第196話 四方山話・リッドとディアナと浴衣
その日、僕は自室で事務作業をしていた。
新屋敷建造、木炭制作、クリスティ商会と行っている商売の収支報告など、実は結構忙しい身だったりする。
僕が各書類に目を通していると、ディアナが紅茶をそっと机の上に置いてくれた。
僕は視線を書類から彼女に移す。
「ありがとう、ディアナ」
「とんでもございません。あの、リッド様……作業中に失礼とは思いますが……どうして、レナルーテで謹んでお断りしたのに、ルーベンスに『浴衣』を渡したのですか?」
「へ……?」
僕はきょとんとした。
浴衣か……そういえば、レナルーテでルーベンスが凄く欲しがったから、迎賓館の管理者だったザックにお願いして、浴衣を彼にあげたんだっけ。
その後、他の騎士達も欲しがって大変だったんだよね。
確かに、そんな事もあったな。
僕は記憶を掘り起こすと、彼女の問いかけに答えた。
「えっと、確か……ルーベンスに浴衣の事を聞いたら凄く欲しいって言ったからだと思う……でも、なんで?」
「……⁉ い、いえ、そういった経緯があるとは知りませんでした。でも、そうですか、ルーベンスがそんなに欲しいといったのですね……」
何やらディアナが何かを思い出したように顔を赤らめてしまう。
そういえば、浴衣をルーベンスが欲しがったきっかけ……というか一番の理由ってなんだっけ? その時、僕は思案すると思い出してハッとする。
「ああ‼ 確か、温泉から上がったばかりの浴衣姿のディアナを見て、ルーベンスが我を忘れんたんだよね。よっぽど、ディアナの浴衣姿が気に入ったんだねぇ……」
「……⁉ リッド様、恐縮ではありますが、その記憶は忘れて頂きたく存じます……‼」
思い出し事を口走った瞬間、ディアナが顔をさらに真っ赤にしながら凄い剣幕を見せたので、僕は彼女に押されるままに頷いた。
「そ、そうだね……そうするよ」
だが、ディアナの表情を見ると同時に、レナルーテの温泉上がりに彼等が我を忘れて見せた痴態を鮮明に思い出して、僕はひっそりと笑いを堪えるのであった。
補足説明
『浴衣』
ダークエルフが治めるレナルーテ国が発祥と言われており、薄着の服で男性用と女性用がある。
帝国などのドレスや普段着とは全く異なる作りであり、初めて身に着ける時は、開けないように注意が必要。
レナルーテにおいては、温泉が多数存在しており温泉街と言われる場所もある。
その為、温泉から上がった後の体温調節や着易さを兼ねた『浴衣』が好まれているようだ。
だが、残念なことにマグノリア帝国に置いては、温泉はほとんどない。
しかし、昨今ではこの『浴衣』、しかも女性用が流行りつつあるという。
口コミを追っていくと、バルディア領の騎士達が各々の妻や恋人にレナルーテからのお土産として渡した事が、広まるきっかけになったようだ。
ところが不思議なことに『浴衣』を来ている女性はバルディア領の街中では皆無であり、見当たらない。
レナルーテにおいては、街中において浴衣を着ている人物は男女ともに見ることが出来る。
その為、バルディア領内において実態を聞き取り調査したところ、なんと浴衣は『寝間着』として使われていることがわかったのである。
国が違えば、同じ物でも用途が変わるという事だろう。
これは、今後の売り上げ増が見込める商品の可能性がある為、注視しておく必要がある。
しかし、浴衣において一番の売り上げを継続に出している、クリスティ商会にこの情報を共有したところ、代表のクリスティ・サフロンは白けた顔で呆れていたらしい。
ちなみに、彼女が呆れた理由は不明だ。
解せぬ。
サフロン商会商品説明辞典より抜粋
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