第170話 クロスの提案

僕とルーベンスの立ち合いが終わり二人で話しながら歩いて皆の所に戻ると、クロスが笑顔で迎えてくれた。


「リッド様、ルーベンス、お疲れ様でした。ルーベンスが以前よりも強くなっているのも驚きましたが、リッド様の実力には感嘆致しました」


「ありがとう……でも、やっぱりルーベンスには勝てなかったけどね」


僕はチラっとルーベンスを横目で見ながら少し、口を尖らせている。


そんな様子を見てクロスは楽しそうに言った。


「いいじゃないですか。楽しみは今後にとっておきましょう。攻撃魔法を含めた実戦形式にだと、また学ぶことも多くなります。次にルーベンスと立ち会う時は勝てますよ」


「そうなの? でも、楽しみはとっておくのはいいね。ルーベンスと次に立ち会う時は負けないからね」


僕は言いながらルーベンスに視線を移した。


視線に気づいた彼はニコリと嬉しそうに笑っている。


「リッド様、その意気です。ですが、最初に言った通り私も簡単に負けてはあげませんからね」


僕とルーベンスは視線を合わすと互いに表情を崩して笑った。


そのやり取りを見ていたディアナが僕達に咳払いしながら話しかけてくる。


「コホン……リッド様、そろそろ次のお話。クロス様にもいま作成している『教育課程』についてお話するべきと存じますが?」


「あ、そうか。そうだったね」


僕はディアナの言葉でクロスに伝えるべき内容を思い出して、彼に振り返った。


「クロスは、今度来る奴隷の子達に武術を教える為に僕達が作成している『教育課程』については、何か聞いているかな?」


「はい、大まかにですが。今度、ダイナス団長とルーベンス達が移送してくる予定の奴隷達に教える武術訓練と伺っております」


クロスは僕の言葉に頷いた後、父上から僕の武術担当になる際に大体の話はあった事を教えてくれた。


そして、話し終えると同時に怪訝な表情を浮かべながら呟いた。


「それにしても、奴隷を買って様々な教育をなさると伺いました。常識ではあまり考えられないことで驚きましたが、失礼ながら本気なのですか?」


「うん、色々と考えている事があってね。今はまだ何をどうするかは言えないけど、バルディア領がより良くなることは間違いないよ」


僕の言葉を直接聞いてもクロスはにわかには信じられないといった様子だ。


そんな、クロスの表情を見たディアナが鋭い視線を送る。


「クロス副団長、お言葉ではありますがリッド様がなさることは新しい試みばかりでございます。新しい試みに前例はなく、今までの常識は通じません。リッド様は常識に捕らわれず、前例を創るお方とお心下さい」


「ディアナ様の言う通りです。私もリッド様の常識に捕らわれず、型破りな発想に何度驚かされたことか。レナルーテの武術とバルディア騎士団の武術を融合させようと最初に仰ったのもリッド様なのです」


ディアナが言い終えると同時に、カペラも追随して補足するようにクロスに伝えた。


二人の様子にクロスは、少し驚いた表情を浮かべている。


そんな彼を畳み掛けるようにルーベンスが続く。


「クロス副団長、信じられないお気持ちはわかりますが、今度来る子達に教える予定の教育課程を聞いたら、そんな気持ちはすぐに無くなると思いますよ」


ここまで皆が僕のことを持ち上げるなんて思わなかった。


予想外の事に僕は、照れながらも少し呆れた様子で皆を見渡すと諫めるように言葉を掛けた。


「……皆の気持ちは嬉しいけど、あんまり僕を持ち上げなくていいからね? クロスも信じられない気持ちがあるのは当然だと思う。でも、それはそれとして協力してくれたら嬉しいかな」


僕は皆に対して言いながら、視線をクロスに移して彼に向かっても言葉を紡いだ。


クロスは僕がやってきた事を人伝に聞いているだけなのだろう。


なら、これから見せていけば良いだけだ。


クロスは僕の言葉に静かに頷くと、ニコリと微笑んだ。


「大変失礼いたしました、ご心配には及びません。バルディアに忠誠を誓う者として私の力でよろしければ、いくらでも協力させて頂ければと存じます」


彼の言葉を聞いた僕は、安心して思わず顔が綻んだ。


そして、クロスにお願いしようと思っていたことを嬉し気に話した。


「ありがとう、クロス。それで、えーと、大分話が逸れちゃったけど、今後クロスにお願いしたいのは『教育課程』についての助言なんだ」


「助言……でございますか?」


クロスは思いがけないお願いだったようで、少し驚いた表情を浮かべている。


そんな彼の言葉に頷きながら僕は言葉を続けた。


「うん。ルーベンスにも助言はもらっていたのだけどね。副団長をしているクロスなら、もっと広い目線の意見ももらえると思っているから一度、見て欲しいんだけどいいかな?」


「承知しました。私で良ければ喜んでご協力させて頂きます」


「ありがとう‼ それで早速なのだけど……」


僕はクロスの言葉に笑みを浮かべながら、領地に来る予定の子達に施す『教育課程』の内容について説明を始めた。


内容はまず体力作りから始まる。


一定の体力が出来た者からディアナとカペラが新たに構築した『武術』を叩きこむ。


そして、『獣人族』にはそれぞれの部族に特徴があるということなので、長所を伸ばす訓練を行う。


その後、十一名程度で部隊を組んで僕直属の部隊となってもらう予定だ。


勿論、父上には相談して了承をもらっている。


今度来る子達はかなりの数なので、うまくいけば十部隊以上の編成が出来るかもしれない。


そうなれば、『色々と考えている』ことが早期に実現できるだろう。


僕は嬉々として楽し気に話していたのだが、クロスは僕の説明を聞くと考え込むように俯いてしまった。


どうしたのだろうか?


