第188話 クリスの帰還
「ふぅ、いよいよ……か」
クリスの手紙が届いてからの数日、屋敷の皆にも協力をしてもらい獣人の子達を受け入れる準備は順調に進んでいた。
ちなみに、僕が今いる部屋は獣人の皆を受け入れる予定の宿舎の中にある執務室だ。
今後、僕の仕事場になると思われるこの部屋は、父上の執務室と同じ作りになっていて事務作業用の机と対談する為のソファーと机も置いてある。
僕はその机に座りクリスから先日もらった手紙に再度、目を通していた。
手紙には、バルストから獣人の子達の移送にかかる日数の記載もあり、その内容を計算すると早ければ今日、遅くても数日中にはクリス達はここに帰って来る。
「バルディア家のメイドの皆にも協力してもらっているし、サンドラやカペラ達にも情報は伝えているからきっと大丈夫……」
僕は何とも言えない不安な気持ちを打ち消すように言葉を呟いた。
その時、ドアがノックされディアナの声がドア越しに響く。
僕が返事をすると、ドアが開かれてディアナが僕を見て会釈をする。
「リッド様、クリス様がお戻りになりました。只今、応接室にご案内しておりますがいかがしましょう」
「……‼ わかった。すぐに応接室にいくよ」
クリス、彼女が帰って来た。
つまり、獣人の子達がいよいよやって来るということだ。
僕は、高まる鼓動を押さえながら応接室に急いで向かった。
◇
クリスが案内された応接室の前に着くと、僕は深呼吸をしてからドアをノックした。
そして、彼女の返事を聞いた後、僕は部屋のドアを開けて入室するとクリスに視線を移す。
彼女は、僕を見るとその場で立ち上がりニコリと微笑みながら綺麗な所作で会釈をした。
その仕草に僕は思わず駆け寄ると、満面の笑みを浮かべて微笑んだ。
「クリス、今回の件はありがとう。君のおかげで色んな事がうまく動き出せると思う。本当に感謝してもしきれないぐらいだよ‼」
僕の雰囲気と言葉にクリスは少し驚きの表情を浮かべるが、すぐにニコリと笑みを浮かべる。
「いえいえ、私はリッド様のご依頼を果たしただけにすぎません。それに、リッド様が手配してくれた騎士団や馬車が無ければ、今回の件はうまく行かなかったと思います」
彼女は謙遜するが、クリスが行ってくれた根回しや販売ルートなどがなければここまで、順調に事が進む事は無かっただろう。
僕は彼女の言葉を受け止めつつ、改めて謝意を伝えた。
「そっか、そう言ってもらえると嬉しいよ。でも、やっぱりクリスのおかげというのは間違いないからさ。だから……本当にありがとう」
僕は言い終えると同時におもむろに右手を差し出した。
その意図に気付いたクリスは、少し照れた表情を浮かべて僕の手を力強く握り返してくれる。
でも、彼女の顔つきはすぐにキリっと切り替わり、僕を力強く釘を刺すように見据えた。
「ありがとうございます。ですが、大変なのはこれからですよ。私は段取り確認の為に先に帰ってきましたが、この後、獣人の子達がどんどんやってきます」
「……⁉ わかった。すぐに状況を教えてもらえるかな」
僕は、クリスの対面上になるようにソファー座ると彼女からの説明を静かに聞き始める。
今回の獣人の子達は最終的に六~十歳まで子達だったそうで、その内訳も彼女は教えてくれた。
猫人族(みょうじんぞく)・十三名
狼人族(ろうじんぞく) ・十二名
狐人族(こじんぞく) ・三四名
鳥人族(ちょうじんぞく)・十六名
馬人族(ばじんぞく) ・十一名
猿人族(えんじんぞく) ・十四名
牛人族(ぎゅうじんぞく)・十二名
熊人族(ゆうじんぞく) ・十二名
鼠人族(そじんぞく) ・十三名
兎人族(とじんぞく) ・十三名
狸人族(りじんぞく) ・十二名
合計 ・一六二名(女の子・一〇五名 男の子・五七名)
「……内訳は以上ですね。私は早馬で先に戻りましたが、馬車はダイナスさんを筆頭にした騎士団が護衛しながら移送しています。私の商団と騎士団の連携はエマが引き継いでしてくれていますから、この点も問題ありません。後は、受け入れるのみです」
