第132話 リッドの新たな魔法

「さてと、この辺で良いかな?」


「リッド様は何するおつもりなのですか?」


僕は以前、属性魔法を練習した人気の無い屋敷の裏側に来ておりサンドラも一緒だ。


彼女に訓練所近くの部屋で樹と土の属性魔法について座学を受けたあと、実験の為にここ来たという流れだ。


ちなみに、ここからもう少し進んだ場所にクッキーが掘り当てた温泉がある。


僕はここに来る前に、屋敷によって持ってきた物を手に取りだした。


それを見たサンドラが不思議そうな表情を浮かべて僕を見ている。


「……? リッド様、そのゴミはなんですか?」


「これは、ゴミじゃないよ。ムクロジの実っていう木の実だよ」


僕はムクロジの実の皮を取り外して中から「黒い実」を取り出した。


取り出した黒い実をサンドラに見せながら彼女に質問する。


「……例えばだけど、このムクロジの実に樹の属性魔法で魔力を与えたらどうなると思う?」


「やっぱり、型破りな事を考えていましたね? しかし、『どうなるか?』と尋ねられても何とも言えませんね。何も起きないような気がしますけど…… というかリッド様、樹の属性魔法を使える人でも呼んでいるのですか……?」


彼女は相変わらず僕の言葉に不思議そうな顔をしている。


ふむ、どうしたものか? とりあえず僕は木の実に魔力を込めてみることにした。


ムクロジの実を両手で包み込んで、魔力を与えてみるが何も起こらない。


僕の行った不可解な行動にサンドラは眉を顰めた。


「……リッド様、何をしているのですか? もし、魔力を込めるならせめて埋めてからの方が良いと思いますよ? でも、樹の属性素質がないと意味がないと思いますけどね……」


「じゃあ、埋めてからもう一度やってみるよ」


僕はサンドラに言われて土をほじくり返して、ムクロジの実を埋めた。


先程、魔力を込めたので少し様子を見てみるが変化はない。


ダメか。


「木の実に込めてから、埋めても変化はないか……」


「リッド様、失礼ながら先程からお伝えしているように、樹の属性素質をお持ちでないのにこのようなことをしても無駄だと存じますが?」


彼女にしては珍しく僕には樹の属性素質がないと思っているようだ。


ここまでの流れでサンドラであれば、僕が樹の属性素質を持っていると察しても良さそうだけどな。


僕はそう思いながら、次に種子を埋めた地面に両手を添えて木が成長して大きくなり、大木になるイメージを描いた。


それから、深呼吸をしておもむろに呟いた。


「……樹木成長‼」


その瞬間、埋めた種子と僕が繋がったとわかる感触が手から伝わって来た。


同時に種子に魔力を持っていかれた。


それも凄い勢いだ。


ふと、種子を植えたところを見ると、土が盛り上がり何かが出て来ようとしている。


サンドラは異変に気付き、「リッド様、何をしたのですか⁉」と叫びながら後ずさりしている。


僕は魔力にまだまだ余裕を感じて、「いけ‼ 大きくなれ‼」と心の中で呟いた。


その時、土の中から芽が生えたかと思うと、轟音と共にどんどん大きく成長していく。


気付くと立派なムクロジの樹木が目の前に出来上がっていた。


だが、魔力はまだ樹木に吸われている感触があったので、僕は勢いよく声を発した。


「……‼ ものは試しだ‼ たっぷり持っていけ‼」


「……‼ リッド様、なにを⁉ ちょっ、ま……⁉」


既に成木となっているムクロジの木だが、僕の魔力をさらに吸い上げてさらに大きくなっていく。


まるで、前世の有名なアニメで見た樹木が大木になっていく様子の再現だ。


そんなことを思っていると、僕の手に痛みが走った。


これは危ないか? そう思った僕は咄嗟に手を地面に添えるのをやめた。


僕が手を添えるのをやめると同時に樹木の生長がだんだんと緩やかになり、やがて止まった。


結構な量の魔力を持っていかれた気はするが、体に異常はない。


僕は目の間に誕生した、ムクロジの巨木を見上げながら呟いた。


「立派な木になったなぁ……」


樹高は20m以上ぐらいありそうかな? 樹の表面はボコボコしており、樹齢を感じさせる。


幹周もかなりありそうな感じで、まるで屋久杉の巨木みたいだ。


ともかく、巨大な樹木が屋敷裏の草原に誕生したわけだ。


その時、パラパラと何かが落ちて来た。


なんだろう? そう思って、足元に落ちた物を拾うとムクロジの実だった。


ただ、成長しただけではなく、実もしっかり出来るようだ。


この時、僕の仮説は正しかったことが証明されたと思う。


「魔力は生命エネルギー」なので、植物に与えると成長促進効果があるということだろう。


ただし、結構な魔力量を持っていかれるので今後の使用には注意がいるかもしれない。


この魔法をうまく使えば色んなことができそうだ。


僕が誕生した木に背中を預けて考え込んでいると、女性の怒号が聞こえた。


声の主はサンドラだ。


「リッド様‼ 樹の属性素質をお持ちだったのですか⁉ いえ、それよりもなんですか⁉ なんなのですか、これは‼ 『ゴミを木に変える魔法』でも創ったのですか⁉ 説明してください‼」


