第208話 狼人族の姉弟の苦難
狼人族のシェリルとラストの二人に決意を述べてもらった後、改めてサンドラとビジーカを紹介した。
その際、ラストが二人と握手した時、何やら彼の耳が『ぞわっ』と逆立ったように見えたのは僕の気のせいだと思う。
紹介が終わると、シェリルがおずおずと尋ねてきた。
「リッド様。私は、この後はどうすれば良いのでしょうか」
「そうだね。今はとりあえず、ラストと二人で長旅の疲れを取ってくれれば大丈夫だよ。ちなみに食堂にはもう行った?」
「いえ、私は湯浴みをされた後にすぐに弟に会いたいと言ったの……」
シェリルが僕に答えている途中「グゥゥ」と可愛らしいお腹の音が辺りに響く。
僕はその音にきょとんとするが彼女は、恥ずかしそうに顔が真っ赤に染まる。
その時、ラストが慌てて大声を出した。
「あの‼ リッド様、俺ずっと腹が減っていたのですみません」
「そっか、ラストのお腹の音だったんだね。君は、皆と同じ食事は難しいかもしれないから、ビジーカとサンドラが特別な食事を用意してくれると思うよ」
「え……?」
あの二人が特別な食事用意する。想像するだけで恐ろしいけど、母上の快復と医療技術発展の為だ。
ラスト、君の選んだ道は想像以上に過酷だよ。僕はニコリと怪しく微笑んだ。
「ふふ、だって言ったでしょ。その身を捧げて、僕の期待に応えてくれるってね。本当に期待しているから、頑張ってね。」
「……は、はい」
彼は僕の笑みに何かを悟ったようで、どんよりと項垂れてしまう。
だが、そんな彼とは裏腹に嬉々とした表情を浮かべる二人が近くにいた。
「なるほど。確かに……食事療法は良い方法かもしれませんな」
「薬の原料の味は『独特』過ぎますからねぇ。調理しても効果が出るのか、試してみる価値はあります。ラスト君は素晴らしいじっ……ではなく、協力者ですね」
いま、実験体と言おうとしたな。
ラストの耳が、逆立ってフルフルと何やら可愛らしく震えている気がする。
うん、気のせいだろう。僕は視線をシェリルに向けた。
「それで、シェリルはどうする? ここで、ラストと一緒の物を食べても良いけど、お勧めは食堂かな。皆の感想も聞いてみて欲しいからね」
「う……わ、私はラストと……」
彼女が躊躇いながら言葉を口にしようとした時、ビジーカがどこからともなく魔力回復薬の原料である『月光草』を取り出すと彼に手渡した。
「これを食べて見てくれ」
「こ、これをこのままで……ですか」
僕は、目の前の光景に何やら見覚えがあった。
魔力回復薬を開発する為に僕がしたことだ。
サンドラを一瞥すると笑いを堪えているようにも見える。
さて、どうしたものか。
と思った矢先、ラストが決意の表情を浮かべて口に月光草を放り入れた。
そして、口の中でモゴモゴと噛んだ様子を見せると同時に、真っ青になり絶望の表情を浮かべる。
うん、美味しくないんだよね。
「う、うう、お⁉ ううぉお‼」
「む、水か。ほれ」
彼が何を言うのか予想していたように、ビジーカが水を差し出す。
ラストは水を一気に飲み干すと、まさに『良薬は口に苦し』という表情を浮かべた。
「な、生で食べるのはえぐみが強すぎてきついです……おかわりは少し時間を置いて欲しいです」
「ほうほう。以前、サンドラがしたという実験結果と一緒の感想だな」
『サンドラがしたという実験結果』という言葉を聞いた僕は、微笑みながら鋭い目で彼女をギロリと睨んだ。
だが、サンドラは顔を逸らして、わざとらしく口笛を吹き始める。
ちなみに、シェリルはラストの様子にドン引きしているようだ。
でも、彼女の性格では彼と一緒に食べると言いかねない。
「シェリル、ラストが食べた『草』は到底食事とは言えないものだよ。彼にはちゃんとした食事を出すから、君は食堂に行って美味しいもの食べてきて。これは命令だよ。わかった?」
「う……で、ですが……」
彼女は、申し訳なさそうにラストに視線を向けるが、彼は苦笑して姉に答えた。
「俺は大丈夫だから行ってきなよ。姉さん、俺より食べるんだからさ」
「……⁉ ラ、ラスト、リッド様の前で余計な事を言うな‼」
ラストの言葉にシェリルは、怒りながらまた顔を赤くしている。
何故、彼女が怒っているのかわからず、僕はきょとんと首を傾げた。
「余計も何も……沢山食べられる女の子も素敵だと思うよ」
「はう……」
彼女は、何やら今度は恥ずかしそうに俯いてしまう。
シェリルって感情豊かだな。
そんなことを思いながら、僕は彼女に言った。
「それよりも、ほら。食堂でご飯食べておいで。場所がわからなかったらメイドに尋ねればいいからね」
「……‼ わ、わかりました。では、お言葉に甘えて失礼致します。ラスト、また来るからな」
「うん、姉さん。また後でね」
彼女は後ろ髪を引かれる面持ちで個室を出て行った。
その後、ラストについてはビジーカに任せて僕達も個室を後にする。
その時、ビジーカが何やらニヤリと不敵な笑みを浮かべていた気がするが、あの笑みはなんだったのだろうか? 僕の疑問を察したのか、サンドラが小声で耳打ちしてきた。
「ビジーカさんは、患者が重病であればあるほど笑顔になるんです。逆に大した病気じゃないと、機嫌が悪くなるんですよ。本人は気付いていませんけどね」
「そ、それはまた、個性的だね」
サンドラに答え、僕達が個室を出ると医務室内に突然女の子の声が響く。
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