第104話 リッド、ファラの部屋に行く

「……急にお邪魔することになって、ごめんね」


「いえ、私もお話したいと思っておりましたので……」


表書院でお互いの気持ちを告白した経緯もあり、僕とファラの間には何とも言えない気恥ずかしい雰囲気が漂っていた。


今、僕がいる場所はファラの部屋だ。


先程までは父上と同じ部屋に居たが、今後のことについてファラと話したいと思った僕は、彼女に連絡を取った。


部屋に尋ねても大丈夫だろうか? 


という内容だったが、了承の返事をもらえたのですぐにファラの部屋に僕は移動した。


ディアナも部屋に行くまでは一緒だった。


部屋に到着した後に「ルーベンスと城下町に行ってきてね」と命令を下した。


僕と彼女のやりとりを見ていた、ファラとアスナは意図がわからずに不思議そうな顔をしていた。


ディアナだけは少し恥ずかしそうに顔を赤くして「……承知致しました」と言うと、僕達に一礼してルーベンスの元に向かった。


部屋に着いた僕は、ファラに促されるままに椅子に座った。


僕とファラは今、机を挟んで互いに顔を見ながら話している。


時折、ファラの耳が上下に少しだけ動く様子に僕はどうしても顔が綻んでしまう。


ファラも僕の顔が綻んだタイミングで、少し顔が赤くなっている気がした。


「……そういえば、ディアナさんはリッド様の護衛ではないのですか? 他の方と、城下町に行かれるように指示をされていたみたいですが……」


「あ、そっか。二人はディアナに恋人がいる事は知らなかったのだっけ?」


「え⁉ ディアナさんには恋人がおられるのですか⁉」


「う、うん。彼女と同じ騎士団所属で僕に剣術を教えてくれている『ルーベンス』って騎士なのだけどね」


ファラは目をキラキラさせながら僕の話に食いついた。


彼女の傍に居たアスナも眉をピクリとさせると僕に挙手をしてから話しかけてきた。


「失礼ながらリッド様、質問をよろしいでしょうか?」


「うん。どうしたの?」


「リッド様の剣術指南役かつディアナ殿の思い人とは、恐らく剣術の実力も素晴らしいのでしょうか?」


「え? た、多分強いと思うよ? 全力でいつも挑戦しているけど、まだ一度も勝てないからね……」


僕は「勝てない」という部分に関しては悔しさを滲ませながら言った。


彼は強い。


アスナも強かったけど、ルーベンスはそれ以上に強いと思う。


普段から彼との稽古をしていなければ、アスナに対してあそこまでの善戦は絶対に出来なかった。


僕の言葉にアスナは目を爛々とさせていた。


それにしても、世界が変わってもこの手の話は皆好きなのは変わらないらしい。


アスナの場合は少し方向性が違う気がするけど。


僕とアスナが話終えると、ファラが怪訝な表情をしながら僕に質問を投げかけた。


「ですが、何故このタイミングでお二人に城下町に行くように『命令』を下したのですか? 普通に『お願い』で良かったのではないでしょうか?」


「あー……それはね」


僕は少し躊躇したが、二人はバルディア領に来るからいずれ知ることになる。


短期間とはいえ、僕と同様に二人とディアナはよく接しているから大丈夫と思い、事の経緯を説明した。


二人が幼馴染であり最近、恋人になった話。


騎士団公認の仲であったが、関係が遅々として進展しなかったこと。


先程、ディアナが漏らした悩みまで全部話した。


……話過ぎたかも知れない。


二人は最初、楽しそうに聞いていた。


だが、ルーベンスが恋人になっても煮え切らない態度をとっていること知ると、アスナが少し憤りを感じているようだった。


「リッド様、よろしいでしょうか⁉」


「う、うん、何かな……?」


アスナは怒気を込めて机を叩くと僕に強い口調で言った。


僕の話ではないのだけど……


「ルーベンス殿のその態度頂けません‼ 男子であれば、気持ちをはっきりと相手に告げるべきです‼ それともそれがバルディア騎士団流なのでしょうか⁉」


「……バルディア騎士団流の恋愛方法があるかは知らないけど、多分ルーベンスだけが特に色恋沙汰が苦手じゃないのかな?」


バルディア騎士団流の恋愛方法ってなんだ? 

