第373話 外伝・思惑と悪意

狐人族の部族長であるグランドーク家の屋敷。


そのとある来賓室に何時ぞやの如く、黒いローブで覆われた『ローブ』と名乗る男が話をしていた。


彼の前には、狐人族の部族長であるガレスを筆頭にエルバ、マルバス、ラファというそうそうたる顔ぶれ集まっている。


「……以上がバルディア領の現状でございます」


そう言ってローブが会釈すると、エルバが呆れ顔を浮かべた。


「なるほど。子供の奴隷を買って何をするかと思えば、まさか莫大な投資をしてまで『教育』を施すとはな。酔狂なことをするものだ」


「全く、理解に苦しみます。ですが、兄上。その男の言う通り、ここ最近のバルディアの発展速度は異常と言って良いほどです」


「うむ。部族長の集まりでも、バルディアのことは良く話題に上がっておるぞ。エルバ、そろそろ私は動くべきだと考えているが、お前はどうだ?」


「そうだな……」


弟マルバスの言葉と父親であるガレスの問い掛けに、エルバは左手で頬杖を突いて目を瞑る。


ローブがエルバ達に持ってきた情報は驚くべきものだった。


狐人族の領地に隣接する、マグノリア帝国のバルディア領は『化粧水』に始まり『懐中時計』や『木炭車』など様々な新しい製品を開発に成功。


そして、開発された製品の販売網はエルフが代表のクリスティ商会とサフロン商会との連携により、マグノリア帝国の全域に加え、エルフのアストリア王国とダークエルフのレナルーテ王国にまで及んでいると言う。


その上、バルディア家の長男『リッド・バルディア』とレナルーテ王国の第一王女が婚姻したことで、ダークエルフとの貿易や人の行き交いが非常に多くなっているそうだ。


人の出入りも多く、かつバルディアにしかない製品があるとなれば商人達が集まり商いが活発になるもの道理である。


また、人と物の動きを後押しする要因になっていたのが、ズベーラから奴隷として売り出された『子供達』だという。


バルディア家は奴隷として売り出された買い取った後、子供に何をどうやったのかはわからないが魔法、武術、教養を与えたのだ。


本来、魔法を扱えるよう為にはそれ相応の修練が必要となるが、バルディア家は短期間において百人を超える子供達を魔法を扱えるようにしたのである。


だが本当に驚くべきことは、道路整備などの実務で扱える水準で魔法を扱えるようにしていることだ。


これは驚異的なことと言って良いだろう。


エルバには野望があった。


獣人国ズベーラの『獣王』に君臨した後、各部族を率いて大陸に覇を唱えるという野望である。


獣人族も身体能力と魔法を活かせば、必ず可能であるとエルバは考えていた。


その為に必要なことは、まず『獣王』となり各部族に忠誠を誓わせることだが、その次に必要だと考えていたことは、魔法と兵士教育における専門知識や様々な技術だ。


そして、ローブの話を聞く限りでは、エルバが獣王になった後に必要となるものがバルディアに揃っていた。


大陸に覇を唱える為の立地条件、生産技術、魔法における専門知識。


そのどれもが、エルバがいずれ必要だと考えていたものである。


また、狐人族がバルディアを飲み込むことができれば、獣人族の各部族長を束ねる為の良い実績ともなるだろう。


「餌の奴隷に随分と大物が釣れたものだ」


エルバは目を開けると視線をローブに移す。


「機は熟した。ローブ、『あの男』に伝えろ……我らは動き出すとな」


「承知しました、そのようにお伝え致しましょう。ですが、お願いしていた『ナナリー』と『メルディ』の件はお忘れなきよう……」


あからさまにへりくだった態度をするローブだが、エルバは意にも介さず淡々と頷いた。


「わかっている。リッドとライナーの始末の件も含めてな」


「ありがとうございます。では、私はこれで失礼いたします」


部屋からローブが立ち去ると、エルバは父親であるガレスを見据えた。


「親父殿、各部族に『行方不明になっていた子供達の所在がわかった』と伝え、この件は狐人族のグランドーク家が責任を持って対応すると根回しをしておいてくれ」


ガレスは一瞬だけ首を捻るが、すぐにハッとしてニヤリと頷いた。


「わかった。これから我らが行うのは『奴隷解放』……素晴らしい大義名分だ」


「さすが親父殿は察しが良いな。まぁ、そういうことだ。マルバス。お前は国内における軍備の確認。それから、帝国やバルストの親しい有力者にも今後起きることに『手出し無用』と根回しをしておけ。こういった時の為に、奴隷を売り続けてきたのだからな」


