第22話 怪しい影が近づいている

「……目障りなのよねぇ、あの女」


 暗闇の部屋で、赤い唇が呟いた。その呟きに反応するかのように、部屋の片隅で影が動く。


「なんだかは変なのよ。……これもそれも、きっとあの女のせいだわ。は全然役目を果たしてくれなかったから、今度はこちらから早目に動いたのにどこにも見当たらないし……役立たずもいいとこだわ。王子と婚約もしていない、またもや悪役令嬢としての役目も果たさない……。それならいっそいない方が物語が進むかもしれないわね。何と言ってもこっちは今までになかった“賢者に選ばれた聖女”なんですもの」


『いかがなさいますか』


「そうねぇ……」


 赤い唇を指先でなぞり、その唇をニィッと吊り上げた。


「せっかくだから、退場してもらいましょう。どうせ今回で最後なんだし……。


 それに、悪役令嬢がいてもいなくても、どのみちこの世界は“聖女”のためにあるんだもの。今は抵抗してるけれど……王子が堕ちるのもきっとすぐだわ」


『仰せのままに』


 雲が動き怪しい三日月が姿を現す。窓から月の光が差し込んだが、月光にて照らせれたその部屋にはもう誰一人としていなかった。








 ***








「さぁ、ギルドについたわよ!えーと、受付は」


 受付に行き、冒険者登録証を見せる。初めてのギルドではこうやって冒険者であることを証明しないと情報どころか仕事すらも斡旋してもらえないのだ。信用第一だからね!


 しかし私の冒険者登録証を見ておっとり顔の受付嬢が残念そうに眉をハの字にする。くるくるの金色の癖毛が頭の上でふわふわと揺れてまるで物語に出てくる天使のようにふわっふわだ。


「まぁぁぁ、新人さんなんですねぇ。ごめんなさい、このギルドはベテラン冒険者専用だから新人さん向けのお仕事は扱ってないんですぅ」


「仕事じゃなくて、とある人物を探しているので、その情報が欲しいんです。依頼料を出せばギルドで探してもらえるって聞いて」


「それはもちろんですぅ!……あ、でも今は他の依頼が殺到していて順番待ちの状態なんですよぉ。えーとえーと、ご依頼を実行出来るのは三ヶ月後になっておりますぅ」


「さ、さんかげつっ?!」


「はいぃ、キャンセル待ちするにしても、キャンセル待ちの順番も最低一ヶ月はかかりますぅ。うちのギルドはベテラン冒険者が依頼を受けてくれるのに依頼料は他のギルドよりお安いからって人気なんですよぉ」


 確かに新人よりベテランに受けてもらったほうが確実だし、料金まで安いならなおさらか。それにしても三ヶ月後待ちなんて、さすがにそんなに待っていられない。それなら自分で地道に探した方が早そうな気がする。


「うーん……わかりました。今回は諦めます。それにしてもそんなに依頼が殺到してるなんてすごいですね」


「ごめんなさいですぅ。そうなんですよぉ、確かにいつも混雑していますがここまで殺到するのは珍しいんですよぉ?どれもこれも最近各地で起きている“聖女の奇跡”について調査して欲しいってばっかりなんですけどぉ、同じような内容でもちょっとずつ違うから時間がかかるんですぅ。……あ、今の話はナイショにしてくださいねぇ☆」


 軽くウィンクされ、「お詫びに」と近くの店の割引券をくれた。なんでも出店したばかりなので客が少なくて困ってるらしい。


「よかったらぁ、買い物してあげて欲しいですぅ」


「ありがとうございます」






 こうしてギルドを後にしたのだが……。



 あれ?いつの間にかベクターがいないんだけど。


 そういえば、受付で話を聞いている間に……ギルドの片隅で女の人たちに囲まれていたような……?私はかすかな記憶を絞り出してみた。




 ①ベクターが女の人に声をかけられる→②ベクターが自分がどれだけ美しいかを語り出す→③最初に声をかけてきた女の人が泣き出して、なぜか周りで聞き耳を立てていた女の人たちが一斉に怒りだす→④ベクターがフルボッコにされていたような気がする。




 ……よし、見なかったことにしよう!


「ベクターなら後からひょっこり現れそうよね」


『ぴぎぃ』


『わん!』


 さて、これからどうしたものか。ギルドがあてにならないなら自分で探すしかないかなわけだが、錬金術師を探し出すのは骨が折れそうだ。自分が錬金術師だと隠している人がほとんどだし、もし見つかっても興味を引けなければどれだけお金を積んでも断られる可能性もある。まず第一にこの街に錬金術師がいるかどうかもわからないが……よし、まずは裏の情報を知っていそうな人を探そう!


 せっかくだから割引券の使える店にも寄ってみた。携帯食料と日用品を少々買い溜めして、さりげなく聞き込みもしてみる。怪しい人が闊歩する場所を聞いてみたら「ここの道を曲がって右方向に進むと、いかにも怪しい人たちがいるとは聞きますけど……危ないから近寄らない方がいいですよ」とやけに心配されてしまった。


 うん、やっぱり怪しい人は路地裏にいるものよ!(偏見)


「とにかく、聞きまくるしかなーーーー」


 決意を新たにしながら路地裏に繋がる曲がり角に足を踏み入れた時。






 ぐーきゅるるるるるるるるるるるるる






 全身を黒マントですっぽりと覆い隠した、いかにも怪しい人物が盛大なお腹の音を響かせて倒れていたのだった。


「やだ、誰か倒れて……!ーーーーっ?」


 慌てて駆け寄った私の背後で一瞬空気が歪んだ気がした。「?」と振り向こうとした私よりも先にアンバーがそちらに視線を向けていたのだが『ぴぎぃ』と私の視線を前へと向けさせる。


 ……気にするなって、こと?


