第424話 外伝・獣人国ズベーラの会議2

セクメトスの一声で各部族長達が落ち着くと、鼠人族のルヴァが司会進行と書記を受け持ち会議は進み始める。


獣人国ズベーラの王都であるベスティア。


ここで開かれる会議の内容は、主に各部族長が管理する領地の状況と情報共有だ。


各部族が治める領地には、当然それぞれの強みと弱みがある。


例えば、海と面した部族の領地は塩が取れるが、内陸にある部族では塩が取れない。


その代わり、内陸の部族が治める領地では農業が盛んである。


また、教国トーガと国境にある猫人族と狼人族の領地では、トーガとの小競り合いやいざこざが耐えない。


その為、各領地から物資が補給されている。


しかし、獣人族は『弱肉強食』の考えが強く、武を極める者達が優遇される世界だ。


従って、農業などの生産率は決して良くない。


結果、各部族で子供を奴隷として販売する口減らしが黙認されている状態だ


獣王のセクメトスは、それらの問題を改善する為にも定期的に会議を開催している。


だが、一癖も二癖もある部族長を束ねることはセクメトスとて用意ではない。


その上、各領地の決まり……わかりやすく言えば法律は、その領地を治める部族長に委ねられている。


猫人族の領地では問題ないことも、狸人族の領地では問題になってしまう……そんなこともあるのだ。


情報共有の精度も度々問題になっている。


他国からの侵入者や犯罪者がどこかの領地で問題を起こしても、その情報が他の領地に伝わるまでに時間がどうしても掛かってしまう。


いや、それだけならまだいい。


あの部族の連中は嫌いだ……という理由で情報共有されず、後で大問題となったことすらある。


セクメトスは、いつもと変わり映えのない各部族長達の報告に耳を傾けて眉間に皺を寄せていた。


獣人族は個の戦闘力は高いが、組織力は弱い。


いずれ、この部分が帝国やトーガとの致命的な国力差に繋がるだろう、彼女はそう危惧していた。


各部族長達の報告がすべて終わると、司会進行をしていたルヴァが咳払いをする。


「では、各領地からの報告は以上になると思いますが、何か特別な情報があれば挙手をお願いします」


しかし、誰も挙手することはない。


「無いのであれば、今回の会議はこれで……」


ルヴァが閉会を告げようとしたその時、遮るように狐人族のガレスが手を挙げる。


「少々、よろしいですかな?」


「……何でしょうか?」


彼女が眉を顰めて怪訝な視線を向けるが、ガレスは意に介さずに続けた。


「実は各部族の領内で『行方不明』となった一部の子供達が、バルストを経由してマグノリア帝国のバルディア領で奴隷として扱われている……という情報を得た故、詳細を現在確認しております」


彼の報告を聞いた部族長達は顔色を変えず、何も言わなかった。


だが、各々において何を今更……という表情でガレスを訝しんでいる。


各部族から口減らしで選ばれたり、奴隷商に捕まった子供がバルストに売られることは良くあることだ。


その上、ガレスの息子であるエルバは、各部族に声を掛けて不要な子供を収集。


その後、奴隷としてバルストにまとめ売りを定期的に計画している張本人だ。


それなのに、『行方不明』とはよく言ったものである。


しかし、一人だけガレスの報告に眉間に皺を寄せ、目を光らせた人物がいた。


セクメトスだ。


「ほう。それで、どうするつもりだ?」


「どうもこうもありません。同胞が奴隷として扱われている現状を知った以上、解放に向けて行動を起こすまで。そして、この一件。バルディアと国境を構える我等、グランドーク家に任せていただきたい」


ガレスが会釈すると、セクメトスは「ふむ」と相槌を打った。


「ギョウブ。狸人族の領地もバルディアと隣接しているが、この件についてはガレスに任せて問題ないか?」


「そうですねぇ。まぁ、任せて良いと思いますよ。その代り、何が起きても狸人族に泣きついて来ないで欲しいですがね」


ギョウブはそう言って頷くと、訝しい眼差しをガレスに向ける。


すると、彼は鼻を鳴らした。


「当然だ。同胞には、我が狐人族も含まれているのでな。では、この一件はこちらにすべて任せて下さるという認識でよろしいですな。セクメトス」


「……良かろう、この一件はガレスに任せるとしよう。だが、帝国と事を構えるようなことはするなよ?」


セクメトスはそう言うと、自身の鉄仮面を左手で触りながら凄んで睨みをきかせた


その瞬間、会議室が異様な緊張感に包まれる。


彼女から発せられる魔圧ともいうべきものであり、木で造られた円卓から軋む音が響いている。


「この『仮面』を私に付けさせた、ご自慢の息子。エルバにも今言ったことをしっかり伝えておけ。よいな?」


「……承知しました」


獣王の威圧にガレスは恐れるわけでもなく、淡々と頷いた。


それから程なくして、会議は終わり部族長達は次々と部屋を後にする。


やがて、会議室に残ったのはセクメトスとルヴァの二人だけとなった。


すると、ルヴァが眉間に皺を寄せながら口火を切る。


「セクメトス。まさか、ガレスの言ったことを真に受けてるわけじゃないわよね?」


「うん? そんな訳ないだろう。奴らは隣人が大事に育てた果実を横取りするつもりなのさ。まぁ、お手並み拝見というところだな」


「でも、それだと帝国を怒らせることになるんじゃない。狐人族の領地の隣は帝国のバルディア領。帝国の剣と謳われるバルディア辺境伯家が治めているのよ?」


「ふふ、だからこそだよ、ルヴァ」


「……どういうこと?」


ルヴァが首を傾げると、セクメトスは頬杖を突きながら足を組んだ。


「恐らく、この一件。舵を取っているのはエルバだ。奴は大義名分を片手にこれ幸いと、獣人族が帝国にも対抗できる力を持っていることを知らしめたいのさ」


「行方不明の子を助ける……と言うのが大義名分ということかしら。でも、力を知らしめてどうするつもりなの?」


「決まっている。奴自身が獣王になった時、今回の一件が成功していれば、部族長達の意見を纏めて大陸に覇を唱える足掛かりになるはずだ。まぁ、エルバの野望とはそんなとこだろう」