アスナの勢いに押されて、自分で何を言っているのかよくわからなくなってきた。


熱くなっているアスナを諫めるようにファラが言った。


「アスナ、熱くなり過ぎですよ。リッド様もお困りになっているではありませんか。それに恋愛なんて、その、人それぞれですから、あまり私達がどうこう言う必要はないと思います……」


ファラは彼女に注意しながら途中でチラッと僕を見た気がした。


だが、熱くなったアスナは彼女の言葉でも、冷めきらずに話しを続けた。


「姫様の仰ることはわかりますが、やはりお互いの気持ちを伝えあうべきだと私は思います。表書院でのお二人の様子が特にそうではありませんか? ディアナ殿がリッド様に悩みを吐露されたのも、お二人の様子に当てられたからだと思いますが?」


「なっ⁉」


彼女の発言に僕とファラは二人そろって「ボン」と顔を真っ赤にしながら、顔を見合わせた。


彼女と目が合うと表書院でのやりとりが頭の中で蘇り、気恥ずかしさで爆発しそうだ。


ファラも僕と同様に思い出しているようで、目が合った後は両手で顔を覆いながら耳を激しく上下させていた。


「お二人を見ているとやはり、お互いの気持ちはしっかり口に出して伝えあうべきと私は思います」


「……⁉ アスナ、いい加減に……」


熱くなり過ぎたアスナの発言にさすがにファラが怒気を纏いながら注意しようとしたその時だった。


「俺はディアナが好きだ‼ 誰よりも愛している‼ 俺はディアナが欲しい‼」


本丸御殿の外から中にまでハッキリと聞こえる怒号とも言うべき声が轟いた。


突然の出来事で僕達三人は「ビクッ‼」と体が強張り何事かと身構えた。


僕はその「声」にとても聞き覚えがあることに気付いた。


「まさか、ルーベンス……?」


「え? 今のすごい声はリッド様の仰っていた方なのですか?」


僕の言った言葉にファラが呆気に取られた顔をしながら反応した。


「多分、間違いと思うけど…… 何をしているのだろう、あの二人……」


「……ルーベンス殿はやれば出来る方で安心致しました。しかし、この国の中枢となる本丸御殿の前であのような言葉を叫ぶとは……さしずめ『他国の中心で愛を叫ぶ騎士』と言ったところでしょうか」


僕とファラは呆気に取られていたが、アスナは何故か納得したような表情で言葉を紡いでいた。


その時、また怒号とも言うべき声が外から轟いた。


「馬鹿者‼ お前達、こんなところで白昼堂々何をしているのだ‼」


突然の声に僕達はまた「ビクッ‼」と体が強張り何事かと身構えたが、今度は全員聞き覚えのある父上の声だった。


父上の怒号が聞こえなくなると、僕は額に手を当てながら俯いて思わず呟いた。


「うぅ……父上まで一緒になって何をしているのですか……⁉」


立て続けに起きた出来事にファラとアスナは顔を見合わせて苦笑いしていた。


ファラは笑みを浮かべると、いま起きた出来事で僕を茶化した。


「ふふ、それにしてもルーベンスさんが『他国の中心で愛を叫ぶ騎士』なら、その騎士をまとめるリッド様のお父上は『愛の伝道師』ですね。ご子息のリッド様は……『愛の申し子』でしょうか?」


「ふふ、姫様はうまいことを言われますね。屋敷にいる侍女たちにもその呼び方を教えましょう」


二人は悪戯っぽく笑っていた。


その様子に、僕はファラの新たな一面が垣間見えて、少し嬉しいような気がしていた。


でも、僕の父上を茶化すことは彼女にとっても良くない。


咳払いをすると、僕は優しく諭すように言った。


「ゴホン……いくらファラでも父上をあんまり茶化しちゃダメだよ? 近い将来、君にとっての父上にもなるのだからね?」


「……‼ そ、そうでしたね。失礼致しました……」


僕の言葉を聞いた途端、ファラは顔を赤くしながら俯いて耳を上下させていた。


その姿を見て、僕は自分の言った言葉が少し恥ずかしくなり、誤魔化すように話題を変えた。


「そ、そうだ。ファラのお母さんってどんな人なの? 確か名前はエルティア様だったよね?」


「……はい、私の母上はエルティア・リバートンです」


どうしたのだろか? 


ファラは先ほどまでとは打って変わり、表情が少し暗くなった。


アスナもファラの様子気付いたのだろう。


咳払いをしてからファラに優しく言った。


「ゴホン……姫様、差し出がましいようですが、リッド様にはお話しておくべきです。どちらにしてもいずれわかることです。エルティア様との件は姫様から直接お伝えするべきと存じます」


「……そうですね。わかりました。アスナ、ありがとう」


アスナに謝意を述べると、ファラは表情を凛とさせてから僕を見据えると言った。


「私と母上のことをリッド様に聞いて頂きたく存じます……‼」


「わかった。ファラの母上は僕のお義母様になるものね」


彼女の真剣な表情に応えるように、僕も彼女の朱赤の瞳を見据えた。


ファラは深呼吸をすると、ゆっくりと少しずつ母親のエルティア・リバートンについて教えてくれた。

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