クリスは獣人の子達を購入した時の書類十数枚を机の上に並べて、内訳を教えてくれた。
先に貰った手紙ではここまで詳しい内容まで記載が無かったので僕は、口元に手を充てながら考え込むように書類に目を通していく。
「……なるほど。それにしても飛びぬけて『狐人族』が多いね」
「はい。私も驚いたのですが今回の奴隷の販売を取り仕切っていたのが、狐人族の部族なんだそうです。その為、狐人族の子供は多かったみたいですが……狐人族の子達は小さい子が多いのが気になります。彼らに関しては、最初は無理させずに体力を付けさせたほうが良いと思います」
言い終えると、クリスは心配そうな面持ちになっていた。
彼女は実際に彼等の状態を見ている。
その上で、体力と付けさせたほうが良いと言う以上、狐人族の子達は少し気を遣うべきかも知れない。
それに、狐人族が多いのは嬉しい誤算でもある。
エレンが欲しいと言っていた人材でもあるしね。
「わかった。狐人族の子達は出来る限り手厚く対応するように皆に伝えておくよ」
「……‼ リッド様、ありがとうございます‼」
僕の返事を聞いたクリスは、心配な面持ちから嬉しそうな笑みを浮かべると会釈をする。
その様子に僕は、小さく首を横に振ってから微笑んだ。
「そんなに、畏まらないで大丈夫だよ。クリスの助言はいつも的確だし、今回も先に教えてくれて凄い助かるよ」
「そ、そうですか? そう言っていただけると嬉しいです……」
クリスは僕の返事を聞くと、少し照れ笑いを浮かべている。
僕はそんな彼女に質問を続けた。
「ちなみに、獣人の子達の男女対比を見ると女の子が多いみたいだけど、これも理由がある感じ?」
「……はい。獣人族は『弱肉強食』という考えが根強いせいか、将来的に強くなる可能性が高いということで『男の子』はあまり出さないみたいです。……後、単純に働き手としても使えるからということもあるみたいです」
「……なるほどね」
僕はクリスの話を聞くと、静かに頷いた。
この世界の状況からも魔法や機械が発展してない分、強い男手はそのまま労働力や生産性に直結しているのかもしれない。
でも、僕がこれから行っていくことは、『弱肉強食』の世界を壊すきっかけにもなると思う。
弱者として、国を追われた獣人の子達が活躍する姿を見たら彼等はどう思うだろうか? 不謹慎かもしれないけど、彼等の反応を今から楽しみにしていても良いかもしれない。
そんな事を思った時、ふとある疑問が浮かんだ僕はクリスに尋ねた。
「クリス、ちなみに獣人の子達もやっぱり『弱肉強食』の考えが強いの?」
「うーん、そうですね。その感じは正直ありますね……。今回、彼等の同族になるエマに加えてダイナスさん、ルーベンスさんと言った騎士団の実力者も多かったので、事なきを得た感じはします。商談の私達だけだと、彼等の一部は暴動を起こしていたかもしれません。小さくても獣人族の身体能力は侮れませんから……」
「え……暴動?」
クリスの思いがけない返答に僕は、思わずきょとんとした表情を浮かべた。
暴動はさすがに穏やかじゃないな。
気が荒い子も多いなら、彼等を納得させる方法も何か考えておくべきかもしれない。
僕はそんな事を思いながら、その後もクリスと受け入れについて話し合いを続けるのだった。
◇
「ディアナ、メイド長のマリエッタと副メイド長のフラウによろしくね。後、父上とガルン。料理長のアーリィにも連絡をお願い。これ、指示書ね」
「承知致しました」
クリスとの打ち合わせが終わると僕は内容を書類にまとめた。
そして、ディアナを呼ぶと数枚の書類を彼女に差し出す。
書類を丁寧に受け取ったディアナは、僕達のいる執務室を後にした。
これで、獣人の子達を迎える準備も終わり、後は彼等の到着を待つだけだ。
僕は期待に胸を躍らせながら、窓の外を見ると心の中で呟いた。
(はてさて、どんな子達が来るのかな?)
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