、無性に米が食べたくなる。俺は思いつくままの日本食のレシピを紙にまとめた。


「うーん、なんかこの世界って面白そうな雰囲気がするんだよね。もしかしてループ物とかゲームの世界だったりして?“味噌汁を知る少女”が物語のヒントになってたりすんだよ」


『いやですねぇ、ユーキさんたら。流行り小説の読みすぎですよぉ』


「それもそうかぁ~」


 あはははははー。


 そんな師匠の笑い声を耳にしながら鍛錬を続けるのだった。






 その後、師匠はまた旅立ってしまう。「スライムが自由を謳歌出来る世界を作るんだ!」とかなんとか言っていたがこの人はどこまでが本気なのかわからない。というか、何もない空間にジッパーで裂け目を作って「これがボクのスタンド能力さ(笑)」と冗談かどうかさえもわからない事を言いながら亜空間の先へと行ってしまったのだ。


 やはり、師匠は規格外である。


 こうして俺は再びひとりになり、錬金術師として旅に出た。師匠のような規格外な錬金術師になって、いつか師匠を追いかけたい。そして、師匠と約束した「日本食を広める」ために。


 あぁ、それにしても……旅の途中で親切な人にレシピを託したのだが、その成果か、最近どこかの街で串焼きが流行っていると聞いて探していただけなのに店にたどり着く前に空腹で倒れてしまうなんてとんだ失態だ。味や見た目の噂は焼き鳥っぽいから、確認しなくては……。ーーーーそうだ!それまでは死んでも死にきれぇん!師匠に怒られるじゃないか!!



 こうして俺はお花畑の向こうにいるじぃさんに別れを告げたのだった。






 *************


 ※ここに出てくるユーキは、他作品の登場人物です。規格外の能力を持ったなんでもありの異世界転移者だと思っていただければ大丈夫です。もしユーキにご興味のある方は『【本編・スピンオフ完結】婚約者を断捨離しよう!~バカな子ほど可愛いとは言いますけれど、我慢の限界です~』をお読み下さい。物語の後半から出てきます(^o^)

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