「そ、そんな……やっと、貴女と私でやってきたことで少しずつ獣人国が良くなり始めたのよ? もし、エルバが獣王になってしまったらすべてがお終いだわ」


二人は部族は違えど、獣人国ズベーラを良くしたいという思いは一緒であり、ルヴァがセクメトスに協力を申し出たのだ。


協力関係となった彼女達は、連携して様々な政策を打ち出してきたのである。


それから間もなく、ルヴァがあることに気付いた様子でハッとすると、セクメトスは不敵に笑い出した。


「そうだ。だから、あえて許可したのさ。エルバと帝国の剣で潰しあってもらう。いざとなれば、狐人族ごと切れば良い」


「で、でも、エルバが勝った時はどうするの?」


「帝国はそう簡単に倒せる相手じゃない。エルバが勝ったとしても、それ相応の傷を受けるはずだ。その後は政治的に追い込み、必要なら獣王戦で私自ら引導を渡してやるさ。この『仮面』の借りもあるからな」


セクメトスはそう言うと、会議室の空いているドアに視線を向けて声を発した。


「そういうことだ。ギョウブ、ホルスト。お前達も興味があるなら、ガレス達を監視しておいてくれ」


程なくして、ギョウブがドアの外側から頭を掻きながら顔を見せた。


「……そうだな。俺達、狸人族の隣にある領地でいざこざが起きるというなら、様子を少し見ておくよ。とはいえ、あそこには厄介な『ラファ』がいるからな。まぁ、あまり期待しないでくれ」


「あぁ、構わんよ。良い情報を共有してくれた時には礼もしよう。ところで、ホルストも協力してくれるのか?」


「私は狐人族や他の部族がどうなろうと知ったことではない。好きにやらせてもらう」


ホルストは顔を見せてそう言うと、背中を向けてその場を去ってしまう。


その姿に、ギョウブは呆れ顔で肩を竦めた。


「やれやれ。あの男は何を考えているのか良くわからんねぇ」


「……彼はエルバとはまた違う意味で危険です。油断は禁物でしょうね」


ルヴァの言葉にセクメトスは頷き、深いため息を吐くのであった。



セクメトスは、会議室を出るとすぐにある部屋に向かって足を進めた。


「ヨハン。待たせたな、会議が終わったぞ」


彼女が部屋のドアを勢いよく開けると、部屋の奥で静かに本を読んでいた少年が顔を上げてパァっと微笑んだ。


ヨハンと呼ばれた彼は、セクメトスと同じ薄い青の瞳と金髪であり、とても可愛らしい顔つきをしている。


「……⁉ 母様、寂しかったです!」


ヨハンは持っていた本を手身近な場所に置くと、セクメトスに向かっていく。


それはまさに、愛らしい光景であった。


しかしその途中、ヨハンはいきなり獣化して横に跳躍。


次いで、壁を蹴ってセクメトスの背後に回り込んだ。


それは一瞬の出来事であり、常人であれば何が起きたかもわからないだろう。


「母様。これは、寂しかった僕の気持ちです!」


ヨハンは、獣化して鋭利となった爪で母親の首元を切り裂くように手を伸ばす。


だが、セクメトスはその手を掴むと、彼をそのまま自身の胸の中で抱きしめた。


「あはは! さすが、ヨハン。私の可愛い息子だ。お前の年齢で獣化を使いこなし、私の裏をかいて首を切り裂こうなど中々できることではない。本当に将来が楽しみな子だよ」


「むぅうう⁉ 母様、胸で息ができません。離してください!」


胸の中で暴れている事に気付いたセクメトスは、すぐにヨハンを解放した。


「おっと、すまん、すまん。だが、ヨハン。この稽古は私だけにして良いものだからな。いつも言っているが、他の者にしてはならんぞ?」


「はい、母様。承知しております」


「ふふ、いい子だな」


ヨハンがペコリと頭を下げると、セクメトスは目を細めながらその頭に優しく撫でる。


そして、ふいに部屋の窓から外を見つめた。


「狐人族とバルディア家。それぞれに潰し合ってくれたまえ。獣人国の未来……ヨハンの為にもな」


セクメトスがそう呟くと、ヨハンが「ん?」と小首を傾げた。


「母様、バルディア家って何ですか」


「うん? あぁ、帝国のバルディア領を治める辺境伯家さ。帝国の剣と称される程に強いそうだ」


「ふーん」と相槌を打ったヨハンは、間もなく何かを思いついたようにハッとした。


「あ、じゃあ、強くて僕と近い年の女の子がいたら、将来のお嫁さんにしてあげようかな」


「あはは! それは良い考えだ。その時は、すぐに声をかけてみなさい」


その後、ヨハンはセクメトスにバルディア家のことを根掘り葉掘りと興味津々に尋ねるのであった。





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