第205話 狼人族の姉弟
僕はサンドラから告げられた病名に驚きを隠せなかった。
まさか、母上と同じ『魔力枯渇症』を患った獣人族の子供がいるとは想像もしていなかったからだ。
「本当に、魔力枯渇症なの」
「はい。狼人族の少年、名前は確か『ラスト』ですね。彼は、ナナリー様と同じく魔力枯渇症である可能性が非常に高いです。魔力枯渇症は珍しくはありますが、種族に関係なく、誰がいつ発症してもおかしくはありません。リッド様……処方はいかが致しましょう」
「どうしましょうって……」
その時、サンドラとビジーカの表情が重々しくなり、僕はハッとする。
治療薬の原料となる『ルーテ草』の在庫が少なくなっているのだ。
今は、母上の治療だけなのでまだ大丈夫だが、狼人族の少年、ラストにも使用すればそれだけ無くなるのも早くなる。
その為、サンドラ達は僕に『処方』について尋ねたのだろう。
僕は、処方についてその場で少し俯いて考え込む。
勿論、救う、救わないで言えば『救う』だ。
しかし、母上の治療の事を考えると、言葉を発するのに思わず二の足を踏んでしまう。
でも、その時ふと……母上の顔が脳裏に浮かんだ。
この事を母上が知ったらどう思うだろうか。
きっと、母上は……。
僕は意を決すると、重々しい表情をしているサンドラとビジーカに向けて、ニコリと微笑んだ。
「そんなの、決まっているよ。母上と同じ薬を処方してあげて」
「……⁉ リッド様、本当によろしいのですか」
声を発したのはビジーカだ。
彼は信じられないと言った様子で、驚嘆の表情を浮かべている。
僕は、そんな彼の言葉に頷くと話を続けた。
「うん。母上も、きっと同じ事を言うと思うんだ。それに、狼人族の姉弟にも約束したしね。あ、でも、折角だから病名を伝えて治験にも協力してもらおうよ」
僕が処方について明言すると、ビジーカは何やら感嘆した面持ちを浮かべていた。
しかし、横で見ているサンドラは、実に楽しそうなしたり顔でニコニコと笑っている。
それから間もなく、ビジーカがハッとしてから呟いた。
「なんと……珍しくサンドラの言う通り、リッド様は本当に型破りで豪気なお方ですな」
「……珍しくは余計です。でも、バルディア領に来て良かったでしょ。ビジーカさん」
「うむ……」
二人は何やら楽しそうに会話をしており、おかげで本題が先に進みそうにない。
なので、僕はわざとらしく咳払いをしてから、二人に少しだけ冷やかな視線を向けた。
「さて……狼人族の子の治療方針も決まったことだし、そろそろ彼らの所に案内してもらってもいいかな」
「は、はい。承知致しました」
ビジーカとサンドラの二人は、僕の冷やかな視線に少し怯えた表情を浮かべる。
そして、すぐに狼人族の姉弟が居るところに案内してくれた。
ちなみに、宿舎の医務室は結構広く作っており、奥には個室も何部屋か用意されている。
狼人族の男の子は『魔力枯渇症』ということで、個室にサンドラが運び込んで診断をしていたそうだ。
彼女達の説明を聞きながら足を進めると、間もなく彼らの居る部屋の前に着いた。
僕はノックして、「お休み中にごめんね。失礼するよ」と、声を掛けるとすぐにドアを開ける。
「……⁉ リッド様‼」
そこには、馬車の時に顔を合わせた狼人族の少女が、ベッドに寝ている弟に寄り添っていた。
彼女は僕に気付くとすぐに駆け寄ってきて、頭をペコリと下げる。
しかし、顔を上げると彼女の目には涙が浮かんでいた。
「リッド様……私達のような者にここまでの対応をして頂き、本当にありがとうございます。この御恩は、弟のラストの分を含めて、私ことシェリルが一生を持ってお返しさせて頂きます‼」
シェリルは自身の胸の中央を、服の上から片手で掴みながら、僕の目を見つめて明言する。
そして、ハッとすると涙を服の袖で拭った。
突然すぎる彼女の言動に、僕は苦笑しながら優しく答える。
「あはは……ありがとう。気持ちはありがたく受け取っておくよ。でも、君達にはこれから辛いかもしれないけど、大切な話をしないといけないんだ。ラスト君にも聞こえるようにベッドの側で話をしても大丈夫かな」
「は、はい。大丈夫です」
彼女は僕の答えに少し、戸惑ったような表情を浮かべている。
その時僕は、シェリルの姿にふと視線が移った。
彼女は、馬車で初めて会った時よりも白い髪や狼耳、尻尾がフワッとしている。
恐らく湯浴みで汚れが落ちた結果だろう。
その姿はとても可憐で凛としており、今更だけどかなりの美少女だ。
すると、僕の視線に気づいたようで、彼女は困惑した表情を見せる。
「あ、あの、どうかされましたか」
「あ、ごめんね。シェリルがあんまり可愛くて綺麗だからさ。つい見惚れちゃってね」
「え……⁉」
何やら彼女は急に顔を赤らめてしまう。
僕はその様子に、一瞬きょとんとするがすぐに顔を引き締める。
そして、本題を二人に伝える為に、ラストの顔が見えて会話しやすい位置に移動するのであった。
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