第189話 受け入れとメイド達
宿舎の執務室でクリスと段取りの確認があらかた終わると、彼女は用意された紅茶を静かに飲み干してからおもむろに呟いた。
「……リッド様、そろそろ獣人の子達を乗せた馬車が到着すると思いますから、私は出迎えに行きますね」
「あ、もうそんな時間か……わかった、僕も一緒に出迎えにいくよ」
僕は返事をすると、ディアナが用意してくれた紅茶を飲んでからスッと立ち上がった。
そして、クリスと共に執務室を後にして、宿舎の玄関に足を進める。
宿舎は三階建で二〇〇人以上が生活できる規模になっており、勉強室や食堂、温泉などもある施設だ。
カペラやディアナを含み、ここまでする必要があるのか? という質問もあったけど、寝泊まり出来る環境が優れているというのはやる気に直結する部分なので、絶対必要と言って僕は譲らなかった。
その結果、立派な宿舎が出来上がり、騎士団員やメイドの中には「ここに住みたい……」という言葉が出るほどの建物になっている。
僕とクリスが足早に玄関に歩を進めていると、宿舎の作りを見たクリスが感慨気に呟いた。
「それにしても、立派な宿舎ですね。こんな良い場所で暮らす事になるなんて、獣人の子達は思ってもみないでしょうね……」
「あはは、そうだといいけどね。でも、獣人の子達に喜んでもらえて、彼等が少しでもやる気になってくれたら嬉しいよ。環境で人は育つって言うしね」
僕はクリスに返事をしながらニコリと微笑んだ。
人は良い環境を与えられたら、それだけ期待されていると考えるし、その環境を維持するために頑張るものだと思う。
それに、彼等から得たいものが僕には沢山ある。
でも、その為にはまず僕が必要な環境や知識等を彼等に与えなければ、得ることが出来ないものがほとんどだ。
前世の記憶に『手は手でしか洗えない。得ようと思ったら、まず与えよ』という言葉があったように、得たい物が大きければ大きいほど、まずこちらが大きなものを彼等に与えなければならないと思う。
ちなみに、父上からも宿舎の規模の件で疑問を問われたことがある。
その時に、この言葉を用いて必要性を説明して納得をしてもらった。
その時の父上は、唖然とした表情を浮かべた後「我が子ながら、末恐ろしいやつだ……」と額に手を充てながら呟いていたのが印象的だった。
「環境で人は育つ……ですか。確かにその通りかもしれませんけど、それを奴隷の立場となった子達に用意するというお考えは、やっぱり型破りというか……リッド様らしいと思いますよ」
「そうかな? でも、褒め言葉として受け取っておくよ。ありがとう」
クリスは感嘆した様子だが、少し呆れた表情を浮かべている。
僕はそんな彼女の表情を見て苦笑しながら微笑んだ。
そうこうしているうちに、僕達は玄関に辿り付いた。
すると玄関にはすでにカペラやディアナ、それに屋敷から手伝いに来てくれたメイド達や騎士達も待機してくれている。
そこには、メイド長のマリエッタや副メイド長のフラウも来てくれていた。
僕は二人に近寄ると、会釈をしてから声を掛ける。
「マリエッタ、フラウ、今日は手伝いに来てくれてありがとう。屋敷の仕事も忙しいのに手伝わせて、ごめんね」
「とんでもございません‼ リッド様が私達のメイド用の温泉施設を作って下さった他、職場環境の改善などもして頂いていることを存じております。むしろ、リッド様のお役に立てて光栄でございます‼」
僕の言葉にすぐ反応して、会釈をしながら返事をしてくれたのはメイド長のマリエッタだ。
彼女は小柄で一見すると子供に見えなくもない容姿をしているけど立派な成人女性である。
確か、前世の記憶で言う所の『合法ロリ』になるのかな? 本人的にはその容姿を気にしているそうで、厚底靴で少しでも身長を高く見せようとしているらしい。
ちなみに、容姿や厚底靴の事を指摘すると烈火の如く怒るそうだ。
メイド長という立場もあるので厳しい所はあるが、根は優しくバルディア家のメイド達から慕われているし、仕事も出来ることから父上や母上、執事のガルンも彼女の事をとても信頼している。
