第401話 帝都からの手紙

「さぁ、リッド様。お口を開けて下さい」


ファラはそう言って、薬が並々と入っていると思われる急須のような容器を手に持ち微笑んでいる。


なお、その薬からほのかに感じる香りには覚えがあった。


顔から血の気が引くのを自覚しながら、彼女の隣に控えるサンドラに目を向ける。


「これ……全部を飲まなきゃいけないのかな?」


「はい、勿論です。それは、月光草を抽出蒸留して魔力回復効果がより見込めるものです。まぁ、錠剤にする前の『原液』ですけどね。ライナー様からは急ぎと言われていますから、こちらが手っ取り早いかと」


彼女は怪しく目を細めて頷いた。


自業自得とはいえ、ベッドの上で体を動かせず、薬を受け入れるしかない状況にガックリと項垂れる。


そして、昨日今日のことを思い返していった。


つい先日のこと。


父上指導の元、新たな身体強化・弐式と烈火の訓練が行われた。


その際、僕は弐式だけに留まらず、好奇と探求心に駆られて『烈火』を忠告を無視して挑戦。


結果、『身体強化・烈火』の発動には成功したけれど、その反動で丸一日もの間、目を覚まさずに眠っていたそうだ。


その為、僕が目を覚ますと屋敷は大騒ぎとなってしまう。


勿論、それだけには留まらず、ファラを始め、心配した皆からお叱りと苦言を呈される。


数あるお叱りの中でも、父上と車椅子に乗った母上がベッドの横に並び、三人だけで行われたお説教は本当に身に染みた。


その時の父上は、話す時に憤りを面には出さず、あくまで冷静だったのが特に印象に残っている。


でも、逆にそれが恐ろしく、言葉が胸に深く刺さった。


やがて、父上は話し終えると先に部屋を退室する。


母上と二人きりになると、「何故、このようなことになったのか。わかりますか?」と諭すような問答が続く。


その中で、如何に今回の無茶が色んな人に心配をかけてしまったかを改めて自覚する。


でも、母上は最後に僕の頭を撫でながら、優し気に言った。


「リッド。貴方は沢山の人に愛されています。勿論、私も父上もです。ですが、何をしても許されるわけではありません。『人を愛する者が、人から愛される』のです。決して、貴方を愛してくれる人達をおざなりにしてはいけません」


「はい、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」


「ふふ。でも、大丈夫。貴方は小さいけど、人を大切に愛することを知っていますから。それに、私も父上も無茶をしたことを怒ってはいますけど、貴方のことを誇りに思っているんですよ。その事も忘れないで下さい」


