第169話 ルーベンスとの立ち合い

「そんなに難しいことではありませんよ。伺う限りでは、リッド様の武術の実力はかなりのものです。今後は武術の中に『身体強化』だけではなく、『攻撃魔法』や『魔障壁』なども織り交ぜて行くことが必要になると思います。実戦では武術だけではなく、『魔法』も重要な局面が多いですからね」


「言っていることはわかるけど、その『魔障壁』というのは初めて聞いたし、僕はそれを使えないよ?」


『魔障壁』という魔法を僕は知らない。


サンドラから聞いた事もないけど、クロスが知っているということは騎士団などでは当たり前の魔法なのだろうか? どんな魔法か是非試したいな。


僕が『魔障壁』という魔法に興味津々の様子に気付いたクロスは、少し俯いて考え込んでから顔を上げた。


「承知しました。では、サンドラ様に『魔障壁』についてリッド様にお教えするようにお願いしておきます。それから、『攻撃魔法』を使った訓練に関してもライナー様に許可の確認をおきます。その辺りが確認でき次第、武術訓練の段階を一つ上げるように致しましょう」


やっぱり、サンドラも『魔障壁』を使うことが出来るのか。


魔法における戦闘というのは、学者畑のサンドラにとってはあまり縁がないから、もう少し後に教えてくれるつもりだったのかもしれない。


僕はそう思いながら、クロスの言葉に返事をしながら頷いた。


「わかった。今度、サンドラに会う時に僕からも言っておくよ」


クロスは僕の返事に会釈をした後、ルーベンスに視線を移す。


「ルーベンス、明日以降は訓練担当から外れてダイナス騎士団長の下に行く事になる。もし、気になる事があるならこの場で伝えておくように」


「はい、それでは僭越ながらリッド様との立ち合いを希望いたします。クロス副団長に私とリッド様の立ち合いを見てもらうのが今後の事も考えれば一番良いと思います」


ルーベンスは言い終えるとニコリと笑みを浮かべて僕に視線を移した。


彼は笑顔だが、その目には少しだけ、挑発の色が含まれている気がする。


その目を見た時に、僕の反骨心に火が付いた。


まだ、ルーベンスに勝てたことはないので、このまま異動となれば彼の勝ち逃げなってしまう。


それは何か悔しいし嫌だなと思った僕は、ルーベンスとクロスを見て頷いた。


「そうだね。クロスには一度、僕とルーベンスの手合わせを見てもらった方がわかりやすいかもね」


「承知しました。それでは、リッド様とルーベンスの手合わせを一度、この目で拝見させて頂きたいと存じます」


クロスは僕とルーベンスの一見、仲が良さそうなやりとりに笑みを浮かべて微笑んでいる。


一方のカペラとディアナは僕達のやりとりに『やれやれ』といった様子で呆れた様子をしていた。


それから、僕とルーベンスは手合わせ前の準備運動をした後、ルーベンスは木剣。


僕は木刀を構えてお互いに向き合った。


「リッド様、今まで教えて来た事をすべて出し切って下さいね」


「ルーベンスに勝ち逃げはさせないよ? 僕だって、いつまでも負けていられないからね……クロス、開始の合図をお願いしてもいいかな」


僕の言葉にクロスは頷くと、息を吸い大きな声を張り上げた。


「では……始め‼」


開始の声が始まると同時に僕は大地を蹴り、素早く切り込むがルーベンスは余裕の表情で受け止める。


少し鍔迫り合いをした後、僕は体勢をわざと後ろに崩すように見せてバク転をしながら脚で蹴り上げるがルーベンスは余裕な表情で笑みを浮かべながらいなしてしまう。


「ふふ、その動きは常に警戒していますから、私には通じませんよ」


「……そうだね。でも、まだまだこれからだよ‼」


それから僕は、カペラやディアナからも学んだ動きなども駆使しながら怒涛の勢いで持続的に連撃を繰り出す。


しかし、ルーベンスはそれらを躱し、受け流し、時には受け止め防いでしまう。


彼は僕の連撃を受けきると、攻勢に転じる。


ルーベンスの連撃は時には手数、時には破壊力とうまく使い分けてくる。


身体強化の練度によって、僕は受けきることは出来るが『破壊力重視』の彼の連撃はそれでも受けたくない。


受けると手が段々と痺れていき最終的に木刀が弾かれてしまうからだ。


