第100話 リッドとファラ
今、僕達は本丸御殿の表書院に来ている。
ここに初めて来た時に案内された場所だ。
昨日は色々あり過ぎた結果、最後は父上にしこたま怒られて終わった。
その後、自分の部屋でベッドに横になるとそのまま意識が無くなった。
気付くと朝になっており、ディアナに起こされて目を覚ました。
彼女も昨日は父上に怒られたのだが、すでに気持ちを切り替えている様子だ。
僕が寝ぼけて「ボーっ」としていると、エリアスから僕と父上が呼ばれていると報告をもらい、急いで準備して本丸御殿に移動した。
そして、いまに至っている。
バルディア家からこの場にはいるのは父上、僕、ディアナの三名だ。
部屋に案内された時にはすでに、エルティアとファラとアスナの三人が先に待機していた。
だが、ファラとエルティアの間には何やら緊張感が漂っている。
アスナはファラの横で静かに佇んでいた。
僕は二人の様子を気にしつつも軽く挨拶を行ってから、頭を下げてエリアスの入室を待っていた。
その時、兵士が高らかに声を出した。
「エリアス陛下がお見えになられました‼」
兵士の言葉に響くと襖が開き、足音が聞こえた後に椅子に座る音がかすかに聞こえた。
少し間があった後、威厳のある声が響いた。
「苦しゅうない、面を上げよ」
声がした後、僕達は頭をゆっくりあげた。
エリアスは僕達を見ると厳格な表情を崩して笑みを浮かべた。
「話は聞いていたが、リッド殿の体調はもう大丈夫そうだな」
「はい。特に問題はありません。ご心配頂きありがとうございます」
言い終えると僕はその場で一礼をした。
その様子を見たエリアスは「よいよい」と言いながら言葉を続けた。
「本来、謝罪せねばならんのはこちらだ。ノリスの行ったことは貴殿らにとっては許されざることだろう。我が国としても許すことは出来ない、追って断罪する予定だ。リッド殿には、我が国の華族がしたことで気分を害したであろう。本当に申し訳なかった」
エリアスは僕と父上にそれぞれの顔を見てから、頭を下げた。
その姿に周りがざわついた。
一国の王が頭を下げるなど普通はあり得ない。
父上は咳払いをしてから、エリアスに向かって言った。
「エリアス陛下、頭を御上げ下さい。ノリスの件はしかと『断罪』して頂けるのであれば、我らから言うことはありません」
「僕も彼を許すことは出来ませんが、『断罪』が決まっているのであれば父上同様、言うことはありません」
僕達の言葉を聞いたエリアスは顔を上げると笑みを浮かべながら言った。
「そう言ってもらえると助かる。奴の『断罪』は貴殿らの来訪が終わり次第、行う予定だ。内容は追って伝えよう」
「……承知しました。ところで今日、こちらに我々が招かれた理由はノリスの謝罪の件なのでしょうか?」
父上は返事をした後、怪訝な表情をしながら本題について尋ねた。
僕も、ノリスの件は本題ではないと思う。
ノリスの件だけなら、この場にファラやアスナ、エルティアはいらない。
何の話だろうか? と思った時、エリアスが僕をちらっと見てニヤリと笑った気がした。
「うむ。もちろん、本題は別だ。ファラとリッド殿の婚姻の件だ。今回の一番の目的は両者の顔合わせだったからな」
エリアスの言葉を聞いたファラは顔を少し赤くして俯いた。
彼女の耳は少し上下に動いている。
ファラをチラッと見たエリアスは、咳払いをして言葉を続けた。
「ゴホン……リッド殿はまだ『候補』ではあるが我が国としては是非とも、ファラとの婚姻をして欲しいと思っている。国同士の繋がりである故、この場で決定といかないがマグノリア帝国にはバルディア家との婚姻にて進めてもらうよう打診するつもりだ」
「エリアス陛下、有難いお言葉ありがとうございます。私も国に戻りましたら、その旨をすぐに帝都に連絡を致しましょう。我が国の皇帝陛下もお喜びなると存じます」
父上はエリアスの言葉に丁寧に了承の返事をすると一礼をした。
僕もその動きに合わせて頭を下げた。
その時、チラッとファラを見ると、顔を真っ赤にしながら俯いて、耳が上下に動いていた。