 アンバーがそうするのなら、それでいいのだろうが……あの気配はなんだったんだろう?













 ***






 ギルド内にて(ベクター視点)




 おっと、賢者様に置いていかれてしまいました。ちょっと複数の人間のメスに囲まれていただけでしたのに、まるで存在を忘れているかのような華麗なるスルー。もしやこれはモテるオスになるための試練でしょうか?


 しかし、人間とは本当によくわかりません。突然声をかけてきたかと思えば個室に誘われてしまいました。しかしワタクシは賢者様にお仕えしている身。特に魅力的なメスでもなかったので丁重にお断りしただけですのに突然泣き出しますし。これがマーメイドだったならば必死に口説くのですが魅力もない人間のメスについて行くのはワタクシにとって不利益です。


「申し訳ありませんが、ワタクシより劣る方のご機嫌を取る気は御座いません。よろしいですか?ワタクシはとてつもなく美しいのです。まるで歩く彫刻、息をする絵画。生きている宝石なのです。そのワタクシを誘惑するのならばそれを超える美しさが必要となりますが、あなたはそれほど美しくは思えません。……もしも下半身が魚だと言うならばワタクシの人生を捧げてもご奉仕いたしますが、そのような匂いもしませんし……あぁ、もっと生臭い匂いを纏われたら少しは魅力的になるかもしれませんよ?生の海藻とホタテのカイガラを身につけられたら良いかもしれません」


 ワタクシはあくまでも紳士的に対応致しました。胸を押し付けてきて耳元で熱い息を吐かれてしまいなんとも不快でしたが、賢者様にも人間に害するのを禁じられていますし我慢しました。ですが、ワタクシには待ち人がいると伝えているにも関わらず無理矢理に拉致監禁しようとする態度……。「明日の朝まで寝かさない」とは、拷問でもする気でしょうか?


 いえ、たかが人間のメスに拷問されたからって、ワタクシの再生能力を持ってすれば殺す事はもちろん傷をつけるのも無理でしょう。ですが、ワタクシは必死に婚活している身です。興味のないメスに時間を割いている余裕はございませんから。


 ですので、優しく丁寧にお断りをしたのですが……なぜか目の前のメスは泣き出し、周りにいたメス達までもが怒り出してしまいました。なにやら罵声を浴びせられ、殴られ蹴られ……。賢者様に助けを求めようとしたら横を素通りされてしまった所存です。


 あぁ、なんとか解放されましたが、やはり人間のメスは恐ろしいです。こんな時マーメイドだったら……殴るどころか総スカンですよ。婚活相手に認められなければ存在すら無いも同然の扱いなのですから。あ、そう考えると賢者様の言動はどちらかというとマーメイドよりかもしれません。さすが賢者様ですね。


 よくわかりませんが「乙女の制裁」なるものの洗礼を受け、ギルドから抜け出してフルボッコにされた傷もすっかり治った頃。


 ーーーー賢者様の気配がする方向に不穏な気配を感じました。


 賢者様の居場所はその気配と匂いでわかるのですが、そこに向かっている他の気配がなにやら殺気立っているのです。うーん、これはいけませんね。


 ワタクシは自身の気配を消して、体を水に変化させました。行き交う人間の足元を縫うように体をくねらせ進みます。歩いている人間には小さな水溜りがあるようにしか認識されないでしょう。


 あぁ……賢者様がいらっしゃいました。今まさに曲がり角を曲がろうとなさっている賢者様の背中に何かが触れようとした瞬間。ワタクシはその不穏な何かを水と化した自身で包み込むように捕らえ……その場から消え去ることにしました。


 ……さっき、ほんの一瞬ですがアンバー様と目が合いました。もしもワタクシが間に合わなくてもアンバー様が対応なされたのでしょうが……その場合は凄まじいお仕置きをされていたような気がします。あぁ、恐ろしい。いえ、別にアンバー様の異様な威圧から逃げたのではなく、この不審者を賢者様から遠ざけるためです。はい。……やっぱり怖いです。あの眼光は『とっとと始末しろ』と言われた気がしました。


 どうやら低級のモンスターのようですが、どうやって始末したものかと考えていると……『コ、ロ、ス。アノ、オンナ、コ、ロス』と低級モンスターが呟いたのです。


「それは、いけませんね」


 ワタクシは水に変化していた我が身を水の刃に変え、そのモンスターを瞬時に細切れにしました。細かくしすぎて塵となりましたが、賢者様を害する者など許せるはずがありません。


「まったく、ワタクシのような最弱の身にも簡単に消されてしまうなんて、とんだうつけ者でございますね」


 いつの世でもこのようなうつけ者はだいたいが黒幕にいいように操られてーーーーはっ!もしやここは生け捕りにして黒幕を吐かせるべきでしたか?言葉は喋れるようでしたし……。あぁぁ、これはアンバー様に怒られる?!




 ……………………。





 ……そうです!この不埒者は言葉すら喋れない無法者なのです!さっきワタクシが聞いたのは空耳です!


 あぁ、それにしてもアンバー様は人魚使いが荒くておいでです。ワタクシなど最弱過ぎて翻訳と掃除くらいしかお役に立てませんというのに……でも、不審者の後始末を任せて頂けるくらいには信用されているのでしょうか?


 まぁ、いいですけど。賢者様の事は気に入ってますからーーーー#お仕事__・・・__#くらい致しますけどね。



 さぁて、賢者様の元へ参りましょうか。












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