第366話 ケルヴィン辺境伯家とリッド

先日、帝城に登城した際、謁見の間で論戦を繰り広げたグレイド・ケルヴィン辺境伯。


彼が懇親会に訪れ、かつ直接話しかけてきたのは意外だ。


でも、ケルヴィン辺境伯家はバルディア家と同様に、帝国の派閥においては『中立派』の立場のはずだから、無暗に敵対するようなことはしないはず。


そう思いつつ、笑顔を浮かべて出方を窺っているとグレイド辺境伯は突然に畏まりスッと頭を下げた。


「謁見の間において、我が息子『ドレイク』が行った軽率な発言。改めて、父として辺境伯としてお詫びしたい、申し訳なかった」


突然のことに面を食らい、きょとんとしてしまう。


すると、側に居たファラが「リッド様……」と声を掛けてくれてハッとした。


「グレイド辺境伯様、頭を上げてください。あの場は様々な意見を出し合う場でした。それにグレイド辺境伯様とドレイク卿はあの時すぐに謝罪してくださり、父上もそれを受け取っております。従いまして、私達の間には遺恨もありません」


そう言うと、あえてニコリと笑った。



彼の人柄については先日の謁見の間のやり取り以降、父上に改めて教わっている。


曰く、グレイド辺境伯は冷静な判断ができる人物であり、味方としておくべきらしい。


ただ彼は、帝国と並ぶ国力を持った『教国トーガ』と隣接する領地を任されている『辺境伯』故か、帝国の軍縮には明確に反対しており、軍拡を押している人物でもあるそうだ。


その為、つかず離れず適度な距離を取るように、と言われている。


バルディア家も『無意味な軍縮には反対』だが、『他国を挑発する結果を招くような、過度な軍拡にも反対』の立場を父上が表明しているそうだ。


謁見の間においてグレイド辺境伯と論戦となった懐中時計の一件に関しては、父上になりに一定の理解もできる部分もあるとも言っていた。


現場ですぐに時間が確認できるということは、軍事作戦や活動においてそれだけ重要なことだ。


作戦開始の時間さえ予め決めておけば、連絡手段がなくても同時に行動を起こすことができる。


時計が当たり前に存在していた前世では、その利便性をあまり意識する機会はなかったけどね。


それから程なくして、グレイド辺境伯はゆっくり顔を上げた。


「なるほど……そう言って頂けるとこちらとしては助かりますな。いやはや、リッド殿は将来が楽しみだ。同じ帝都を守る『辺境伯』として、今後は仲良くさせていただきたいものです」


「はい。こちらこそ、よろしくお願いします。ところで、そちらの男の子は?」


「おぉ! そうでした。今日は、リッド殿に年が近い『息子』をご紹介したかったのです。よろしいですかな?」


問い掛けに対して僕が頷くと、グレイド辺境伯は男の子の背中をポンと押し出すように叩いた。


その子は少し戸惑った表情をするが、すぐに畏まる。


「初めまして、グレイド辺境伯の次男、『デーヴィド・ケルヴィン』です。以後、お見知りおきをお願いします」


彼はそう言ってペコリと一礼する。


デーヴィドは薄茶色の髪と、青く優しい瞳をした可愛い男の子という感じだ。


先日、謁見の間で会ったのは『ドレイク・ケルヴィン』は彼の兄になるのだろう。


デーヴィドが頭を上げると、ニコリと微笑んだ。


「こちらこそ、よろしくお願いします。改めて、僕はリッド・バルディア。そして、彼女が……」そう言って視線を移す。


それから間もなく、「リッド様の妻、ファラ・バルディアです。よろしくお願いいたします」と言って彼女は綺麗な所作で会釈した。


自己紹介を終えると、デーヴィドは硬い表情を少し解いた感じがする。


彼とは年齢も近いから、これから仲良くできるかもしれない。


そう思いつつも、グレイド辺境伯に気になったことを問い掛けた。


「グレイド辺境伯様。謁見の間でお会いした『ドレイク』様の姿が見えないようですが、こちらには来られていないのですか?」


すると彼は、バツの悪そうな表情を浮かべた。


「いや、ドレイクも連れてきたかったのですがね。あいつは、謁見の間の一件もありましたから一足先に領地へ返したのです」


「あ、そうだったんですね。しかし、『懐中時計』にあれだけ興味を示したドレイク様がこの場にいないのは少し残念です。きっと、様々な物を見てその可能性を感じてくれたでしょうから」


これは半分嘘であり、半分本当だ。


ドレイク卿は『懐中時計』に関して、グレイド辺境伯以上に興味を示していたようにも見えた。


そんな彼が、『木炭車』や新しい食材を見れば色んな発想や着想、応用を思い付いてくれたかもしれない。


だけど、彼が謁見の間において僕向けていた『敵意』の籠った眼差し……あれを思い出す限り現時点で僕と彼が『仲良く』するのは難しいと感じている。


でも、必ずしも彼と仲良くなる必要もないだろう。


僕のことを目の敵にしていたとしても、彼の意見が良い物であればそれはそれで採用すればいいだけだ。


前世の記憶にある『仕事の取引先』においても、やっぱりどうしても『合わない人』というのは一定数存在していた。


そして、自身が苦手と感じる相手は、得てして相手もこちらを苦手と思っていることは多い。


しかし、取引先である以上、会わないわけにはいかないのだ。


じゃあ、どうするのか? 


その時は、互いにその問題は横に置いておいて『仕事』だと割り切って対応するしかない。


それに、対応は苦手でも『仕事はちゃんとする人』も必ず一定数存在するものだ。


だから、ドレイク卿とも好き嫌いは置いて『ビジネスライク』……つまり、事務的にお付き合いできれば良いかなと思っている。


「そう言って頂けると、ドレイクも喜びましょう」


グレイド辺境伯は嬉しそうに頷くと、こちらに向かって目を輝かせながら勢いよく身を乗り出した。


「しかし、この会場にある物に関しては私も可能性を非常に感じていますぞ。特にあの『木炭車』は素晴らしい。是非とも、ケルヴィン家にも融通していただきたいものです。あのような乗り物の着想は、一体誰の発案なのですかな?」


「え⁉ えっと……」


思わぬ圧で言い淀んだその時、「グレイド辺境伯。その件は私から話しましょう」という聞き慣れた声が響く。


「おぉ、ライナー辺境伯から直接伺えるとはありがたい。では、聞かせていただけますかな?」


「えぇ、構いませんよ」


彼の興味はこの場にやってきた父上に移ったらしい。


どうやら父上は、こちらのやり取りを気に掛けてくれたようだ。


ホッと安堵する中、グレイド辺境伯の次男坊であるデーヴィドが「はぁ……」と小さなため息を吐いた。


「リッド殿。折角ですし、あちらで少しお話でもどうでしょうか?」


「承知しました。あと、妻も良いですか?」


「勿論です。では参りしょう」


そうして、僕達はグレイド辺境伯と父上のやり取りが見える少し離れた場所に移動するのであった。





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