第200話 宿舎にて②
今のディアナは、仰向けに倒れたミアの首元を左で押さえながら上に覆いかぶさっている。
そして、掲げている右手には逆手で握られたナイフが光っていた。
何よりも恐ろしいのは、ディアナが凄まじい殺気を放ち、無表情で冷酷に見下ろしているその目だろう。
その表情は、荷台で一悶着あった時と比べて、遥かに無慈悲だ。
あれを間近で直視するミアは、相当な恐怖を味わっているのではないだろうか。
恐れ戦くミアに、彼女は冷徹に言葉紡ぐ。
「貴方達は、何か勘違いしているようなので教えてあげましょう。貴方達のその減らず口は、そこにおられるリッド様がお許しになっているから、許されるのです。ですが、貴方達が見せる先程からの無礼は目に余ります。リッド様、この『野良猫』に躾してもよろしいでしょうか?」
「いいけど、程ほどにね」
僕の言葉に、周りがざわついた気がする。
ミアも予想外の言葉だったのか、「な⁉」と驚いているようだ。
でも、ディアナの言う事にも一理ある。
威勢があるのは良いけど、それが行き過ぎてメイドの皆に迷惑をかけたのは頂けない。
それに、この場にいる少女達は、獣人族の中でも負けん気が強い子達だろう。
一度、恐ろしいディアナを知ってもらうのも良いかもしれない。
僕の言葉を聞いたディアナはニヤリと笑うと、右手のナイフを少女の顔目掛けて、勢いよく、容赦なく、振り降ろした。
「やめ……うわぁああああああ‼」
ディアナの短剣は少女の瞳の前で止まった。
しかし、殺気は少女を射貫いており、少女は悔しそうな表情を浮かべ今にも泣きそうになっている。
この前の一悶着の時とは違い、少女は怯えた声を轟かせた。
もしかすると、あの時は長い移送の中で覚悟を決めていたのかもしれない。
でも、これから過ごす事になる宿舎や温泉とかを目の当たりにして、心境に何か変化が起きたかな。
そんな事を考えていると、ディアナがミアの耳元に顔を近づけそっと囁いた。
「怖いでしょう……、悔しいでしょう……どんなに意地を張ろうと、見栄を張ろうと、心の弱さは守れないのです。貴方が前髪で隠す、その瞳のように……」
「……⁉ ふぐ……ぐぅ……」
ディアナは、ミアの目を隠している前髪をおもむろに手で触ると、その半分を短剣で切り取ってその場に捨てた。
「鬱陶しい前髪は半分だけ切りました。リッド様が『素敵な目で隠す必要もない』と仰ったのです。自信を持ってその目を見せなさい。残りの前髪は情けです」
「ぐっ……この……」
ミアは、片方の隙間から覗く二色が混ざった瞳に涙を浮かべ、ディアナを怨めしい様子で睨みつけている。
中々の負けん気と根性だ。
しかし、その目を見たディアナはまたスーっと、冷たく突き放すような視線でミアを見据えた。
「なんですかその目は……残りの前髪も切って欲しいようですね?」
「……⁉ う……わ、悪かった……口の訊き方には気を……つける」
ディアナには敵わないと悟ったのか、ミアは借りて来た猫のようにおとなしくなってしまう。
その姿に満足した様子の彼女はその場に立ち上がると、周りにいる他の獣人族の少女達を一瞥する。
「ふぅ……貴方達もわかりましたね? では、ミアでしたか。行きますよ。リッド様、私はご指示に従い、ミアを湯浴みして参ります」
「うん。わかった。優しくしてあげてね」
僕は彼女に微笑みながら答える。
すると、ディアナは一礼してから、ミアの手を縛っているロープを雑に掴み、引きずりながら宿舎の中にある温泉に向かって進んで行く。
「……⁉ ちょ、ちょっと待て‼ 俺は歩けるぞ、そんな引きずっていくな‼ 痛い、いたたた‼ 尻尾が擦れる‼ おい、てか、なんだよ、その馬鹿力‼」
「はぁ……本当にニャンニャンと五月蠅い、子猫ですねぇ。さっさと行きますよ」
ディアナが宿舎の中に入っていくのと合わせて、ミアの悲痛な叫びが宿舎内に轟いていた。
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