第255話 次の段階に向けて

「ティィィスゥウウウ⁉ そんな話、パパは聞いてないぞぉおお‼」


「だって……そんな反応するのがわかっていたんだもん。でも、ママには相談して了承もらっているからね」


ティスは父親であるクロスの言葉をさらっと受け流しながら、顔をプイっとしている。


メルは楽しそうに彼らのやりとりを見ながら笑っているようだ。


僕は状況が飲み込めず、困惑の面持ちを浮かべながらクロスの妻であり、ティスの母親であるティンクに視線を向けた。


「えーと、ティンク、申し訳ないけど、説明をしてもらってもいいかな? ティスは君の了承を受けたといっているけど、どういうこと」


「ふふ、失礼致しました。では、僭越ながらご説明させて頂きます」


僕はその後、ティンク達から説明を受ける。


ティスは、両親が共に騎士団に勤めていたことに加えて、クロスが騎士団の副団長であることをとても誇りに思っているらしい。


両親の影響か、ティス自身も「絶対に騎士になる‼」と日頃から言っているそうだ。


しかし、騎士になる為の修練や経験は想像以上に厳しく、簡単になれるものではない。


騎士団に所属しているティスの両親はよくわかっていた。


そんな時、僕が獣人族の子供達を訓練している話をクロスから聞いたらしい。


ティスは自身も訓練を受けて、騎士を目指したいとまず母親のティンクに相談。


そして、時期を同じくして僕とメルディが赤ちゃんを見に来ること知って、相談をしてみることにしたそうだ。


父親であるクロスに言わなかったのは、止められるのが嫌だったらしい。


なるほどなぁ、と僕は俯いて考える。


実は、獣人族の子供達である程度の結果が出始めているので、領民の子供達も試験的に近々導入してみるべきか、という考えはあるにはあった。


しかし、ただの領民達では、まだ魔法訓練の意義や意味を理解できるものは少ない。


それに、訓練自体が過酷なので相当な決意というか、自分から挑戦していく気概がないと恐らくついて来られないだろう。


そもそも、魔法の有用性を獣人族の子供達を通して領民に見聞し、領民達自身に『自分も魔法が使えるようになりたい』と思わせてから、一般募集を考えていたのである。


しかし、騎士を両親のどちらかに持つ子供であれば、両親の仕事に対しての意識もあるだろう。


何より僕自身が鉢巻戦を通して、騎士達には『魔法の可能性』をすでに周知出来ていると考え方も出来る。


そうなれば、訓練を受けさせたい両親や訓練を受けたい子供の意識も強いだろうし、訓練が多少過酷でもついて来られるかも知れない。


もしくは、人数制限をして採用受験のような募集をしても良いかもしれないな。


その上で、訓練も体験してもらって子供達が付いて来られる気概があるかもみれば……うん、いけるかもしれない。


ある程度の考えをまとめ終えた僕は、ゆっくりと顔を上げた。


「ティス、君が訓練を受けていずれ騎士になりたいと言う気持ちは嬉しいよ、ありがとう。でも、訓練を受けられるかどうかについては僕の一存では決められないんだ、ごめんね」