「……ありがとうございます」


母上の眼差しと言葉には慈愛が籠っており、自然と瞳が潤んでしまう。


それを隠すように顔を背けても、母上は僕の頭をしばらく優しく撫でてくれていた。


「ふぅ……そうだよね。早く元気にならないとね」


そう呟くと、ベッドの横にいるファラが目を細めて頷いた。


「その意気です。さぁ、お薬を飲んで下さい」


「う、うん。でも、少しずつでお願いね」


彼女の笑顔に少したじろぎながら口を開ける。


魔力回復薬の原料である月光草は、錠剤に加工しないと味がとんでもない代物だ。



過去にサンドラの治験……いや、実験に参加した時、その味に悶絶したことがある。


それを知ってか知らずか、ファラは微笑みを崩さない。


そして、薬が入った急須から、僕の口にゆっくりと注ぐ。


その瞬間、月光草のえぐみや臭みが襲ってきた。


それは過去を凌駕するものであり、最早形容しがたい味である。


「うぅ⁉」


想像を絶する味に呻き声を漏らすと、急須から注がれる薬が止まる。


何とか吐き出さずに飲み込むが、さすがに咳込んだ。


「はぁ……はぁ……これは、凄い味だね」


「そのようですね。ビジーカさん達の報告書にも、治験に協力したラスト君が味に悶絶したと記載がありました。しかし、効果は保証されております」


サンドラは笑顔で冷淡に答えた。


そうか、ラスト君もこれも味わったのか。


なお、ラスト君というのは第二騎士団で分隊長を務めている狼人族、シェリルの弟だ。


彼は母上と同じ『魔力枯渇症』を患っており、現在はレナルーテの研究所で治験に協力してもらっている。


ラスト君のおかげで、レナルーテで行われる研究も円滑に進んでいるわけだ。


まぁ、マッドサイエンティスト……ではなく、好奇と探求心の塊のような医者であるビジーカと薬師のニキークを相手に上手くやってくれていると思う。


何となく、この味をすでに体験している子がいると聞くだけで、心に少し余裕が生まれた気がした。


でも、それはすぐに気のせいだったと悟る。


「リッド様。恐れながら、まだ半分も飲んでおりません。それに昔から『良薬は口に苦し』と申します。お一人では、飲む決心も揺らぐ事でしょう。ここは、妻である私が心を鬼にして協力します。さぁ、皆様のご心配を払拭するために、一気に参りましょう」


ファラはそう言うと、薬が並々入った急須を容赦なく口元に近付ける。


「え……⁉ い、いや、ちょ、まっ……うぐぅ⁉」


「ふふ。リッド様がお目覚めになるのを、私は十分待ちました。それに、待つだけではお体は良くなりませんからね」


ファラは、微笑みを崩すことなかった。


あくまで無慈悲を貫き、身動きを取れない僕に容赦なく永遠と薬を飲ませ続けたのである。


普段とは全く違う彼女の言動と雰囲気には、サンドラですら顔を青ざめていた。


また、一部始終を間近で見ていた護衛のアスナは、後日こう語っている。


「姫様が見せたあの冷淡かつ冷酷な言動。あれはまさに、エルティア様を彷彿させるものでした。やはり、お二人は親子なのだと確信した次第です」


その話を聞いた僕は、ファラを怒らせないように気を付けようと、ひっそり心に誓ったのである。



サンドラとファラに介抱してもらって数日後。


おかげ様で体調も良くなり、サンドラが行った診察でも「うん。もう大丈夫ですね」と言われ、問題無しと診断される。


その診断結果を元に、今まで通りの生活と第二騎士団の公務に戻って良いと父上から許可がもらった。


そして、ファラとディアナに付き添われて数日ぶりに宿舎を訪れると、すれ違う獣人の子達からとても心配された。


どうやら、屋敷に出入りするメイド達から、僕が寝込んでいたことを聞いていたらしい。


すると、ファラがおもむろにため息を吐いた。


「全く。どれだけの人がリッド様のことを心配したのか。本当に反省してくださいね」


「あはは……。もう、あんな無茶はしないよう気を付けるよ」


ファラはまだ怒っているらしく、口を尖らせそっぽを向いた。


そんな彼女の様子に苦笑して足を進めていくと、宿舎の執務室に辿り着く。


おそらく、カペラが事務作業をしてくれるはずだ。


そう思い、念のためノックをしてから入室する。


「おかえりなさいませ、リッド様。ご無事で何よりでございます」


カペラは、僕が入るなりそう言って一礼する。


「いやいや。こちらの方こそ、心配をかけてしまってごめんね」


彼に頭を上げてもらうと、足を進めて執務机の椅子に腰かけた


「それで、僕が数日寝ている間、何か問題はあったかな?」


「いえ、特にこれと言ったことはありませんでした。しかし、リッド様にこちらの封筒が届いております」


カペラは執務机の上に置かれていた一通の封筒を手に取り、差し出した。


その封筒を受け取ると、差出人の名前を見て思わず眉間に皺が寄る。


「……帝都のヴァレリからか」


彼女とは定期的に手紙のやり取りはしているけど、今回はその時期じゃない。


帝都で何かしら気になる動きがあったということだろう。


執務机の上にあるペーパーナイフを手に取ると、丁寧にその封筒を開けた。


そして、中にあった手紙を取り出すと、内容に目を通し始める。





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