第397話 新たな身体強化3
身体強化・弐式における魔力量の調整とは、水が大量に入った巨大な貯水槽に自ら大穴をこじ開けておきながら、今度はその穴を小さくしようとするような感覚だ。
当然、勢いよく溢れ出る水に押し負けてしまえば、身体強化・弐式は失敗してしまう。
メモリーと心の中で会話をしている時も、ずっとその感覚に耐えて穴を小さくしようとしていたけど、そろそろ厳しい。
すると、彼の笑い声が頭の中に響いた。
(ふふ、そうだったね。身体強化・弐式を意図して発動する時、一緒に僕の名前を心の中で呼ぶんだ。そうすれば、魔力制御を僕が補助するよ)
(なるほど。じゃあ、改めてお願いするよ、メモリー)
(うん、任せて!)
改めて彼の名を呼ぶと、途端に自分の中に流れる魔力の流れが落ち着き始めた。
そして、今までとは明らかに違う大きな力が体を巡る。
気付かないうちに息を止めていたらしく、ハッとして息を思いっきり吸い込んだ。
「はぁ……はぁ……」
「その様子、制御できたようだな」
「はい……メモリーが助けてくれました」
そう言って頷くと、父上は眉をピクリとさせ首を傾げた。
「ん? なんだって?」
「あ、いえ、父上が額に添えてくれた指先のおかげで集中できました。ありがとうございます」
「む……そうか」
父上は少し嬉しそうに頷くと、咳払いをして話頭を転じた。
「さて、次は身体強化・弐式を維持したまま、手合わせを行い体に馴染ませていくことになるが……」
言いかけて僕を見つめると、父上は「ふむ」と頷いた。
「今日はもう無理そうだな」
「……申し訳ありません」
俯いて悔し気に答えるが、この配慮はとてもありがたい。
正直、息も絶え絶えで立っているのがやっとな程に体がヘトヘトだ。
ここまで疲れたのは久しぶりかもしれない。
その場で座って休むように言われて地面に腰を付けると、父上はディアナとカペラに視線を向けた。
「お前達は『身体強化・弐式』を使えたはずだが、それでも獣化した狐人族には苦戦したということだな?」
「……申し訳ありません。仰る通りです」
ディアナがそう答えると、二人は頭を深く下げた。
だけど、父上は首を横に振って顔をすぐに上げさせる。
「別に責めているわけではない。それに、獣化は獣人族特有の強化魔法だ。身体強化・弐式を用いたとしても、相手の力量次第は厳しいこともある。それより、その狐人族が獣化した時、尻尾の数は何本だった?」
「私が対峙したローゼンと言う狐人族の青年は、最終的に四本でした」
「リーリエという少女も同様です」
ディアナとカペラが淡々と答えると、父上は「なるほどな」と相槌を打ち視線をこちらに向けた。
「お前が対峙した『クレア』という襲撃犯の頭目と思われる相手は、尻尾の数が六本といっていたな」
「はい。獣化すると尻尾の数が三本になるアーモンドという狐人族の子と共闘しましたが、彼女には手も足もでませんでした」
あの時の事を思い出すと、自然と手が拳になり震えてしまう。
それから間もなく、僕の頭の上に父上がそっと手を置いた。
「それだけ実力差のある相手に立ち向かった胆力。そして、生き残ることができたのは流石だ。その経験は必ずお前の今後の役に立つだろう」
「……?」
ふと見ると、父上の瞳には心配と安堵の色が宿っていた。
考えてみれば、クレアはいつでも僕を殺せたのだ。
だけど、正面から立ち向かったこと活路が生まれたのだろう。
彼女はまるで玩具を見つけたかのように、僕のことを何やら気に入ったと言って見逃している。
あの時、逃げ腰を見せれば本当に殺されていたのかもしれない。
そう思うと、父上の『生き残ることができた』という言葉にとても重みを感じた。
改めて悔しさが込み上げて来て俯くと、父上は僕の頭をポンポンと優しく叩く。
「お前はまだ子供だ。しかし、才気溢れた子供だ。これから、どんどん強くなるだろう。それこそ、いずれ私よりもな」
「父上……」
「だが、焦りは禁物だ。そこで、お前には身体強化・弐式の先についても先に教えておこう」
「え……身体強化・弐式に先があるんですか⁉」
驚きのあまり、疲れも忘れて勢いよく立ち上がった。
目を丸くした父上は、やれやれと肩を竦める。