「……‼ そうですか。あ、いえ、ご無理を言ったのはこちらなので……申し訳ありませんでした」


ティスは僕の答えを聞くと残念そうに俯いてしまう。


しかし、クロスは少し安堵した面持ちを浮かべているようだ。


その中、僕はニコリと笑みを浮かべ、ティスに話を続けた。


「でもね、ティス。君のおかげで良い考えが浮かんだよ。父上と話してみないとわからないけど、もし良い方向に進めば、ティスも訓練を受けられるかもしれないよ」


彼女は俯いている状態から、顔をバッと上げて嬉しそうな面持ちを見せた。


「え⁉ ほ、本当ですか‼」


「うん。ただ、この場では約束はできないけど、ティスには、ヒントをもらえたお礼として伝えられることはある」


「それは、なんでしょうか?」


含みのある僕の言葉に、ティスは少し不安気な面持ちを浮かべている。


そんな彼女に、僕は笑みを見せて呟いた。


「ふふ、簡単なことだよ。厳しい訓練を耐えられる気持ちを今から作っておくこと。それから、体力作りとクロスに少しでも良いから剣術の訓練を受けておくといいかもね」


「……‼ わかりました。私、頑張ります。パパ、明日から早速、剣術教えてね。じゃないと嫌いになるもん」


「あらあら、大変。でも良かったわね、ティス。あなた、責任重大ね」


ティスは僕の話を聞くと、決意に染まった表情を浮かべてクロスに振り向いた。


ティンクはそんな娘の背中を押すよう呟くと、クロスに視線を向ける。


彼は、家族の思わぬ発言に目を丸くした。


「な……⁉ ティス、それはないだろう。それに、ティンクまで……」


「あはは。ごめんよ、クロス。でも、ティスのおかげで父上に良い相談が出来そうだよ。ありがとう」


僕は彼らのやり取りに苦笑しながら、お礼を伝えた。


ティスの一言がなければ、騎士の子供達を試験的に訓練に参加させるという考えに至るのは、もう少し後だったかもしれない。


この気付きは、大きい結果に繋がる可能性は十分にある。


言葉の意図が良く分かっていない様子のクロスは、戸惑いながら僕に答えた。


「は、はぁ……? まぁ、リッド様のお役に立てたのであれば光栄ではありますけど……でも、ティスに剣術の訓練かぁ。どちらかといえば、ナナリー様のようにおしとやかになって欲しかったんだけどなぁ……」


『母上のようにおしとやか』という言葉を聞いた僕は素直に嬉しい。


だけど、ティンクの話などを聞いていると、どうも『おしとやか』だけでは絶対にない気がする。


その時、ティスがクロスの言葉に反応して可愛らしく声を荒げた。


「私は、『おしとやかな騎士』になるからいいの‼ それなら、パパも文句ないでしょ‼」


「そうか、そうだな。わかった、じゃあ明日から少しずつやっていくか」


「ふふ、これは大変ね」


ティスの言葉を聞いたクロスは、気持ちを切り替えたようで笑顔を見せた。


ティンクもそんな二人をみて笑みを浮かべて微笑んでいる。


クロス達は、本当に仲の良い家族なのだろう。


その様子に僕達は、ほっこりするのであった。


その時、ディアナがボソッと呟く。


「はぁ……ルーベンスは、少しクロス副団長を見習ってほしいですね」


「え、ディアナなんか言った?」


「いえ、何でもありません」


良く聞こえなかったので聞き返すが、彼女は『やれやれ』と言った様子で首を横に振るだけだ。


ダナエも彼女に続くように呟いた。


「でも、クロス様達を見ていると、結婚もいいなぁと思いますよね。まぁ、私の場合は、まず相手を探すところからですけどね」


ダナエが中々に凄いことを呟いている気がするのは、気のせいだろうか? そんな彼女の言葉に僕は思わず尋ねた。


「そういえば、ダナエは気になる人とかいないの?」


「私ですか? そうですねぇ……今のところ、気になる人はいませんね」


そうか、ダナエは気になる人はいないのか……と思ったその時、彼女の答えを聞いたメルが反応する。


「ダナエ、けっこんしちゃうの? そしたら、わたしのところからいなくなっちゃうの……?」


彼女が結婚すると、傍から居なくなってしまうと感じた様子のメルが、シュンと俯いて少し悲しそうな顔を見せる。


するとダナエは、メルの視線になるようにその場でしゃがみ込むと笑みを浮かべる。


「いえいえ、メルディ様。私は今のところ結婚する予定はありませんから、ご安心ください。でも、そうですね。今の私はいつもメルディ様のことを考えていますから、今の私の大切な人はきっとメルディ様です。ふふ」