「ごめん、何か気になることあったかな?」


僕は思わず少し不安げな表情でクロスの伺うも、彼は首を小さく横に振り感嘆した様子で呟いた。


「……ディアナが先程言った言葉、『新しい試みに前例はなく、今までの常識は通じない』という意味がわかったような気がします」


クロスの言った言葉の意図がよくわからず、僕はキョトンとして思った事をそのままに口にした。


「……? どういうこと?」


「これだけの部隊を作るのであればライナー様の許しを得た上で、リッド様直属の『バルディア第二騎士団』として設立した方が良いと思います。その方が、活動もしやすいですし、外聞的にも良いと存じます」


僕はクロスの指摘に思わず唸り声を上げた。


『バルディア第二騎士団の設立』という発想は僕には無かったからだ。


あくまでも、様々な多目的な活動を行う部隊ぐらいに思っており、僕直属の騎士団設立という考えには至っていない。


でも、確かに騎士団として設立した方が外聞的には良いだろう。


通常の騎士としての業務は今まで通りの騎士団にお願いして、第二騎士団は諜報活動や様々な活動を行うようにすれば面白いかも知れない。


問題は『騎士団』が父上の一存で設立できるかどうかだけど。


僕はクロスの言葉に頷きながら言った。


「わかった。それは父上に相談してみるよ。それ以外に気になる事はあるかな?」


「そうですね。後は……」


その後、クロスの意見を聞きながらディアナ、カペラ、ルーベンスも交えて様々な意見を出し合った。


そして、大まかな『教育課程』として問題はないだろうという結論に至った。


クロスから指摘のあった『騎士団』として設立が出来るかどうかは、父上に僕から確認するということでまとまった。


「ふぅ……良かった。奴隷の子達が来る前に『教育課程』が完成出来た」


僕は呟くと同時に周りを見渡すと結構な時間が過ぎている事に気が付いた。


そろそろ、訓練の時間も終わりになる。


つまり、引き継ぎも終わったのでルーベンスとの訓練が終わるという事だ。


僕はルーベンスに振り返り、改めてその目を見据えながら握手をする為に片手を差し出した。


「ルーベンス、今までありがとう。ダイナス団長の下は大変かも知れないけど頑張って『副団長』を目指してね‼」


「……‼ はい、ありがとうございます。私もリッド様の訓練担当をさせて頂き本当に光栄でした‼」


ルーベンスは返事をしながら、僕の差し出した片手をがっしりと力強く握り、別れの握手をする。


その時、僕は握った手を顔を近づけて欲しいという意図で少し引っ張った。


彼はすぐにその意図に気付き、キョトンとした表情を浮かべて僕に顔を近づけてくる。


すかさず僕は彼の耳元で静かに囁いた。


「……間違いなく、昇格の道が開けたのだから早くディアナに結婚を申し込みなよ?」


「な……⁉ り、リッド様‼ お戯れが過ぎます‼」


ルーベンスは耳まで顔を真っ赤にしながら僕に対して、慌てた様子で怒号を上げた。


その様子にディアナが怪訝な顔をしながら、すかさず反応した。


「……リッド様、またよからぬことはルーベンスに言ったのですか?」


「え⁉ 何も言ってないよ。『ダイナス団長の下で頑張って副団長になってね』って言っただけだよ。ね、ルーベンス?」


この時、僕はこれでもかというぐらい、満面の明るく可愛い笑みを浮かべていたと思う。


ルーベンスは僕の問いかけを聞いた後、慌てた様子でディアナに対して赤面したままに叫んだ。


「そ、そうだぞ⁉ お前と早く結婚しろとかなんとか、何にも言われてないぞ‼」


ルーベンス自身、何を言っているのかわかっていない様子だ。


だけど、僕は先程の満面の笑みが消え、サーっと顔から血の気が引いていくのを感じる。


それと同時に、ディアナからいつもとは少し違う赤黒いオーラが発生している事に気付いた。


何故、黒ではなく赤黒いのか? それは、きっとディアナが赤面しているせいだろう。


血の気が引いたせいか、冷静に分析をしてしまった。


ディアナは赤黒いオーラを増大させ、ルーベンス、カペラ、クロスの全員がドン引きして手が出せない雰囲気になっている。


赤黒いオーラを身に纏ったディアナ。


その異様な雰囲気に慄きながら思わず後ずさりをする僕に、彼女はゆっくりと歩いて近づいて来る。


そして、不敵な笑みを浮かべ、僕がルーベンスにしたようにディアナは僕の耳元でそっと呟いた。


「フフフ……リッド様、僭越ながら『個人的』にあちらで少しお話をしたいのですがよろしいでしょうか?」


「……ハイ、ショウチシマシタ」


僕はディアナの迫力に押されて、思わずカタコトなった。


その後、個人的なお話でこってりと絞られたのは言うまでもない。


そして、この日以降、僕の武術訓練の担当はルーベンスからクロスに引き継がれる。


追伸、やっぱり人の恋路に安易に口を出してはいけない……と感じた日でもあった。

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