意外な所で言えば、マリエッタがディアナにメイド教育も施したそうで、ディアナも彼女には頭が上がらないらしい。
「メイド長の仰る通りです。それに、今回の件に関してはメイド達からリッド様のお役に立ちたいと立候補した者達も多くおりますので、気にされないで下さい」
マリエッタに続き、副メイド長のフラウが僕に返事をしてくれる。
彼女は厳しい感じのするマリエッタとは逆に、少しサバサバした感じがある女性だ。
しかし、いい加減な所が少しあるようでマリエッタに叱られている所を僕も何度か見ている。
でも、厳しめのメイド長と少しいい加減な副メイド長が居ることでメイド達に対して『飴とムチ』が効くらしい。
そして、何よりも副メイド長もメイド達の人望は厚いそうだ。
マリエッタとフラウの嬉しい言葉を聞いた僕はニコリと笑みを浮かべる。
「ありがとう。二人にそう言ってもらえると嬉しいよ」
「いえいえ、とんでもございません。ちなみに、すぐに今回の件でお役立ちたいと立候補したのは彼女達です」
フラウは僕の言葉に軽く首を横に振った後、視線を彼女の後ろに移す。
そこには、ダナエと同じ歳ぐらいのメイド達が、少し驚きと緊張が混じった面持ちをしている。
でも、紹介された彼女達に見覚えがあったので、僕は確認するように声を掛けた。
「あれ……? 君たちは以前、泥だらけのクッキーに悲鳴を出していた娘達だよね?」
「は、はい、その通りです。覚えて頂いていて光栄です。私はダナエの同期でニーナと申します。あと、後ろにいるのがあたし……じゃなくて、私とダナエの後輩になるマーシオとレオナです」
名前を教えてくれたメイドのニーナは、少しツリ目だけど、優しい感じの青い瞳に茶色の長髪を左右で結んだ髪形をしている。
確か、ツーサイドアップという名前の髪形だったはず。
彼女は自己紹介をしながら、視線を後ろにいる後輩たちに移す。
すると、二人も少し緊張した面持ちでおずおずと自己紹介をしてくれた。
「は、はい‼ 先輩にご紹介頂きました、マーシオと申します‼ リッド様とメルディ様、それに、クッキー様のおかげでいつも仕事上がりの温泉が毎日の楽しみになっています‼」
「そ、そうなんだね。仕事上がりのお風呂は気持ちいいよね」
マーシオは緊張のあまりか、少し直立不動のような感じになっている。
そんな彼女の様子を見ていたもう一人のメイドは、少し呆れた表情を浮かべていた。
「えーと、私が先輩のご紹介がありましたレオナです。リッド様、よろしくお願いします」
「うん、レオナだね。こちらこそよろしくね」
レオナは良い言い方をすれば冷静な感じだけど、どこか気ダルそうな雰囲気があった。
マイペースな感じの娘なのかな? 三人のメイドから自己紹介を受けると、その様子を見ていたメイド長のマリエッタが咳払いをする。
「ゴホン……リッド様、今後の宿舎に関しての管理などは、レオナとマーシオが中心になってしてもらうつもりです。もちろん、メイド長の私や副メイド長のフラウ、それからニーナも必要に応じ補佐して参りますので、改めてよろしくお願いします」
「あ、そうなんだね。僕も宿舎の執務室をよく使うから二人共、改めてよろしくね」
僕はマリエッタの言葉に頷くと、マーシオとレオナに視線を移して、ニコリと微笑んだ。
すると、二人は何やらポケーっと顔を赤く染めた。
どうしたのだろう? 二人の様子に僕がきょとんとした表情を浮かべると、マリエッタの「こら、お前達‼ ちゃんと返事をしなさい‼」と叱責が飛び二人はハッとしてワタワタと僕に頭を下げた。
「す、すみません‼ ダナエ先輩からリッド様の微笑んだ顔は『凄く可愛い』と伺っていたので……その……つい見とれてしまいました‼」
「へ……?」
マーシオの思いがけない言葉に僕が呆気に取られていると、レオナも慌てた様子で声を発する。
「わ、私もです。すみませんでした‼」
