第96話 苦言

「では、カペラは今後、リッド様の従者となるよう国で手配を進めます。お二人がレナルーテを出るまでには準備を終わらせます故、少々お待ちください」


言い終えるとザックは僕と父上に交互に視線を送って来た


僕達は顔を見合わせながら頷いた。


「承知しました。リッド、お前もそれでよいな?」


「はい。父上」


ザックの横に佇んでいるカペラは無表情のままだ。


先程、ザックからカペラを僕の従者にしたいという話をもらった。


その際、僕はすぐに首を縦には振らなかった。


そのまま、首を縦に振ればザックの思い通りになる気がしたからだ。


彼には申し訳なかったが、ザックと父上の前でカペラには僕に忠誠と誓ってもらった。


二人が証人となったことで、表向きだけでも彼の所属はレナルーテからバルディア家になる。


これにより、カペラとザックが繋がっていたとしても、その行為が露見した時点でカペラは処分の対象となる。


当然、推挙したザックや関わったエリアスも同罪になるはずだ。


ザックとカペラの二人にとって少しは牽制になるだろうし抑止力にもなると思う。


即興で考えたにしては上出来じゃないだろうか? 


「ライナー様、リッド様。それでは、私はこれで失礼させて頂きます」


父上と僕の返事を聞き終えたザックは、満足した様子で僕達に別れの言葉を述べると、立ち上がり一礼した。


彼は顔を上げると部屋から退室する為、ドアに向かい進んで行くが急に「ピタリ」と足を止めた。


そして、何か思いついたように僕に振り返り悪戯な笑みを浮かべながら言った。


「……今日はファラ王女と随分とお楽しみになられた様子ですが、あまり無茶をしてはなりませんぞ? お二人は様々な方に将来を期待されておりますからな…… では、失礼いたします」


「なっ⁉」


彼の言葉に父上は眉が「ピクリ」と動いて、眉間に皺が寄った。


カペラを二人の前で僕に忠誠を誓わせた意趣返しだろうか? 


去り際に置土産を残して退室する彼らの後ろ姿に、僕は「なんて負けず嫌いな人なのだろう」と思っていた。


彼らが部屋を出て行くと、父上が低い声で僕に話しかけてきた。


「……リッド、今の言葉はどういう意味だろうな?」


「さ、さぁ……私も、意図がわかりかねますが……」


父上の言いつけを破って、城下町にファラ達と出かけていました‼ 


と、さすがに言えないと思った僕は何とかごまかそうとしていた。


そんな僕の表情を父上は鋭い目で射抜くように見つめると予想外の発言をした。


「ふむ、そうか。ならば、ディアナにも聞くとしよう」


「え⁉ ディアナにもですか⁉」


思いもしない父上の発言に思わず、聞き返してしまった。


そんな僕を父上は怪訝な表情をしながら言った。


「……どうした? 何か不都合でもあるのか?」


「い、いえ……」


平静を装っているが僕は内心「どうしよう」と慌てていた。


恐らく父上は何か情報を得ている。


ザックから聞いたのか、それとも何か別筋から得たのだろうか?


そんなことを考えていると呼ばれたディアナが部屋に入ってきた。


彼女は僕の横に立ち、姿勢を正して一礼した。


「お呼びでしょうか。ライナー様」


「うむ。ディアナ、お前に聞きたいことがある」


僕を鋭い目で睨んだ後、父上はディアナに視線を移しておもむろに言った。


「ディアナ、お前とリッドは今日どのような動きをしていたのだ? 嘘偽りなく教えよ。よいな?」


「……はい。承知致しました」


父上に「嘘偽りなく」と言われたディアナは今日の事の顛末をすべて父上に話をした。


ただ、僕がメイド姿に変装した部分だけはごまかしてくれていた。


彼女の説明を聞いた父上の表情はどんどん険しくなっていく。


マレインの屋敷の騒動まで話をすると、ディアナは話すのと止めて僕に目配せをした。


そこからは先は母上に関わる話だから僕にしてほしいと言う事だろう。


僕は、険しい顔をしている父上に恐る恐る言った。


「……父上、今までディアナが話したことはすべて事実です。これから話す内容は母上の病に関わるので私からお伝えしてもよろしいでしょうか?」


「……わかった。話してみろ」


僕は父上にクリスの紹介により出会った、ニキークの事を伝えた。


彼が調査した結果、魔力枯渇症はレナルーテではほとんど発生していない。


恐らく日常的に摂取している存在が予防になっているではないか? 


