第320話 リッドと夜の来訪者
「すみません、リッド様。急にお部屋にお邪魔してしまいまして……」
「いやいや、そんな気にしなくて大丈夫だよ」
気恥ずかしそうにしているファラに、僕は自室に常設されている水をコップに注いで差し出した。
「ありがとうございます」
彼女はそう言うとコップを手に取り、水を口に含む。
なお、すでに日は暮れており、辺りは夜の闇に包まれている時間だ。
さて、何故こんなことになっているのか。
それは先程、メイドのディアナが部屋に訪ねてきて、ファラから僕の部屋を訪ねたいという申し出があったという報告を受けたからだ。
その時、あまりに突然の事に驚いた僕は思わず、「ええっと、どういうこと?」とディアナに問い掛けてしまう。
しかし、彼女は首を小さく横に振った。
「それは、私に申されてもお答え致しかねます。ファラ様は、すでにリッド様の奥様なのですから、部屋を訪れることは問題ないかと。後は、リッド様からお尋ねになるべきかと存じます」
「あ、それもそうか……わかった。じゃあ、ファラを案内してくれるかな」
「承知しました」
会話が終わると、ディアナは丁寧に会釈してその場を後にする。
自室に残された僕は、ハッとすると部屋の中にファラが来ても大丈夫かと見回し確認しながら、慌てて軽く片付けるのであった。
それから程なくして、自室のドアがノックされディアナの声が響く。
「リッド様、ファラ様とアスナ殿をお連れ致しました」
「はい、どうぞ」
返事をしてから間もなく、ドアがゆっくりとディアナによって開かれると、照れた様子のファラが入室する。
「失礼致します。リッド様」
「いらっしゃい、ファラ」
笑顔で迎え入れるが、何故か彼女の専属護衛であるアスナは部屋に入ろうとはしない。
廊下側で佇みながら微笑んでいるだけだ。
その様子に、思わず僕は首を傾げる。
「あれ、アスナは入らないの」
「お気遣い頂き感謝致します。しかし、私はこちらで待機させて頂きます故、お二人でお過ごしください」
「あはは……うん、わかった。じゃあ、何かあれば声を掛けるね。それからディアナ、アスナのことをよろしくね」
アスナはそう言うと、スッと会釈する。
どうやら彼女は、最初から部屋に入るつもりはなかったらしい。
僕は苦笑すると、答える途中で視線をディアナに移した。
勿論、部屋の外で待機するというアスナのことをサポートして欲しいという意図だ。
ディアナは僕に答えて会釈すると、アスナに声を掛ける。
「承知しました。アスナ殿こちらへ……」
「かたじけない。では、姫様。何かありましたらお呼び下さい」
「はい、アスナ」
アスナはディアナにお礼を述べ、ファラに会釈すると笑みを浮かべてその場を後にした。
やがて、ドアは静かに閉じられて部屋の中には僕とファラの二人だけとなる。
その中、僕は咳払いを行うとファラに話しかけた。
「あはは、改めていらっしゃい。良かったら座って話さない」
「は、はい……」
彼女は僕に促されるまま、ソファーに腰を下ろす。
そして、僕は部屋に常設されている水をコップに注ぎ差し出した……と今に至るわけである。
先程までのことを思い返していた僕だけど、ファラが水の入ったコップを机に置くと同時に問い掛けた。
「それで、どうしたの。何か困ったことがあったかな」
「あ、いえ、その困ったことがあったわけでは……というより私自身の問題というか……」
「……?」
少し恥ずかしそうに話すファラだけど、しどろもどろという感じであり意図がよくわからない。
僕が思わず首を傾げてきょとんとしていると、彼女は俯いてから少しの間を置いてポツリと呟いた。
「……その、笑わないで下さいね」
「う、うん」
どことなく緊張感が漂い始めて思わず僕が息をのみ頷くと、彼女はおもむろに話を続けた。
「その……なんだか急に心細くなりまして……リッド様に会いたいなぁ……と思ったら、気持ちが止まらなくなっちゃって……あはは」
ファラは言い終えると顔を赤らめ、照れ笑いをしながら耳を上下させている。
予想外の答えと、可愛らしい言動に僕は思わず見とれてしまう。
そして、二人の間に少しの間が流れると、彼女が恥ずかしそうに呟いた。
「リ、リッド様……何か言ってください。それとも、やはりお邪魔でしたか……?」
「いやいや、そんなことないさ。僕もファラが会いに来てくれて凄く嬉しいよ」
ハッとした僕は、首を慌てて横に振りながら答えるとニコリと微笑んだ。
その様子に、彼女は安堵した表情を浮かべて、胸を撫でおろしている。
「本当ですか……良かった」
「あはは、心配させてごめんね。でも、僕がファラのことを邪魔に思うなんてことは、絶対にないから何か不安になるようなことがあったら何でも教えてね」
「……⁉ はい、ありがとうございます」
彼女は僕の言葉を聞くと、嬉しそうに微笑みながら頷いている。
その姿を見て、僕も思わず笑みを溢すけど、先程彼女の言ったことに関して優しく問い掛けた。
「ところで、ファラ。さっき言っていた、急に心細くなったというのは大丈夫?」
「あ、はい。こうしてリッド様のところに来たら、もう大丈夫みたいです、ふふ」
可愛らしく微笑み彼女に思わず、ドキッとしながら僕は頷いた。
「そ、そっか。それなら良かったよ。じゃあ……折角だからレナルーテとここでの違いとか聞かせてもらえるかな」
「わかりました。まず違うのは……」
その後、ファラは今日だけでも気付けた文化の違いを、色々と楽しそうに話してくれる。
しばらく二人で談笑していたけど、さすがに夜も更けてきたし彼女も少し眠そうに目を擦り始めた。
僕はその姿を見て、笑みを溢すと「ふふ、そろそろ寝ようか」と話しかける。
すると、ファラは急に神妙な表情を浮かべて呟いた。
「そうですね……あの、一つお願いがあるんですがよろしいでしょうか」
「それは良いけど、突然改まってどうしたの」
彼女が見せる表情の変化の意図が分らず、僕は思わず首をかしげて答える。
その中、彼女は恐る恐る言葉を続けた。
「レナルーテの時のように、今日も一緒に寝ても良いですか……?」
予想外の答えに、僕は思わずきょとんとしてしまうが、すぐにハッとして咳払いをしてから頷いた。
「わかった。じゃあ、アスナにもその事を伝えないとね」
「ありがとうございます、リッド様」
ファラは答えを聞くと表情がたちまちパァっと明るくなる。
その様子から、恐らく彼女は最初から一緒に過ごしたくて来たんだろうなと察して、僕は笑みを溢していた。
それから間もなく、僕は部屋の外で待機しているアスナに声を掛け、ファラが僕の部屋で寝ることを伝える。
驚くかと思いきや、アスナはニコリと微笑み「承知しました」と答え、スッと会釈するだけだった。
もしかしたら、アスナもファラの意図を知っていたか、気付いていたのかもしれないな。
その後、僕とファラは同じベッドで横になると、レナルーテの時のように手を繋いだ。
「じゃあ、お休み。ファラ。あ、それと明日は『新屋敷』を案内するから楽しみにしていてね」
「新屋敷……ふふ、とっても楽しみです」
この時、僕はファラがバルディアに来てくれたことを改めて実感する。
そして、明日の予定について彼女とベッドで横になって話していたけど、僕は知らず知らずのうちに深い眠りに落ちていたのであった。
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飛ばし読みされている方は下記の相関図を先に見るとネタバレの恐れがあります。
閲覧には注意してください。
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