第398話 新たな身体強化4

「よし……」と小声で呟くと、深呼吸して集中を開始する。


「だがな、リッド。この身体強化・烈火というのはさっきも言ったように消費する魔力量と体の負担が凄まじいのだ。決して、先走ることの無いように……」


身体強化を解いた父上が何か言っていたけれど、集中している僕の耳には届いていなかった。


そして、身体強化・弐式の発動と父上のように『炎』を纏うイメージを脳裏に明確に描き始める。


でも、これだけじゃ足りない……そう思い、弐式と火槍を同時発動する感覚も混ぜ合わせ、身の内にある魔力を混ぜ合わせていく。


「うん? リッド、ちゃんと話を聞いているのか?」


眉間に皺を寄せ、父上が首を傾げる。


その時、感覚的にこれならいける、と直感した。


「……身体強化・烈火!」


その瞬間、身の内から血が滾るような熱さが込み上げてくる。


そして、辺りに父上が発動した時のように熱を持った魔力波が吹き荒れた。


「なんだと……⁉」


「リッド様⁉」


皆の驚愕した声が聞こえた気がしたけれど、反応する余裕がない。


内から出て来る熱に、体がまるで焼け焦げていくような感覚に襲われていたからだ。


でも、これを越えた先に『身体強化・烈火』があると確信する。


次いで、メモリーを心の中で呼ぶと、呆れ果てたような彼の声が頭の中に響く。


(リッド。君はいつも無茶ばっかりするね。言ったでしょ? 器が持たないってさ)


(あはは、ごめんね。でも、君もいるからさ。これは絶対にできるって気がしたんだよ)


(はぁ……協力はするけど。その後は知らないよ)