「畏まりました。ふふ、胸が躍ります」


ガレスとマルバスはさも楽しそうな笑みを浮かべて部屋を後にした。


ラファは二人が出ていくと、エルバに向かって怪しく微笑み掛ける。


「お父様もマルバスも随分と嬉しそう張り切っているわね。兄上、私は何をすればいいのかしら?」


「ラファ。お前は部下と共に『化術』を使ってバルディアに潜入。ローブ達から得た情報の精査と合わせて収集をしつつ、可能であれば奴隷となった獣人を数名連れてこい。それから、今指示したことを伏せた上でアモンとシトリーもバルディアへいずれ連れていけ。少し考えがある」


「それはスリルがあって面白そうね。でも、アモンとシトリーはすぐに連れて行くと邪魔になるから、兄上からの依頼が落ち着き次第でいいかしら?」


「ああ、それで構わん」


「じゃあ、私も早速準備に取り掛かるわ。ふふ、退屈しのぎには丁度いいわね」


ラファはそう言うと、軽い足取りで部屋を後にする。


一人だけ部屋に残ったエルバは、椅子の背もたれにゆったりと背中を預けた。


「バルディアか。足掛かりには丁度良い相手だな」


彼はそう言うと、不敵に笑い始めるのであった。




マグノリア帝国の帝都中心地にある貴族街において、特に大きい『ジャンポール侯爵家』の屋敷は、質素だが気品ある造りになっている。


その屋敷のとある一室にて、ベルルッティ侯爵とベルガモットが椅子に深く腰掛け、マローネとベルゼリアからバルディア家が開催した懇親会についての報告に耳を傾けていた。


「ほう。リッド君と手紙でやり取りする約束か……実によろしい。その上、『雷属性』を使った何かを研究しているという情報の入手に成功。よくやったぞ、マローネ。それに、ベルゼリアもな」


「お褒めの頂きありがとうございます、父上」


「あ、ありがとうございます、。祖父上」


マローネとベルゼリアは、ベルルッティ侯爵の言葉に頭を下げて一礼する。


だが、ベルガモット不満げにベルゼリアを睨んだ。


「ベルゼリアよ。お前達のことは遠巻きに見ていたが、リッド達との会話を積極的に広げていたのはマローネではないか。お前は縮こまり、萎縮するばかりでだったではないか」


「も、申し訳ありません……」


「貴族の長子ともあろうものが会話の度に詰まっているようではこの先が思いやられるぞ。それに比べ、バルディア家のリッドは我らに臆することなく毅然とした対応ができていた。お前と年齢も変わらない奴できることが、何故できんのだ。ベルゼリア、お前はただの子供ではないのだぞ。ジャンポール侯爵家の跡取りだという自覚はあるのか⁉」


ベルガモットは最初こそ冷静な言い方だったが、最後になると声を荒らげて怒りを露わにする。


その姿に戦きながら俯いたベルゼリアは、悔しそうに「返す言葉もございません」と答え深々と頭を下げた。


だが、ベルガモットの怒りは収まる様子はない。


「なんだ。普通に話せるではないか。言われないとできないとは、実に先が思いやられる。我が子ではあるが、非常に残念だ」


あまりに乱暴な言葉に、ベルゼリアの隣にいたマローネが眉を顰めた。


「ベルガモット様……どうかその辺でお止めください。兄様もリッド様やファラ様と手紙のやり取りのお約束をしております故、今後は兄様だけに話すこともあるかと存じます。それに、『雷属性』の情報を得た時も、兄様がドワーフのエレンさんや狐人族の子供達を褒めたのがきっかけでございました。どうかお怒りをお鎮めください」


彼は「ふん」と鼻を鳴らしてマローネを睨む。


「例えそうだとしても、その事をハッキリとこの場で言えぬことが腹立たしいと言っているのだ」


その時、「もうよさぬか」とベルルッティ侯爵が声を発した。


「ベルガモット。お前の気持ちもわからんではないが、もう良いだろう。何にせよ、情報を得ることはできたのだからな。だが、ベルゼリアよ。お前の父が言う事にも一理ある。悔しければ、バルディア家のリッドに勝てるよう精進するのだ。よいな?」


「承知しました、祖父上。父上、どうか不甲斐ない息子をお許しください」


ベルゼリアはその言葉にコクリと頷き、父親に視線を向ける。


しかし、ベルガモットは冷徹な眼差しを向けて突き放すように言った。


「謝罪など不要だ。結果で見せろ」


「……畏まりました」


ベルゼリアは会釈するが顔は上げずにそのまま俯いてしまう。


だが、彼の拳は力強く握られて何かを堪えるように小刻みに震えていた。


ベルゼリアを心配そうに見つめるマローネだが、その瞳の奥にはどこか面妖な光が灯っている。


そんなマローネの姿を見たベルルッティ侯爵は、口元を緩ませるのであった。





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