「全く……魔法の話しになるとすぐこれだ。いいか、リッド。身体強化・弐式の先は確かにあるが、体に掛かる負荷はさらに増加する。まずは弐式を使いこなせるようになってからだ」
「う……畏まりました。でも、その、目標になるように一度見てみたいです」
凄んでお説教モードの顔になった父上にたじろぎながら、あえて上目遣いでお願いした。
メルも良く使う手だけど、父上は僕達の上目遣いに弱いのだ。
ちなみに、母上にはあまり通じない。
程なくして、父上は深いため息を吐いた。
「……まぁ、最初からそのつもりではあったからな」
「ありがとうございます!」
ペコリと頭を下げると、父上は首を小さく横に振り小声で呟いた。
「ふぅ……私も甘いな」
しかし、声が小さすぎてうまく聞き取れずに小首を傾げる。
「えっと、何か仰いましたか?」
「いや、何でもない。それより、少し離れていろ」
「はい。承知しました」
ディアナとカペラの元に駆け寄ると、父上は深呼吸をして集中した様子を見せる。
それから程なくすると、辺りにさっきより強く。
そして、熱を持った魔力波が吹き荒れる。
砂埃も激しく舞い上がり、うまく前が見えない。
堪らず、顔を守るように両腕を前に出した。
やがて、吹き荒れていた魔力波が落ち着き、ゆっくりと腕を下ろして父上に目をやると、その変化に息を呑んだ。
弐式のように魔力が熱のように揺らめているけれど、その魔力には赤い色が宿っている。
まるで、父上が炎を纏っているようにも見えた。
「す、すごい……」
圧倒され驚愕していると、父上は悠然と歩いて僕の前までやってきた。
「これは、身体強化・弐式と火の属性素質を組み合わせたもので、『身体強化・烈火』と言われるものだ」
「弐式と属性素質を組み合わせた……身体強化・烈火ですか⁉」
想像を超えた話に興味が尽きず、探求と好奇心で胸が躍る。
身体強化・弐式という存在だけでも驚いたのに、魔法はどれだけ奥が深いんだろう。
興奮のあまり先程までの疲れも忘れ、僕は父上の体に揺らめく赤い炎のような魔力に触れてみる。
しかし、これといった熱さは感じなかった。
「うわぁ~」と感嘆しながら父上の体をあちこち触ってみるが、これといった変化はない。
色々と観察していると、父上が咳払いをしてハッとする。
「あ、す、すみません。つい興奮してしまって」
「お前は……本当に魔法の話になると見境が無くなるな」
父上はそう言って、ため息を吐くと説明を続けた。
「この身体強化・烈火を発動している間は術者の火の属性魔法の威力を上げ、弐式以上の身体強化を得ることができる。それに、多少の攻撃は纏っているこの魔力で防ぐことも可能だ。その分、魔力消費量と体にかかる負荷は更に大きい。故に、余程の相手でない限りこれを使うことはないがな」
「なるほど……」
相槌を打つと、口元に手を当て思案する。
身体強化と弐式は、魔力によって術者の身体能力を向上させているだけだ。
だけど、身体強化・烈火は身体強化と術者の持つ属性素質を組み合わせることで、身体能力を弐式以上に向上。
その上、属性魔法の威力や防御力も上昇させるという。
云わば、補助魔法ような効果も帯びているということだ。
ふとある事を思い立ち、あえて上目遣いで父上を見つめる。
「父上。その、攻撃を防ぐというのを一度この目で見たいのですが、弱めの魔法を放ってよろしいでしょうか?」
「まぁ、そんな事を言い出すとは思っていたがな。いいぞ、好きなようにやってみろ」
「あは! ありがとうございます、父上。では、早速やってみますね」
そう言って父上から少し離れると、威力を弱めた『水槍』を即座に放った。
すると、父上は右手を前に出してその水槍を受け止める。
その瞬間、水槍が蒸発するかのように消えてしまった。
「すごい……凄すぎです!」
「うむ。お前が弐式を完全に使いこなせるようになった時、次に目指す先はここだ。良い目標になっただろう?」
「はい。勿論です」
弐式に続き、烈火というその先の存在まで明かされたことで、僕の興奮とワクワクは頂点に達していた。
そして、無理だとしても『烈火』に挑戦してみたいという思いに駆られていたのである。
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