第6話 恋敵に塩を贈るのがどれだけツライか、わかってます?(アレフ視点)

「うぅーん……、殿下が全然婚約してくれないわ!このままじゃ、殿下の明るい未来計画が……」


 部屋の中をくるくる歩いて回りながらブツブツとなにかを呟いているその人物の姿に僕は釘付けだった。


 彼女の名はエターナ。僕の義姉だ。


 金色の巻き毛にブルーサファイヤのような輝く瞳した、まさに天から舞い降りた天使。僕がエターナに心を奪われ、恋している事は誰にも内緒である。


「義姉上、まだ殿下と婚約したいのですか?あんなに拒否されてるのに……」


 あまりにぐるぐると部屋中を歩き回っている義姉上に思わず声をかけると、彼女は目をキラリと輝かせて僕に攻め寄った。


「当たり前でしょ!まずは婚約しなくちゃ何も始まらないのよ?婚約者になって、それなりに仲良くなり心を許しかけた頃に聖女が現れて、殿下は聖女の虜になるの!でも、聖女が殿下に想いを寄せてもなかなか告白出来ずに戸惑うには婚約者の存在が必要なのよ!そして殿下はそんな聖女をいじらしいとか、可愛らしいとかと気にかけ、婚約者である私を疎ましいと思い出す……。そして私は殿下を惑わす聖女をイジメて遠ざけようとするけれど、障害のある愛は燃え上がり殿下は私を冤罪ででも断罪して聖女を守るの!


 今度こそ、殿下は聖女に選ばれて幸せになれるのよ!」


 ……相変わらず、この義姉上の言っている事はよくわからない。エターナはどうやら「賢者」と呼ばれる希少な存在らしくて、ラナセン家ではこのことは極秘事項とされている。実はエターナはこの世界を何回もループして、この世界を破滅から救うべく正しい道筋に導くために奮闘しているとは聞いているが、その正しい道筋がこの美しい義姉上が婚約破棄され断罪されるべきなんて未来を容認できるはずもない。


 ……でも王子と婚約してもどうせ婚約破棄するのが運命ならば、その後に他の誰かと結ばれても正しい道筋に行くのでは?と、そう思った。エターナが王子の婚約者候補に上がったからと僕が養子になったが、養子として公爵家を継ぐ僕が、公爵家の娘……王子に婚約破棄されキズモノだと中傷される義姉上を妻に乞うてもいいのではないか。そう思ったのだ。なにせ公爵家の家族……使用人に至るまで全員がエターナを大切に思っている。彼女が断罪され殺されるよりは、公爵家を継いだ僕と結ばれて再び公爵家をに舞い戻ってきた方が絶対にいいはずである。そう思う事にして…義姉上の応援をしているのだが。


 それに、僕は義姉上が好きだ。大好きだ。


 公爵家と遠縁とはいえ、僕はかなりの貧困の生活をしていた。実の父親は男爵の爵位を持っていたが、母親は平民だった。父がメイドとして働いていた母に手を出し僕が生まれたが母は結婚して正妻どころか側室にすらなれず、主人を誘惑した不届きな愛人として敷地内のボロ屋に押し込められた。その時、父は結婚していたが正妻との間に子供はおらず僕は実質父の長男だったが、正妻が母を陰湿にイジメていたのもあり、長男として認められる事はなかった。


 その後、正妻に子供が出来ると僕と母の立場はさらに悪くなる。


 正妻をはじめ、使用人たちからも陰湿なイジメが始まりどんなに酷い目にあっても、父はいつも見てみぬフリだった。


 毎日が地獄だった。


 なせ僕は生きているのか、存在しているのかと神に問うほどに地獄だったのだ。そして母が心労で病にかかり、倒れて死んだ。母が守っていてくれてからあの程度の地獄で済んだのだ。ソレくらい僕にだってわかっている。これからどんなに悲惨な事になるのかと怯ていた頃……。


 そんな地獄から救い出してくれてのがエターナだった。


 父である男爵は積まれた金に目を輝かせ、あっさりと僕を公爵家に売った。それは別に悲しくなんてない。その時は養子の意味がわかっておらず使用人か奴隷にでもなるんだろうと思っていた。どうせ、死ぬまで働かされるか、暴力を受けるだけだと。


 でも、ラナセン公爵家は違った。


 優しく迎えてくれる義理の父母。そして義姉。使用人たちもみんなが優しくしてくれた。


 特に義姉であるエターナは率先して僕の世話をしてくれて、優しくしっかりと色々な事を教えてくれたのだ。


 人生の素晴らしさ。愛の素晴らしさ。そして人を愛する事がどれだけ尊いか……。


 僕が熱を出したら寝ずに看病してくれたし、記念日には盛大にお祝いしてくれた。間違った事をすれば厳しく叱り、反省すれば褒めて認めてくれる。ここには理不尽な事はなにもなく、頑張ればその分義姉上が認めてくれる。それがどれだけ嬉しかったか。義理の父母もそんな僕たちを見守ってくれて、八つ当たりという暴力を受けずに個人を認められる生活に感謝した。


 王子の婚約者候補に上がったものの、なかなかそれ以上の報告がなく、その他の貴族か良からぬ噂にを流し始めた頃。


「ねぇ……あなたは何があっても私を信じてくれる?私の側にいてくれる?」


 そう言って手を握りしめ、切実に見つめてくる義姉の姿がなんとも儚く見えて僕は完璧に心を奪われたのだ。


 この人を守りたい。幸せにしたい。と。


 だから、エターナの願は全て叶える。そして叶えた上で彼女を僕の妻にする。と、決めた。これは誰にも暴露出きない秘密の気持ち……。





 こんなに可愛くて、一途で真っ直ぐで可愛くて素晴らしい義姉上が婚約して欲しいと訴えているのに断り続ける殿下はある意味勇者だ。または何もわかっていない愚者か。


 それでもいい。エターナが満足さえすれば、後は僕が彼女を幸せにするのだから。


 っていうか、義姉上を陥れる聖女なんていらないし!と、僕は真剣に思っているだから……。


 ……まぁ、聖女の存在を重要視している義姉上には、そんな事言えないけれど……。




「……そう言えば、巷では恋の駆け引きというのが流行っているそうですよ?なんでも……押してダメなら引いてみろ。とかいう?

 そうすれば殿下も婚約してくれるのでは……」


「そ、それだわーーーーっ!!」


 ほんの思いつきで語っただけだったのだが、思いの外義姉上の食いつきがよくて僕はライバルである王子が義姉上と婚約してくれそうな案件について徹夜で語る事になるのだった。



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