メイドの二人にいきなり頭を下げられた僕は、ハッとしてすぐに二人に頭を上げるように伝えると、思わず笑みを浮かべた。
「あはは。そういえば、確かにダナエに『可愛い笑顔』って以前言われたことがあったね。……そんなに僕の笑顔って可愛いの?」
二人の緊張した面持ちに、僕は笑いながら悪戯っぽい笑みを浮かべて二人に微笑んだ。
すると、僕の顔をみたマーシオとレオナは目をパァっと輝かせて、嬉しそうな笑みをうかべて勢いよく首を縦に振った。
「はい‼ それはもう、可愛くて私達メイド達の間では『天使の微笑み』って言われています‼」
「マーシオの言う通りです‼ 『メルディ様とリッド様の微笑みを語る会』もあるんですよ‼」
「え……? そ、そうなんだ……それは、知らなかったよ……」
二人の剣幕に思わず僕は戦いて引いてしまった。
というか、『メルと僕の微笑みを語る会』ってなんだ? メルの微笑みは確かに可愛いからわかるけど、僕の微笑みを見て何を語るんだろうか? 僕が思わず考え込みそうになった時、後ろから咳払いが聞こえて来た。
「コホン……リッド様、そろそろ獣人の子達を乗せた馬車が来ると思います。気を引き締めて下さい」
「あ……うん、そうだね。ありがとう、クリス」
クリスは僕達のやりとりに少し呆れていたようで苦笑している。
それに、気付けば僕の後ろにはディアナも控えてくれているようだ。
僕は、クリスの言う通り気を引き締める。
でも、ふと悪戯心が沸いた僕はクリスにニコリと微笑みながら尋ねた。
「……クリスも僕の笑顔って、その……可愛いと思う?」
「え……⁉ そ、そうですね。とても可愛らしくて素敵と思いますよ。ねぇ、ディアナさんもそう思いますよね?」
僕の問いかけにクリスは少し驚きの表情を浮かべたが、しれっとディアナに会話を渡す。
その流れに乗るように僕も彼女に視線を移すと、悪戯っぽく彼女を上目遣いで見つめた。
「ディアナも……やっぱり僕の笑顔を可愛いって思う?」
少し悪ノリをしている感じもあるが、これはこれでディアナの困った表情が見られて楽しいかも知れない。
そんな事を思った矢先、ディアナはニコリと黒く微笑んだ。
「……そうですね。とても素敵な笑顔だと思います。それこそ、どこかの王子様のハートを射止めてしまった実績があるぐらいですから……間違いなく素晴らしく可愛くて、素敵な天使の笑顔でございます」
「……ハッ⁉」
彼女の言葉を聞いた途端、とある黒歴史を思い出した僕が「ピシッ‼」という音を立てて固まってしまったのは言うまでもない。
ディアナの言葉を聞いたメイド達が何やら黄色い歓声を上げた気がする。
ちなみに、クリスは僕に背中を見せると肩を上下させて、壁をドンドン叩きながら何やら苦しそうにしているのが印象的だ。
そんな中、いつの間にか宿舎の外を見に行っていたカペラが帰ってきて声を発した。
「リッド様‼ ダイナス様達がもう間もなく到着致します‼」
「……え⁉ わ、わかった‼ すぐに僕も行くよ」
彼の言葉で我に返った僕は、気を引き締めるとカペラとディアナ、そしてクリスとメイド達の皆と一緒にダイナスと獣人の子達を出迎える為、屋敷の外に出るのだった。
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【お知らせ】
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とても魅力的なイラストなので是非ご覧いただければ幸いです!!
※表紙のイラストを見て頂ければ物語がより楽しめますので、是非一度はご覧頂ければ幸いです。
近況ノート
タイトル:書籍化のお知らせ&表紙と情報の公開!!
https://kakuyomu.jp/users/MIZUNA0432/news/16817139557186641164
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