サンドラにしては珍しく慌てた様子で大きくなった樹木を指刺しながら血相を変えて叫んでいる。


「ゴミからは木は生まれないよ……樹の属性魔法の『樹木成長』で『ムクロジの実を成長促進した』だけだよ?」


「な、なな……じ、常識外れにも程がありますよ⁉ それに、まさかとは思いましたが、本当に樹の属性素質までお持ちだなんて……さすがの私もびっくり仰天ですよ……」


「そんなに、珍しいの? 樹の属性素質って?」


「はぁ……その点について説明いたしますね……」


サンドラは呆れ果てた様子でため息を吐きながら、額に手まで添えて属性素質について教えてくれた。


何でも、属性素質は基本的に両親が持っている物を引き継ぐことがほとんどらしい。


それ以外の属性素質を持って生まれてくることはあるが、それはとても少数だという。


その為、サンドラも僕が持っている属性素質は「火」と、以前使えると伝えた「水」だけと思っていたらしい。


でも、僕はこの話に首を傾げた。


そもそも、この世界に魔法はあまり浸透していない。


その中で魔法の属性素質がどのように親から子に引き継がれるのかは、ほとんど未解明に近いはずだ。


だとすると、サンドラの言った内容の確認した分母はとても少ないのではないだろうか? 


僕は疑問をそのまま説明するようにサンドラに投げかけた。


彼女は僕の説明にハッとした表情で考え込むと言った。


「……確かに、リッド様の言うことも一理あります。私も直接調べたわけではありませんからね。やっぱり、リッド様の発想力は素晴らしいです。『目から鱗が落ちる』というやつですね」


サンドラは言い終えると、感心した様子で僕を見ている。


そんな彼女に僕は、今後の活動で鍵と成り得る一番重要な質問をした。


「サンドラは、人が持っている、『属性素質を調べられる道具』が存在しているかどうか知っている?」


「……聞いた事ありませんね。研究者としては是非欲しいですが、一般的には無用の長物でしょうから、存在はしないと存じます」


僕はサンドラの言葉を聞いて自然と笑みがこぼれた。


様々な要因が重なった結果、属性素質を調べる道具の開発と研究が世界では進んでいないのだろう。


その時、サンドラが僕の顔を見て、おどけた様子で言った。


「リッド様、悪そうな顔になっていますよ? 何を考えているのか知りませんが、面白そうなので私も協力します。その変わりに、属性素質を調べる道具が出来たら使わせて下さいね?」


悪そうな顔と言われて僕はハッとして、軽く首を横に振った。


それから、ニコリと笑ってサンドラに話しかけた。


「ありがとう、サンドラ。それなら早速お願いがあるんだ。サンドラが帝都で研究所の所長をしていた時、一緒に働いていた優秀な人達を、将来的にバルディア領に呼ぶことは出来るかな?」


「随分と可愛い笑顔で仰いますね。しかし、帝都の研究所に一緒にいた人達ですか。条件次第ではありますが、呼ぶことは出来ると思いますよ。皆、帝都から泣く泣く自分の領地に帰っていますからね……」


サンドラは過去に帝都の研究所で所長に抜擢されている。


その際、彼女の元に集められたのは身分関係なく優秀な研究者達だったと聞いていた。


だが、帝都の一部の貴族からやっかみを買ってしまい、サンドラを含めて研究者達は皆、退職せざるを得なくなったらしい。


優秀な人材を放置しておくなんて勿体ないと、彼女から初めて話を聞いた時から僕は感じていた。


「でも、彼等を集めて何をするおつもりなのですか?」


「実はね……」


僕はサンドラに今後の動きで考えている事を伝えた。


勿論、まだまだ課題はある。


だが、今日新たに創った「樹木成長」があれば大分、前進出来る。


彼女は僕の説明を聞いて目を爛々とさせた。


「……リッド様は、本当に『型破りな神童』ですね。そんなことまで、考えていらっしゃるとは思いませんでしたよ。わかりました、とりあえず連絡を取ってみますね」


「うん、お願い。でも『型破りな神童』はやめてよね……」


僕はサンドラとそのまま巨木の前で今後のことを打ち合わせをするのだった。



ちなみに、僕が「樹木成長」させて出来た巨木は突然現れたことから、屋敷の皆にかなり怪しまれて大騒ぎになった。


メルは「すごぉーい、おっきい‼」と見上げながら感動していた。


クッキーとビスケットはかなり気に入った様子で樹の上にひょひょいと登り楽しそうくつろいだりしている。


その様子を見たメルがむぅっと膨れて可愛らしく怒っていた。


「クッキー‼ ずるい‼ おおきくなってわたしもうえにつれていって‼」


「……⁉ メルディ様、それは駄目です‼ 絶対におやめください‼」


メルの発言にダナエが血相変えて止めていたのが面白くて、つい笑ってしまった。


その中でも、特にガルンの顔が真っ青になったのが印象的だ。


「……このような巨木が、一日と経たずに屋敷の裏に生えたとは信じられません……ライナー様がお帰りになったら、さぞ頭を抱えるでしょうな……」


「この巨木は、まるでレナルーテにある、魔の森の奥地に生えている樹木のようですね……」


ガルンとカペラが茫然して吐いた言葉に僕は、「屋敷の裏に巨木が生えたくらいで大袈裟だなぁ」と心の中で呟いていた。


その後、巨木をどうするかについて色んな意見が交わされた。


だが、石鹸の代わりになる「ムクロジの実」を落とす木と知られると屋敷の皆、特にディアナとメイド達から愛される存在になり御神木のように扱われるようになった。


ただ、ディアナからは後日、注意を受けた。


「ゴホン……リッド様、『ムクロジの実』は大変ありがたいですが、もう少しご自重下さい……」


「巨木が生えたぐらいで皆、大袈裟だよ。多分、父上も言うほど気にしないと思うよ?」


この時、僕の返事にディアナが大きい、とても大きいため息を吐いた気がしたが、僕は軽く受け流して次の計画に向けて色々と考えに耽っていくのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る