「ほんとう⁉ わたしもダナエだーいすき‼」


メルは嬉しそうに声を発すると、目の前にいるダナエに抱きついた。


その様子は微笑ましい光景ではあったけど、僕はドワーフのアレックスに向けて心の内で呟いた。


(アレックス……もし、君の好きな人がダナエなら、恋敵はメルになりそうだよ)


ちなみにこの時、メルについて来ていたクッキーとビスケットは終始、赤ん坊の『クロード』を興味深げに見ているのであった。



それから、しばらくクロス達と談笑していたがそろそろ良い時間になってきたので僕達はお暇することにした。


その時、僕はクロスとティンクに振り向き改めて祝辞を述べる。


「クロス、それにティンク。クロードの誕生、本当におめでとう。そして、この場に来させてくれて本当にありがとう」


「いえ、とんでもありません。むしろ光栄なことですので、お気になさらないで下さい」


「クロスの言う通りございます。本当にご足労頂き、ありがとうございます」


クロスとティンクは僕に答えながら一礼する。


僕はそんな彼らに顔を上げてもらうと、ディアナから『木箱』を受け取りスッと彼らに差し出した。


「これは、誰にでも渡せるものじゃないんだ。だけど、クロスにはいつもお世話になっているし、立場もバルディア騎士団の副団長だからお祝いの品として渡しても問題ないと思うから、良ければ受け取って欲しい」


彼は、僕の言葉を聞きながらおずおずと木箱を受け取ると不思議そうな面持ちを浮かべている。


「ありがとうございます。失礼ですが、この場で開けてもよろしいでしょうか?」


「うん。開けてみて」


僕に確認を取ると、彼は丁寧に木箱を開ける。


そこには『懐中時計』が入っていた。


アレックスから受け取った『懐中時計』の内の一つだ。


実は、クロスの家に訪れる前に工房に寄ったのはこの為でもあった。


しかし、『懐中時計』を見たことの無いクロス達は戸惑った表情を浮かべている。


「あの……リッド様、失礼ですがこれは……何でしょうか?」


「ふふ、それを手に取って、その出っ張り『竜頭』っていうんだけど、その上にボタンがあるから押してみて」


「……こうですか?」


怪訝な面持ちを浮かべながら、クロスが竜頭の上にあるボタンを押すと『カチッ』という金属音と共に、カバーが開き文字盤がお目見えする。


その瞬間、クロスはそれが『携帯できる時計』ということを理解して、顔色が驚愕に染まった。


「こ、これは、『時計』ではありませんか⁉」


「そそ、『懐中時計』と言ってね。エレン達や猿人族、狐人族の皆に協力してもらって開発したんだ。恐らく、世界にまだそれを含めても五台しかないんじゃないかな? まぁ、『クロード』の誕生祝いってことで持ってきたんだよ」


僕の言葉にクロス達は唖然としてしまった。


その後、こんな貴重なものは受け取れないと言われてしまう。


しかし、いずれはバルディア家や騎士団の主要な面々に渡す予定であること。


そして、使った感想など聞きたいということで何とか納得してもらった。


「まぁ、そんなに気負わないでよ。それに、生まれた子供と一緒に時を刻み始める時計なんてロマンチックで良いじゃない」


「承知しました。謹んで、『懐中時計』を頂戴致します。リッド様、本当にありがとうございます」


軽いお祝いの品つもりで渡したのだけど、クロス達はとても厳かな雰囲気で懐中時計を受け取っている。


そんな、彼らに僕は苦笑しながら決まりの悪い顔を浮かべるのであった。


その後、僕達はクロス達に別れの挨拶をして、彼らの家を後にする。


ティンクは見送りに来ようとしたけど、ベッドで休んでおくように再度伝えた。


そして、馬車に乗り込むとき、クロスから声を掛けられる。


「リッド様、私は騎士団に所属する前はしがない冒険者です。それが、ここまで大事な存在として扱って頂けるとは、本当に光栄の極みです。この命、改めてバルディア家に捧げる所存です」