会話が終わって程なくすると、内から出て来る熱が落ち着き安定する。


ハッとして自身の手に目をやると、赤い魔力が揺らめていることに気付いた。


「やった……父上、見て下さい。身体強化・烈火の発動に成功しました!」


「な……⁉」


父上とディアナ達は目を丸くして、呆然としている。


だけど、間違いなく身体強化・烈火の発動は成功したのだ。


興奮と喜びのあまり、両手を空高く掲げた。


「身体強化・弐式と烈火を会得できたぁあああ!」


しかし、次の瞬間に身体強化・烈火が意図せず突然と解除されてしまい、強烈な気怠さと眩暈に襲われて視界が歪んだ。


「あ、あれ……?」


堪らず額に手を添えるが立っていることもままならず、その場でふらつき倒れてしまう。


「リッド!」


声が響くと、父上の腕の中に抱きしめられた。


「愚か者。烈火は弐式以上に魔力を大量に消費する上、体にかかる負荷も大きいといったはずだ!」


「あはは……申し訳ありません」


父上は烈火の如く怒っているが、その瞳には心配の色が宿っている。


そして、父上は懐から『魔力回復薬』を取り出した。


「念のために用意しておいた物だ。飲みなさい」


「は、はい……」


意識が朦朧とする中、錠剤を口に運ぶと傍に控えていたディアナが水筒から水を注いだコップをくれる。


「リッド様。こちらを」


「ありがとう」


魔力回復薬を三錠、口の中に入れてもらった水で飲み込んだ。


それから少しすると、朦朧としていた意識は回復したけど、体の気怠さは消えなかった。


僕の顔色が少し良くなったのか、心配そうに見つめていた父上が少し安堵した様子で「ふぅ……」と息を吐く。


「少し良くなったようだな。身体強化・烈火の発動を成功させたのは、さすがだと言っておこう。しかし、下手をすれば命を落としていたかもしれんのだぞ!」


「う……」


父上の腕の中、間近に迫る鬼のような形相にビクっとたじろいだ。


ちょっと泣きそう。


そして、父上は僕の目を射貫くように睨む。


「また勝手なことすれば、お前の魔法研究を禁止とする……わかったな」


「はい……畏まりました」


これは完全に勇み足を踏んだ僕が悪い。


素直に頷くと、父上はため息を吐いて僕をそのまま両腕で抱えた。


いわゆる、お姫様抱っこだ。


「ち、父上。こ、これは少し恥ずかしいです!」


「何を言うか。体にどれだけ負荷をかけたと思っている。大事を取って、このまま屋敷のお前の部屋まで行くぞ。目を離すとまた何をやらかすかわからんからな」


「そ、そんな……」


お姫様抱っこされている姿を屋敷の皆に見られると想像すると、恥ずかしくて顔が熱くなるのを感じる。


だけど、父上は頑として譲らない。


諦めて俯いていると、父上はディアナに視線を向けた。


「ディアナ。悪いが、急いでサンドラに連絡を取って、リッドが魔法で無茶をしたと伝えてくれ。すぐに診てほしいとな」


「畏まりました」


彼女が会釈すると、父上はカペラに視線を移す。


「カペラ。お前は、リッドが無茶をしたことをファラに伝えてくれ。そして、息子の妻としてお灸を据えるようにとな」


「承知しました」と彼も会釈するが、その指示にギョッとして父上を見据えた。


「な、なんでそうなるんですか⁉」


「今まで、何回も同じ過ちを繰り返しているからな。今後、お前が無茶をしないよう、しっかりと外堀を埋めているだけだ。しっかり、己を行いを反省するんだな」


「うぅ……」


そう言われると、反論の余地もない。


ガックリ項垂れると、父上が口元を緩めた。


「ふむ。どうやら、今回はぐうの音も出ないようだな」


「……ぐう」


わざとらしく呟いて頬を膨らませると、父上は吹き出して笑い始める。


そして、父上は本当に僕をお姫様抱っこをしたまま屋敷に向かう。


だけどその途中、父上は前を向いたまま言った。


「経緯はどうあれ、身体強化・烈火を自力で発動したこと。これはそうそうできる事ではない。さすがバルディアの血を引く……私の息子だ」


「……⁉ えっと、その、ありがとうございます」


思いがけない褒め言葉にどう反応したらいいのかわからず、父上の腕で顔を隠しながら答えた。


でも、とても心が暖かくなり、段々と嬉しさが増していく。


気恥ずかしいから、バレないように「ふふ」と忍び笑った。


ちなみに屋敷に帰る途中、もう一度さっきの言葉を言ってほしいです、とお願いしてみたら、「まぁ、そのうちな」と父上は苦笑するだけだった。



程なくして屋敷に辿り着くと、父上にお姫様抱っこされている僕の姿を見た屋敷の皆は、案の定というか、とても目を丸くしていた。


羞恥心で顔が火照るのを自覚する程だったから、きっと僕の顔は真っ赤だったはずだ。


挙句、メルにもお姫様抱っこの姿をしっかりと見られてしまう。


「わ~。そうやって抱っこされてると、兄様って可愛いから男装しているお姫様みたいだね」


「ふふ。確かにメルの言う通り、そう見えるかもしれんな」


「……男装も何もありません。僕はれっきとした男の子です」


メルの言葉に悪ノリする父上を怨めしく睨む。


しかし、父上は笑うだけだった。


やがて自室に辿り着くと、父上はベッドの上に僕をゆっくりと横にする。


「着替えに関しては、ディアナかダナエに指示をしておこう」


「……着替えぐらい、一人で出来ますよ」


そう言って体を起こそうとすると、全身に激痛が走って「うぐ……⁉」と顔を顰めた。


「やはりな。かなり体に負担が掛かっていたのだろう。しばらくは動けんかもしれんな」


父上は心配そうにこちらを見つめている。


「……申し訳ありませんでした」


体に走った激痛により、身体強化・烈火の発動がいかに軽率だったか、今更ながらに自覚する。


本当に、一歩間違えれば大変なことになっていたのだろう。


「ようやく事の重大さが理解できたようだな」


そう言うと、父上は表情を崩して言葉を続けた。


「サンドラが来るまで、まだ少し時間がある。お前は少し寝ておけ」


「はい、そうします。ちなみに父上はどうされるんですか?」


問い掛けると、父上は僕の頭を優しく撫でる。


「お前の容態が気になるからな。私も暫く此処にいるつもりだ」


その言葉を聞いて緊張の糸でも切れたのか、途端に強烈な眠気に襲われた。


「ありがとう……ござい……ます、ちち……うえ」


睡魔に抵抗して何とかお礼を言うと、僕はそのまま眠りに落ちて意識を失った。





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