第372話 『彼女』の情報

ファラと共に屋敷の執務室を訪れ、入室すると話をしやすいように皆で机を囲んだ。


だが、頬を膨らませてそっぽを向いているファラの姿に父上が怪訝な表情を浮かべる。


誤解を解くように此処に来るまでの経過を説明すると、父上は楽しそうに笑った。


「ははは。そうか、そんなことがあったのか。私はてっきり、ファラにも相談して進めているもだと思っていたのだがな。それは、ちゃんと話さなかったリッドが悪いだろう」


「面目次第もございません」


指摘にぐうの音も出ず頭を下げると、僕の隣に座るファラがこちらを見据えた。


「そうです。リッド様は、もっと反省してください。今後、私達は様々な貴族の方々との会食する機会も出て来るのですよ。そうなれば、この話は必ずされるはずです。その際、事の次第を知っていれば対策を講じて対応できますが、何も知らなければ対策すらままなりません。理由は承知しましたが、するにしてもやり方はもう少しあったかと存じます……まぁ、内容は嬉しかったですけど」


「えっと……ごめん。最後だけうまく聞き取れなかったんだけど……」


「知りません!」とファラはまたツンとしてそっぽを向いてしまった。


「ふふ。ファラの言う通りだな。リッド、お前はこの機会に自身の言動を見直すんだな」


「……承知しました」


がっくりと項垂れていると、父上が咳払いをして本題の口火を切った。


「それで、お前を呼んだ理由は他でもない。調べて欲しいと言われた『例の件』……『マローネ・ジャンポール』のことだ」


「本当ですか!」


その言葉にハッとして顔を上げた。


実は懇親会を終えた後、ファラが得てくれた情報を元に父上にマローネ・ジャンポールの事を調べて欲しいとお願いしていたのである。


「うむ、お前達が得た手がかりもあったからな。それに、マローネという少女がベルルッティ侯爵の養女になった件は貴族界隈でも一時話題になったことがある。少し調べれば、大体のことはわかったぞ」


「そうだったんですね。それで、マローネはどういう経緯でジャンポール侯爵家の養女となったのでしょうか?」


改めて問い掛けると、父上はゆっくりと話し始めた。


彼女は元々、『アシェン・ロードピス男爵』が運営する孤児院で保護された平民の少女だったそうだ。


その孤児院を開いたアシェン男爵は数年前に爵位が授与された新興貴族らしく、元は帝国内を渡り歩く商売人だったらしい。


そのせいか、彼の運営する孤児院においては幼い子供達に文字や計算などを教えているそうだ。


「なるほど。バルディア領で獣人族の子達にしていることに通じる部分がありますね」


「そうですね。リッド様以外にもそのようなことをしている方が居たなんて、少し驚きです」


ファラと一緒に感嘆するように頷くが、父上は訝しむように言った。


「この話だけを聞くと、そう思うだろう。だが、アシェン男爵が行っていることはお前の『教育』というより『選別』に近いがな」


「……? どういう意味でしょうか?」


聞き返すと、父上はおもむろに答えた。


「アシェン男爵はな。最初こそ優しく子供達を孤児院に受け入れるが、文字や計算の覚えが悪い子供に関しては肉体労働をさせたり、別の孤児院に転院させているのだ。そうして手元に残った優秀な子供達は、帝国内の貴族や商会の奉公に出している。その際に斡旋料も取っているようだな」


「……それは、ある種の人身売買になるのではありませんか?」


ファラの表情は少し曇っている。


出生率の低いダークエルフ達からすれば、子供を商品として扱う事がにわかに信じられないようだ。


「見方によってはそうなるかもしれんな。だが、身寄りのない子供が器量を認められ、貴族や商会に仕える機会を与えられているのも事実だ。才能のある子が奉公先から高い斡旋料をもらえれば、孤児院の運営が楽になる仕組みや管理はしっかりしているようだしな。アシェン男爵は中々のやり手のようだ」


「子供達をある種の商品として見ているということですね。確かに『教育』ではなく『選別』という方がしっくりきますね……」


執務室に何とも言えない空気が漂うと、場の雰囲気を変えるように父上が切り出した。


「さてと……本題のマローネについてだがな。彼女はその孤児院において、特に成績優秀の器量良しだったそうだ。そして、ベルルッティ侯爵が孤児院を訪れた際、彼女に目を付けジャンポール家で引き取ったらしい。まぁ、わかったのはこれぐらいだな」