という仮説の元に「レナルーテ草」という山菜が特効薬に繋がる薬草になる可能性が高いことまで突き止めていたことを伝えた。


その薬草は今後、クリスを通して「ルーテ草」と名を変えてバルディア家で仕入られるように手筈も整えてきたと説明した。


僕が話し終えると父上は険しい顔をしながら、何とも言えない雰囲気を出していた。


「ふぅ……詳細はわかった。だが、リッド。お前は貴族であり、上に立つ立場になる人間だ。そのお前が『結果が良ければ、すべて許される』ということを率先して行ってはならん」


父上は僕を真っすぐ見据えると、苦言を呈して諭すように言葉を続けた。


「貴族、騎士団や軍などに何故、規律があると思うのだ? それは、誰もが功を焦り身勝手な事をすれば、組織は成り立たない。勿論、場合によってはその行動が正しい結果を生むこともあるだろう。だが、今回は違う。私に理由を説明すれば良かった話ではないのか?」


「……そうですね。父上の仰る通りだと思います」


確かに、今回の僕は焦り過ぎていたかもしれない。


城下町に行きたいと話をした時に父上から駄目だと言われて、すぐ引き下がってしまった。


安易に、「こっそり出れば何とかなる」と思ったのは確かだった。


「……わかってくれたなら良い。だが、今度こそ城下町に出ることは禁ずる。どうしても、必要な場合は私に必ず言いなさい。わかったな?」


「……承知致しました。父上、ご心配とご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


僕は言葉を言い終えると、父上に向かって頭を下げた。


その動きを見ていた、ディアナも一緒に頭を下げていた。


「……もう良い。頭を上げなさい。それよりもディアナ、問題はお前だ」


「……はい。ライナー様、覚悟は出来ております」


彼女は父上の言葉に静かに頷いた。


その様子に僕は驚いて声を上げた。


「父上⁉ ディアナは僕に付き従っただけです‼ 罰を与えるのであれば、僕が受けるべきです‼」


「リッド、お前は貴族の嫡男だ。ディアナはどのような経緯であれ、お前を危険に晒した。それに、今回の行為は騎士としての護衛任務からも逸脱している。騎士団という組織として、これを許しては示しがつかん」


確かに、父上の言っていることは正しいかもしれないが僕は納得が出来なかった。


ディアナはバルディア家の騎士団に所属している騎士だ。


今回、護衛任務からは逸脱した行為だったかもしれない。


でも、その結果として母上の回復に繋がる薬草の情報に辿り着くことが出来た。


「……父上の仰ることはわかります‼ ですが、ディアナがいなければ薬草の情報に辿り着けなかったかも知れません。今回、手に入った情報で母上が回復すれば間接的とはいえディアナのおかげとも言えるはずです‼」


訴えを聞いた父上は、軽く首を横に振るとため息を吐きながら言った。


「はぁ……リッド、それが先程言った『結果が良ければ、すべて許される』ということだぞ? お前もわかっているだろう。それに、ディアナにこのような判断を下さねばならぬ結果を招いたのはお前自身だ。その点を反省するのだな」


「……リッド様、私のような者にそこまで仰って頂き、本当にありがとうございます。ですが、ファラ王女と城下町に出た時点で私は覚悟をしておりました。どうか、反省はしても後悔はされぬようになさって下さい」


二人の言葉に僕は自分の軽率な行いがどういった結果を招くのか、もっと考えるべきだったと俯きながら猛省していた。


父上はそんな僕達を見ながらおもむろに告げた。


「バルディア辺境騎士団所属、ディアナ。お前を除隊処分とする」


「……承知致しました」


ディアナは父上の言葉に静かに一礼するのみだった。


だけど父上は、そんな彼女の顔を上げさせると言葉を続けた。


「ディアナ、お前は騎士団を除隊となるがその実力と今までの貢献度は目を見張るものがある。よって、今後はこのままリッドの従者となることを命ずる。よいな?」


僕達は父上の言葉に目を丸くして呆気に取られてしまった。


だが、ディアナはすぐ「ハッ」となり言葉を発した後に再度、一礼した。


「承知致しました。寛大なるお心遣いに感謝いたします……」


カペラに続いて、ディアナまで僕の従者になるだって? 


急に従者が二人になったことに僕は驚きの表情をして父上を見た。


「……父上、理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「よかろう。ディアナ、お前にはリッドの従者となりやってもらうことがある。リッド、お前も聞くように」


父上は予想外の話に戸惑っていた僕達におもむろに説明を始めた。

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