第280話 会談3
僕が提示した『特別辺境自由貿易協定』にエリアスは協定を結ぶこと前提に考えるとハッキリ言ってくれた。
そして、彼はいま楽し気な表情を浮かべて豪快に笑っている。
その様子に、ザックが呆れた様子で咳払いをした。
「陛下。いささか……笑い過ぎです」
「む、そうか」
エリアスはザックの言葉で厳格な表情に戻る。
しかし、彼から出ている雰囲気は明るいものだ。
その中、オルトロスが険しい面持ちで僕をチラリと見てから、エリアスに話しかけた。
「エリアス陛下。恐れながら、私は『特別辺境自由貿易協定』に関して、もう少し慎重に動くべきだと存じます。確かに、リッド殿が開発した木炭車。今後の可能性は素晴らしいかもしれません。しかし、関税や通行税を減らすことは国の減収だけではなく、質の悪い商人や冒険者が入り込む原因にもなります」
オルトロスの言う事もあながち間違いではない。
関税や通行税を無くすということは、それだけ人が集まりやすくなる。
勿論、それが経済活性化に繋がるのは事実だが当然、欠点に成り得る部分だ。
しかし、エリアスはオルトロスの言葉に首を横に振った。
「オルトロスよ。お前の心配もわかる。だがな……帝都の中央貴族達が、ファラがバルディア領に行くと同時に動き出すという情報を得た以上、婿殿が先程言ったようにこれは『選択』の問題だ。友好的な『婿殿』を選ぶのか。無理難題を言って来る『中央貴族』を選ぶのかというな」
「ですが……」
エリアスの言葉に、オルトロスはまだ怪訝な表情を浮かべて噛みつこうとしている。
その時、ザックが会話に割って入った。
「オルトロス殿……貴殿が、武官から文官の仕事を始める時に手助けを行った……『ノリス』。彼の失態を貴殿もご存じでしょう。その結果、いまレナルーテとバルディア領における通行税と関税に関する我が国の税収は限りなく低いのです。その為、『特別辺境自由貿易協定』を締結したとしても影響は少ないでしょう」
「ぐぅ……それは、そうかもしれませんが」
ザックの言葉が『痛恨の一撃』と言わんばかりに、オルトロスが苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
彼らのやりとりによって、何故オルトロスが僕に憎悪を抱いていたのか納得する。
ノリスこと『ノリス・タムースカ』は、レナルーテとマグノリア帝国の同盟、実質は属国という密約に不満を抱き、僕とファラの婚姻を阻止しようした人物だ。
しかし、ノリスが起こした行動は僕の活躍もあり失敗に終わり失脚。
最終的には断罪されたと聞いている。
一連の出来事を思い返した後、探るように笑みを浮かべた僕は、オルトロスに尋ねた。
「なるほど。オルトロス殿は『ノリス一派』のご出身なのですね」
案の定、彼は僕の問い掛けで苦々しい表情に磨きがかかる。
「……一派ではありません。私が『文官』の仕事を始める時、ノリス殿に多少助力をしてもらっただけです。ノリス殿の意図は今となってはわかりませんが、私自身は彼の一派に所属したつもりはありません」
オルトロスが言い終えると、ザックがニコリと微笑み補足するように口を開いた。
「オルトロス殿は、以前は武官を務め、今は文官をしておりダークエルフとしては年齢もまだ若い。その為、私の下で仕事を学んで頂いているのですよ」
僕は、ザックとオルトロスの言葉。
そして、今までの彼らのやりとりからオルトロスの立ち位置がわかったような気がした。
恐らく、オルトロスは武官の立場ではあったが、何かしらの意図で文官の仕事も手掛けるようになった。
その時、彼に手を貸したのがノリスだったのだろう。
オルトロスが、ノリス一派だったかどうかは不明だけど、少なからずザックの下にいるということは『白』に近いということは想像できる。
しかし、ノリスと関わっていた事実もありオルトロスはザックに弱みでも握られているのかもしれない。