「そういう経緯だったんですね。あと、その孤児院にマローネと同じ名前の女の子はいませんでしたか?」


「いや……そんな報告は受けておらん。だが、アシェン男爵もマローネのことを高く評価していたそうでな。ベルルッティ侯爵が引き取らなければ、自分の手元に残したかった……そう周囲に漏らしていた時期があったそうだ」


「そうですか……」相槌を打つと、そのまま考えを巡らせた。


話を聞く限り、やはり『マローネ・ジャンポール』は『ときレラ!』のメインヒロインである『マローネ・ロードピス』と同一人物である可能性が非常に高いと言えるだろう。


彼女がベルルッティ侯爵に引き取られていなければ、アシェン男爵が手元に残していた……その時、彼女の名は『マローネ・ロードピス』となるわけだ。


これは、ただの偶然ではないだろう。


「ところで、彼女の事をわざわざ私に調べるよう頼んだ理由なんだ。私もベルルッティ侯爵のことで気になる事があったから合わせて調査したが、懇親会の時に何かあったのか?」


父上の問い掛けにハッすると、首を軽く横に振った。


「あ、いえ。ベルルッティ侯爵にはベルガモット卿という息子がいて、ベルゼリアという孫もいます。それなのに、わざわざマローネを養女にした理由が気になったんです。今後、手紙のやり取りも行う約束もしているので、情報は多い事に越したことはないかなと……」


「なるほどな。確かにその点は私も気になっていた所だ。だが、残念ながらベルルッティ侯爵がマローネを養女にした理由はわからん。まぁ、おおよその検討は付くがな」


「……? と申しますと?」


「決まっているだろう……有力貴族との政略結婚による派閥強化だ。それに、第一皇子のデイビッド皇太子様と第二皇子のキール様がいるからな。お二人と同年代の娘を持つ貴族の親達は、誰もがその妻の座を狙っているわけだ。しかし、ジャンポール侯爵家には同年代の娘はおらん。ベルルッティ侯爵にとって、おそらくマローネはその為に用意した『駒』だろうな」


「あ、そういうことですか」


僕が相槌を打つと、父上は机の上に置いてあった紅茶に手を伸ばして口に運んだ。


懇親会におけるマローネは、周りの雰囲気を察するのがとても上手だったし、会話も相手に応じてうまく合わせていた。


僕も色んな帝国貴族の御令嬢と会話をしたけれど、その中ではマローネが意思疎通の能力に一番長けていた気がする。


程なくして、ファラが感慨深げに呟いた。


「だから、マローネ様は何というか、底の見えない方だったんですね」


「どういうこと?」


「懇親会で色々とお話をした時、表面上はとても明るく楽しそうに振舞われていたんですけど……感情や言葉の意図がとても読みづらい方だったんです。それに時折、まるで虚空を見つめているような印象を受ける時がありましたから……」


彼女の話が終わると、父上が「ふむ」と頷いた。


「ベルルッティ侯爵が気に入って養女にする程の娘だ。自身の感情を相手に悟らせないよう振舞っているのだろうな。お前達は彼女と手紙でやり取りをすると聞いたが、油断するなよ」


「承知しました」


僕とファラが揃って返事をすると、父上の表情が少し綻んだ。


「よし。話は以上だが、皇帝陛下への挨拶も終わり、懇親会における反響の対応も大分落ち着いた。数日後には、ここを出立してバルディア領に戻ることになるだろう。帝都を見物をしたいなら、早めに終わらせておけよ」


「畏まりました。じゃあ、あとでメルディと母上に渡すお土産を買ってこようと思います。ファラも一緒に行かない?」


「はい。是非、ご一緒させてください。あ、でも、私は手紙の件をまだ怒っているんですからね! ちゃんと反省もしてください」


「う……わかりました」


彼女のツンとした返事にたじろぐ僕の姿に、この場にいる皆は失笑する。


ロードピス男爵家に引き取られるはずだったマローネ。


僕の知る『ときレラ!』の流れから外れ、彼女が何故ジャンポール侯爵家に引き取られたのか。


ベルルッティ侯爵の目的が何なのか。


油断できないことばかりだけど、僕は改めて運命に立ち向かう決意を胸に抱くのであった。





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