お互いの激しい連撃の応酬の中でルーベンスの表情を盗み見ると、嬉しそうな、でもどこか寂し気なものを感じる。


その瞬間、ルーベンスの動きに僅かだか体勢が崩れた様子が見えた。


誘われている気がしなくもないが、打開するためには行くしかない。


僕はルーベンスの体勢が崩れて発生した隙目掛けて斬撃を繰り出す。


「くっ……ここだぁ‼」


「……⁉ お見事です、ですが……‼」


今の体勢ではルーベンスは僕の斬撃を躱すことも、防ぐことも出来ないはず。


そう思った次の瞬間、彼が最初に僕がやって見せた『体勢を崩したように見せる動き』をしていたことに気付いた。


そして、次の瞬間に僕の木刀はルーベンスの木剣に弾き飛ばされてしまう。


「勝負あり‼ リッド様の木刀を弾き飛ばした、ルーベンスの勝利です」


木刀が弾き飛ばされるとほぼ同時に、クロスの声が辺りに響いた。


だけど、僕はそれよりもルーベンスのした動きに唖然としていた。


何故なら、その動きには『見覚え』があったからだ。


確認するように僕は恐る恐るルーベンスに訊ねた。


「ルーベンス、さっきの動きって……」


「ふふ、やっぱりバレましたか。そうです、あれはカペラさんから教わった動きですよ」


僕はルーベンスの返事を聞いた瞬間に『やっぱり‼』と思い、カペラに振り向いた。


カペラは僕の視線に気付くと苦笑しながら会釈をしている。


いつの間に二人はそんなに仲が良くなったのか? そんなことを思いつつ、僕は口を尖らせながらルーベンスを見ると呟いた。


「ルーベンスもレナルーテの動きを取り入れるはズルくない?」


「ズルではありませんよ。それに、レナルーテの動きを取り組めば騎士団はより強くなれる。それを実践して私に教えてくれたのはリッド様ご自身です」


「……どういうこと?」


ルーベンスの言葉に僕は思わずキョトンした顔をした。


僕がルーベンスにいつ、バルディア騎士団にレナルーテの動きを取り組むと良いということを教えたのだろうか? 彼は苦笑しながら教えてくれた。


実はいま、ディアナとカペラに今後来る奴隷に教える武術訓練の基礎を作ってもらっているのだが、二人が構築している武術の動きをいち早く取り入れているのが僕だ。


僕自身、強くなれるのは嬉しい。それに、二人に作成をお願いしているのは僕なので役に立てるならと協力を惜しまないつもりでもあった。


でも、その結果、二人が構築した武術の実験台になっているような気がしないでもないけど……あまり気にしないようにしている。


強くなれているのは間違いと思っていたからだ。


だけど、僕が思っていた以上にレナルーテとバルディア騎士団の武術融合における可能性は凄かったらしい。


新しい武術を取り入れることで、飛躍的に実力を上げていく僕を目の当たりにしたルーベンスは、ディアナを通じてカペラに僕同様にこっそり教えて欲しいとお願いしていたそうだ。


ルーベンス曰く、訓練の中で何度か僕に負けそうになった瞬間もあったらしい。


その時に、可能性を文字通り肌身で感じたそうだ。


話を聞いた僕は、何とも言えない顔をしてルーベンスを見つめた。


「可能性を見出してくれたことは嬉しいけど、結局ルーベンスに勝てていないから、個人的にはちょっと複雑だよ……」


「そう仰らないで下さい。今回は私が勝ちましたが、リッド様の上達速度にはいつも驚かされています。このまま、訓練を続ければそれこそクロス副団長の言う通り『帝国史上最強』も目指せると思いますよ」


『帝国史上最強』か……そんなものには興味はないのだけどね。


僕が守りたいのは家族とバルディア領だ。


でも、結果的に『守る力』として必要であればそれも目指す一つになるのかもしれないな。


「帝国史上最強ねぇ……興味はないけど、ちなみにどれぐらい強くなればそう呼ばれるのかな?」


ルーベンスは少し考え込むように少し俯いてから、顔を上げると呟いた。


「そうですね……とりあえず、お父上のライナー様をより強くならないといけないのは間違いありませんね」


父上より強くか……確かにそれはそうだろう。わかりやすいけど、それはまだまだ当分先のような気がする僕だった。

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