カペラから聞いているザックの性格や立場を聞いていた僕は、失礼にあたるかもしれないけど彼に視線を向け、少し同情するように呟いた。
「それは……オルトロス殿も大変でしょう」
「……大変ということはありません。やりがいのある職務と思っております」
オルトロスは、僕の言葉に少し驚いたような表情を一瞬するが、すぐに苦々しい顔に戻る。
その時、エリアスが笑ながら豪快な声を発した。
「オルトロスよ、婿殿を甘く見たな。お前の立場はすでに見抜かれたようだぞ。まぁ、それより、ザックの言う通り『特別辺境自由貿易協定』を締結したところで影響はほとんどない。現状では、断る理由はないだろう。それに、物流が増えるということはそれだけ国が潤うことでもある。婿殿、そういう認識で良いのだろう?」
エリアスは、オルトロスに言葉を投げかけると視線を僕に移して言葉を続ける。
僕は、微笑みながらエリアスの問い掛けにコクリと頷いた。
「仰る通りです。通行税と関税を無くせば、聡い商人達はバルディア領とレナルーテに必ず集まります。そこに、木炭車の物量が加われば『モノ・ヒト・カネ』が大量に動くでしょう。税収は、その動きから商人達が儲けた金額から徴収すれば良いのです」
「うむ。我が国としても、現状ではその方が増収につながるだろう。しかし、オルトロスの言うように治安悪化の可能性は議論せねばならんな」
僕の言葉に答えたエリアスは、オルトロスに視線をチラリと移すと考え込むように難しい顔となる。
その中、僕は予め考えていた提案を行った。
「治安についてですが、私に一つ考えがあります。バルディア領とレナルーテで行き来を簡略化する為のより信頼性の高い身分証となる『商業査証』を作成してはどうでしょうか」
「……あまり聞かぬ名だが『商業査証』とはどういったものを指しているのか、すまんが再度説明してもらえるかな」
「はい。御父上」
その後、僕は『特別辺境自由貿易協定』と関連する部分についてさらに詳しい説明を始める。
『商業査証』とは前世の記憶にある『就労ビザ』のようなものだ。
この世界においては、各国にごとに商業ギルドや冒険者ギルドがある。
そこで、ギルドにおいて一定以上の信頼を認められる商会や人物に対してのみ『査証』……つまりバルディア領とレナルーテで使える身分証である『パスポート』を発行するというわけだ。
査証があれば、レナルーテとバルディア領の行き交いはある程度簡略出来るようにすれば、より動きは円滑になるだろう。
勿論、『査証』の審査や管理は厳重に行い、不正行為を働けばかなり重い罰則を科すようにすれば良い。
僕の説明が粗方終えると、エリアス達は険しい表情を浮かべて僕に視線を注いでいる。
何か、わかりにくかっただろうか……? 僕は、不安になり思わずエリアス達に問い掛けた。
「あの……何か、わかりにくい部分があったでしょうか……?」
しかし、僕の問い掛けに彼らはすぐに答えず、少しの間を置いてからエリアスが表情を崩すと呆れたように口を開いた。
「いや……婿殿が考えることに驚愕していただけだ、他意はない。しかし、ライナー殿。貴殿の息子は本当に末恐ろしいものだ」
彼は言葉を紡ぎながら、視線を父上に向ける。
「恐縮です、エリアス陛下。私自身、息子の考える事にはいつも驚かされてばかりです。しかし時折、手綱を緩めると我々を振り落とそうとするのがたまに傷ですが……」
父上は、エリアスに答えながら『やれやれ』といった様子で僕に視線を向けた。
同時に、会談の場にいる皆の視線が僕に注がれる。
僕は一瞬きょとんとするが、すぐにハッとして怪訝な表情を浮かべて呟いた。
「父上……その言い方は、少し失礼ではありませんか」
僕と父上のやりとりに、エリアスを含めこの場にいる皆は笑みを浮かべて苦笑するのであった。
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