普段の軽い感じのクロスとは違い、今の彼は決意に満ちた雰囲気を醸し出している。


そんな彼に少し気圧されつつも、笑みを浮かべて僕は素直な気持ちで答えた。


「う、うん。ありがとう、クロス。でも、君がバルディア家に尽くしてくれるから、僕もそれに応えただけだよ。だから、そんなに重々しく考えなくて大丈夫だからね。それに、これからもよろしくね」


「承知しました。本当に、本日はご足労頂きありがとうございました」


こうして、僕達はクロスの家を後にするのであった。



その後、屋敷に帰る馬車の中、ディアナが僕に視線を向けておもむろに呟いた。


「それにしても、リッド様。『子供の誕生と共に時を刻み始める時計』というお言葉は確かに素敵ですが……一体どこからそのようなお言葉を思いつくのですか?」


「え⁉ さ、さぁ……何となくかなぁ」


彼女の問いかけに、僕は思わず俯いて思案する。


しかしその時、彼女の質問とは別のことに意識が逸れた。


というのも、考えてみればディアナとルーベンスは恋人同士だし、将来的に結婚。


やがて、子供が生まれることもあるだろう。


そう思った僕は、名案とばかりに笑みを浮かべ話を続けた。


「あ、そうだ。良ければディアナとルーベンスの間に子供が生まれた時にも『懐中時計』を送ろうか?」


「な……⁉ べ、別に『子供』が欲しいとか、そういう意味で言ったわけではありません‼」


「へ……?」


僕の言葉にディアナが勢いよく答えると、馬車の中には少し気恥ずかしい雰囲気が流れ始める。


唖然とする僕達の表情に、彼女の顔が珍しく真っ赤に染まるのは言うまでもない。


その後、ディアナが自爆してから少しの時間が経過すると、メルが寂しそうに呟いた。


「はぁ……ティスともっとあそびたかったなぁ。ねぇ、にいさま、ティスはどうしてくんれんをうけられないの?」


どうやら、メルはティスに屋敷に来てほしかったようだ。


僕は笑みを浮かべて優しく答える。


「ごめんね、メル。その件は僕だけでは決められないんだよ。父上に相談しないといけないことだからね。でも、良い方向に進めば、きっとティスは訓練を受けられると思うよ」


「ほんとう‼ なら、わたしもくんれんをして、ティスのあいてができるようになるね」


メルの発言に、馬車に乗っていた僕を含め、ダナエとディアナも目を丸くしたのは言うまでもない。


僕達は慌てて止めるが、メルは聞く耳を持たない。


「だって、ディアナもつよいし、わたしもにいさまみたいにつよくなるもん。ぜったいだもん‼」


「いや、それは……」


困惑する僕をよそにメルは何やら決意したような面持ちを浮かべ、父上に直接話すと言って聞かなくなってしまうのであった。






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【お知らせ】

2022年7月8日、第10回ネット小説大賞にて小説賞を受賞致しました。

そして、本作品の書籍化とコミカライズ化がTOブックス様より決定!!


書籍は2022年10月8日に発売致します。

また、TOブックスオンラインストアにて現在予約受付開始中!!

※コミカライズに関しては現在進行中。


近況ノートにて、書籍の表紙と情報を公開しております。

とても魅力的なイラストなので是非ご覧いただければ幸いです!!

※表紙のイラストを見て頂ければ物語がより楽しめますので、是非一度はご覧頂ければ幸いです。


近況ノート

タイトル:書籍化のお知らせ&表紙と情報の公開!!

https://kakuyomu.jp/users/MIZUNA0432/news/16817139559135926430


タイトル:ネタバレ注意!! 247話時点キャラクター相関図

※普通に247話まで読んで頂いている方は問題ないありません。

飛ばし読みされている方は下記の相関図を先に見るとネタバレの恐れがあります。

閲覧には注意してください。

https://kakuyomu.jp/users/MIZUNA0432/news/16817330647516571740


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