第99話 ザックとカペラ
「カペラ、お前には苦労を掛けるがよろしく頼むぞ」
「……承知致しました」
カペラとザックは、ライナーやリッドとの会談が終わると迎賓館の執務室に移動した。
今、二人は机を挟んで対面に座りながら会話をしている。
その中で、ザックは少し悔しそうな顔をしながら呟いた。
「リッド君はやはり侮れんな。お前にあの場で忠誠を誓わせるとは思わなかった」
「……あの場の忠誠は今後の任務に少しばかり支障は出そうですが、そこまでの影響はないかと存じます」
ザックは彼の言葉に静かに頷いた。
カペラをリッドの従者にすべきとエリアスに進言したのはザックだった。
本来、カペラは将来的にレイシスの影となり、ザックの後継者となる予定だった。
だが、ザックはそれよりもリッドの影としてカペラを送り込むことこそ、国とリバートン家の繁栄に繋がると考えていた。
リッドがファラと婚姻して成長すれば将来、レナルーテの立場すら何かしら変化が生まれるのではないか?
彼はそう感じさせる神童であり、麒麟児だった。
「……しかし、リッド殿が神童であることは疑いませんが、頭目がそこまで惚れ込むのは何故でしょうか?」
カペラは無表情のまま訪ねた。
彼はリバートン家が管理する「忍衆」の中で実力が最も優れた存在だ。
それを、他国の従者にするということは自国の戦力を落とすことにも繋がる。
リッドにはそれだけの魅力があるということだろうが、彼にはそこまでの人物とは思えなかったのである。
彼の怪訝な表情を見たザックは笑みを浮かべて言った。
「それはもちろん、私の血筋のエルティアの絵に見惚れた上、ファラを大切にしてくれるのであれば、それだけで十分ではないかな?」
「……頭目、茶化さないで下さい」
カペラは無表情で苦言を呈した。
その様子にザックは「やれやれ」とおどけた様子で説明を始めた。
「つまらん奴だな。まぁ良い。惚れ込む理由は簡単だ。彼が今のまま成長すれば、いずれ甘さも消えるだろう。そうなったとき、彼はレナルーテにとって帝国とバルスト、他の他国に関しても抑止力となる人物になるだろうと私は見込んでいる」
「……彼はあくまでも帝国人です。我ら、ダークエルフの為にいざと言う時に動くでしょうか?」
ザックの言うことはわかる。
だが、カペラはいざダークエルフの為にリッドが動くかどうかについては懐疑的だった。
ザックはカペラの言わんとしていることに気付くと、笑みを浮かべて言った。
「その点には関しては心配いらん。彼の母親は病に倒れており、その治療方法を必死に彼自身も探しているそうだ。それだけ、家族に対する思いが強いのであれば婚姻後はファラに関わる問題が起きれば積極的に参加してくるはずだ。 ……まぁ、そうなるようにお前を行かせるのだがな」
言い終えた後のザックの表情は諜報機関を統べるに相応しい冷徹なものであった。
カペラは自分に言われたことを察した。
『リッドを手懐けろ』ということだろう。
ノリスがレイシスにした事と内容は同じだ。
だが、もっと根本の部分に沁み込ませる。
そして、本人や周りが気付かないように行い、ある種の洗脳をしろというということだ。
カペラは思案してから呟いた。
「……彼が見せた『魔法』については良いのですか?」
「あれは、副産物程度と思って良い。それよりも、ファラとリッド君の仲を取り持つことを優先しろ。あの二人がより良い形に収まれば、自然と我らに恩恵も来るはずだ。まぁ、先行投資というやつだな」
無表情のまま、カペラは内心驚いていた。
リッドが見せた魔法は相当に強力なものだった。
それすらも副産物であると言う。
ザックは今後、リッドがもっと凄い何かをすると睨んでいるのだろう。
「……承知致しました。リッド様とファラ王女のお二人がうまくいくよう取り計らうように致します。ちなみに、バルディア家の情報はいかが致しましょう?」
「それは必要最低限でよい。お前の目的はリッド君もといバルディア家の『信頼と信用』を得ることだ。警戒されている中で下手に情報を流して露見すれば、お前の価値が無くなる。それよりも従者に徹しろ。 ……信頼を得る為なら聞かれれば『忍衆』について話しても構わん」
さすがのカペラも「忍衆」について話しても良いと言われるとは思っていなかった。
「忍衆」を話せるのはザックが実力を認めた相手だけに限られているからだ。
彼は少しだけ眉を「ピクリ」と動かしてから返事をした。
「リッド様の『信頼と信用』を得られるように身命を尽くします」
「うむ、宜しく頼む。 ……しかし、今後はバルディア家に仕えるのだぞ? 少しは表情筋も動かせ」
無表情で会話をするカペラに対して、ザックは苦言を呈した。
彼は戸惑い、困ったような雰囲気を出した後に、「……こうでしょうか?」とぎこちない笑みを浮かべた。
その顔を見たザックは珍しく顔を引きつかせたあと、咳払いをした。
「ゴホン……お前にとっても良い機会になるかもしれんな。もう少し『笑顔』の訓練はしておけ」
「……御意」
凄腕の影であるカペラはこの日からリッドに仕えるまでの間、必死に笑顔の練習をする日々となった。
彼を知る者からすればその姿はとても滑稽で、一度見たら忘れられない顔だったという……
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