喜んでくれているのかな? と思うと嬉しくて少し自分の顔が綻んだ気がする。
その時、今まで沈黙をしていたエルティアがおもむろに口を開いた。
「……エリアス陛下、よろしいでしょうか?」
「うん? どうしたエルティア、何か不服があるのか?」
エリアスは怪訝な表情でエルティアを見るが彼女は動じず、僕を鋭い目で見据えながら言った。
「ファラはレナルーテ国の『王女』です。マグノリア帝国において『辺境伯』は皇族の次点の位に準ずることは存じております。ですが、我が国の王族と血縁を結ぶ以上、この場でその王女と婚姻をする覚悟を宣言して頂きと存じます」
「へ……?」
僕はエルティアの発言に呆気に取られた。
周りにいた面々も同様にエルティアの発言に半ば茫然としていた。
すると、エリアスが咳払いをしてから言葉を続けた。
「ゴホン……エルティア、気持ちはわからんでもないが私はリッド殿からファラと婚姻をしたいという申し出を直接受けている。そして、その理由も聞いているのだぞ? それで、十分ではないか」
「……それは、エリアス陛下しか聞いた者がおりません。それに、婚姻をする前提で今後は国同士が動くのでしょう? リッド殿が陛下にした申し出た内容をこの場で再度、宣言して頂き、この場にいる者が証人となれば繋がりはより強固となると存じます」
エルティアは丁寧かつ流暢に言うとエリアスに向かって一礼した。
彼女の言葉を聞いたエリアスは思案するようなそぶりを見せる。
そして、意地の悪そうな笑みを浮かべながら僕を見据えた。
「ふむ、確かに国同士が婚姻に向けて動くのであれば先日、リッド殿が私に言った言葉をこの場で宣言してもらうことに支障はないか…… リッド殿、申し訳ないがあの時、私に言った言葉をこの場で再度、宣言してもらえるかな?」
確信犯だ‼
言い終えた後のエリアスが浮かべたニンマリ顔に僕は心なしか殺意を覚えそうになった。
ふと、周りを見た時、ファラと目が合った。
彼女は顔を真っ赤にしながら耳を上下に動かしていた。
彼女の目には大きな期待と若干の不安があるように思える。
横に佇んでいるアスナは、ファラのその様子をみて微笑んでいた。
「リッド、エリアス陛下が仰っている以上、この場で発言しても問題ないのであろう? お前の言葉で両国の繋がりが強固になるのであれば、宣言するべきだろう……」
父上は僕を見据えながら優しく諭すように言葉をかけてくれた。
そして、その目からは「諦めろ」という言葉がありありと伝わって来た。
ちなみに、父上には僕がエリアスに何を言ったのかは報告済みだ。
父上も僕が宣言して問題ないと確信している上での言葉だ。
僕はこの状況にがっくりと俯いて諦めたあと、覚悟を決めてその場に立ち上がった。
この場にいる皆の注目が集まるのを感じながら、僕はファラ王女を見据えると高らかに言った。
「ファラ王女に出会った瞬間に一目惚れ致しました‼ どうか僕のお嫁さんになって下さい‼ 必ず幸せにしてみせます‼」
僕の言葉を聞いたファラは「ボン‼」と顔から煙が出そうな雰囲気になっていた。
その後、最初に口を開いたのはエルティアだった。
彼女は咳払いをしながら僕を見据えると言った。
「ゴホン……リッド殿のお言葉しかと頂戴しました。ファラ王女、惚けておらずに先日、私に言った言葉をこの機に宣言しなさい。それとも、あれは虚言だったのですか?」
エルティアの言葉にファラは「ハッ」とした様子で彼女を見ていた。
先日とはどういうことだろうか?
僕がその様子に怪訝な表情していると、ファラが深呼吸をしてから立ち上がった。
少し前に出ると僕を見据えながら力強く、ハッキリと言った。
「わ、私もリッド様をお慕いしております…… もし、婚姻出来るのであればこれほど嬉しいことはありません……‼」
ファラの言葉に今度は僕が「ボン‼」と顔が真っ赤になり、煙が出そうな雰囲気になった。
この時の僕は、顔を真っ赤にしながら今日という日を一生忘れることはないだろうな、と感じていた。
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