第173話 原料不足
「ニキークさんからルーテ草の加工が間に合っておらず、いずれは在庫切れによって供給不可になりそうとのことです」
「それは由々しき問題だね……もう少し詳しく教えてもらえるかな?」
僕は険しい顔をしながら、サンドラに詳細の説明をお願いして話に静かに耳を傾ける。
彼女も現状の問題点を含め丁寧に話してくれた。
その内容は、研究用と母上に投与するルーテ草の使用量に対してニキークからの供給量だけでは足りないということだ。
ルーテ草に関してはニキーク曰く、乾燥させることにより効能があがり、運送にも適した状態になるらしい。
「難しい問題だね……採取した物をすぐにバルディア領に持って来るのは、やっぱり難しいかな?」
「色んな方法を使って試しましたが、残念ながらすべて失敗に終わっています。恐らくですが、普通の植物とは違いルーテ草には『魔力』が宿っているようです。その為、普通の運搬方法ではダメなようです。それに、こちらに来るまでに時間がかかり過ぎて品質的に使える状態ではありません……」
サンドラは険しい顔をしながら苦々し気に話してくれた。
僕は彼女の話を聞くと、額に手を充てながら俯き、思案する。
ルーテ草は採取してから通常では数日もかからないうちに品質が悪くなってしまう。
その為、採取後に適切な処理で加工する必要があるらしい。
これは、ニキークが独自に研究して編み出した工法であり、彼にしか出来ないことでもある。
ルーテ草が魔力枯渇症の治療薬になるという情報はまだ開示するつもりはない。
価値を知れば、レナルーテも囲い込みに走るはずだ。
いくら僕が王女のファラと婚姻すると言っても、レナルーテがどう動くかは予想が付かないところでもある。
せめて、母上の治療が終わるまでは伏せておきたいが、そうは言っていられないかもしれない。
ただ、エレン達とサンドラと研究員の皆に開発をお願いしていた『アレ』が出来れば話は少し変わって来るはずだ。
僕は、顔を上げるとサンドラに険しい表情のまま開発の件のことについて訊ねた。
「……ちなみに、エレン達とサンドラ達に開発をお願いしていた件はどんな感じ? 開発さえできれば運搬とか色々解決できることが増えると思うのだけど」
サンドラは僕の質問対してハッとすると、表情は険しいが目の色が輝きだした気がする。
「リッド様からお願いされた開発の件は良い感じで進んでいますよ。研究員達とエレンさん達もやる気に満ち溢れて意見交換をしていますしね。ただ、実際の製作を担当するエレンさん達がいよいよ人手不足で大変みたいです。そこが解決できれば、開発もより捗ると思います」
「そっか、エレン達とも今度話す予定だから色々と要望を聞いておくよ」
僕は返事をすると、口元に手を充てながら考えを巡らせた。
いま、バルディア領の開発研究部とも言える部分の製作関係はエレンとアレックスの二人がほぼ一任されている。
ただ、問題なのが職人技術的な部分だ。
ドワーフの二人を手伝う者は勿論いるが、技術は残念ながら二人には遠く及ばない。
それに、元々バルディア領は制作技術が高い領地ではないので今、エレン達を手伝っている者は間に合わせに近い雑用係と言っていいだろう。
クリスを通じてエレン達を補佐する技術者を募っていたが、残念ながら良い人材は集まらなかった。
奴隷の子達が良い技術者になってくれればと思うけど、すぐに技術者として育つわけではないだろうからそれも厳しい。
今後の事を考えると中々に問題が山積みだ。
だけど、それでも早急に問題解決すべきなのは『ルーテ草』の加工と供給だろう。
こうなってくると、ニキークの所にサンドラの部下の人達を派遣してより効率の良い加工方法の研究も必要になるかもしれない。
そうなると、レナルーテの王であるエリアスに話は通しておくべきか、考える必要が出て来る。
これは父上に相談しないと、僕だけの判断ではダメだな。
ひとしきり思案が終わると、僕は息を吐いて言葉を紡いだ。
「ふぅ……とりあえず、母上のルーテ草に関しては今すぐにというわけではないのだよね?」
「はい。ですが、研究用をすべて治療分に回したとしても、半年弱程度で使用量が供給を超えてしまいます。それまでに、完治できれば良いのですが現状では何とも言えません」
半年弱か……急がないと、あっと言う間だな。
僕はサンドラの言葉を聞くと頷いた。
「わかった。ルーテ草に関しては、問題解決までは母上の治療に全部使うようにお願い。供給に関しては、ニキークにも連絡を取って僕と父上で改善方法を早急に考えるよ」
「わかりました。ルーテ草に関しては当分、ナナリー様の治療薬だけに使うように致します」
「うん、ありがとう。サンドラ、改めて母上の事をよろしくね」
僕はサンドラにお礼を言いながら、母上やメル達と過ごした時間を思い返していた。
母上を救う為に起こした結果が実り始めて、ようやく母上の体調は少しずつ快復に向かっている。
母上の体調に快復の兆しが出たことで、メルも以前より楽しそうに笑うようになり、父上も心なしか以前よりも明るく、優しい雰囲気になった。
母上も自身の体調が良くなっている事感じているのだろう。
以前に感じていたどこか悲観的な雰囲気は母上から消えており、今は病と向き合い立ち向かう姿勢が自然と周りに伝わって来る。
ここまできたのに、絶対に諦めてなるものか。
サンドラは僕の内心を察してか、力強い眼差しで僕を見据えると言った。
「はい、ナナリー様の事はお任せください。私も出来る限りのことさせて頂く所存です」
「……ありがとう」
僕はサンドラの言葉が嬉しくて、ニコリと微笑みながらお礼を口にした。
決意を新たにこれからすべき事を色々と考えようとしたその時、ふとクロスの言葉を思い出した僕は、紅茶を口に運んでいるサンドラにおもむろに訊ねた。
「……そういえば、話は変わるのだけど『魔障壁』の話って何か聞いている?」
「あ……⁉ そうでした。すみません、その話もしないといけませんでしたね」
サンドラはハッとすると飲んでいた紅茶を机の上に置くと、『魔障壁』について説明を始めるのだった。
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