第95話 従者
「ふぅ……やっと帰って来られた……」
クリスにはお礼を言ってから、迎賓館の前で別れた。
迎賓館の自部屋に戻るまではディアナが周りに気を遣ってくれた。
おかげで、何とか皆に気付かれずに部屋に戻れた。
僕は戻ってきたら速攻でメイド服から着替えて、ベッドに飛び込んだ。
今は、うつ伏せになりながら枕に顔を押し付けている。
「はぁ…… それにしても母上の病を治す、特効薬に繋がる薬草の情報を得られたのは嬉しいけど、色々と大変だったな……」
僕はため息を吐いて呟いたあと、瞼が重くなりとても強い眠気に襲われていた。
その時、ドアがノックされディアナの声が部屋に聞こえてきた。
「……リッド様、ライナー様がお呼びです」
「へ……? 父上が? わ、わかった、すぐ行く」
ベッドから起き上がり、眠気を取り払うように僕は目を手で擦りながら部屋を出た。
迎賓館で用意されている父上の部屋は二階の一番大きな部屋だと聞いていた。
ディアナが僕を先導するように進んでくれて、すぐ部屋の前に着いた。
僕は深呼吸をしてから部屋のドアをノックしながら「父上、お呼びでしょうか?」と言った。
するとすぐに中から「入れ」と返事があった。
ディアナは部屋に入ろうとせず、そのまま廊下で待機する姿勢を取っている。
ドアを開けて部屋に入ると、先客のザックと細身のダークエルフの男性が父上と何やら難しい顔をして話していた。
細身のダークエルフの男性は僕を見ると静かに頭を下げた。
ザックが「よろしいでしょうか?」と尋ねると父上は小さく頷いた。
「ゴホン…… リッド様、こちらは私の部下でカペラと申します。カペラ、自己紹介をしなさい」
ザックが咳払いをしてから声をかけると、カペラと言われたダークエルフはゆっくりと顔を上げた。
それから、僕に自己紹介をしてくれた。
「ご紹介頂きました、カペラ・ディドールです。以後、よろしくお願いいたします」
彼は言い終えると再度、僕に一礼した。
いきなりのことで事情がよくわからないが、とりあえず彼に頭を上げるよう伝えた。
彼が顔を上げると、その容姿に僕は少し驚いた。
黒髪と黒く鋭い目をした、イケメンである。
彼が醸し出す雰囲気はバルディア家の皆にはない、どこか緊張感があるものだった。
だが、それよりも僕は「カペラ」という名前に聞き覚えがあった気がしていた。
どこで聞いたのだろうか?
僕が思い出そうと考えに耽っていると父上から声をかけられた。
「リッド、ザック殿から今しがたある提案があった。お前にも関わりのあることだ。そこに座って一緒に話を聞くように」
「……はい。わかりました」
父上に促されるまま、ソファーに座った。
僕達はいま机を三方向から囲むように座っており、カペラだけザックの傍で佇んでいる。
「ライナー様、リッド様、申し訳ありませんな。さて、どこまでお話しましたかな?」
「……ザック殿がカペラ殿をリッドの従者にしたいということでしたな」
「へ……?」
僕は二人の言葉を聞くと、きょとんとした顔をしていた。
何故、急に僕の従者にザックがカペラを推挙するのだろうか?
何やら急にきな臭さを感じる内容に、僕はだんだんと怪訝な表情になった。
その様子をザックは微笑みながらみると僕に言った。
「僭越ながらリッド様はファラ王女との婚姻に前向きであると伺っております。それなら、レナルーテの文化に詳しい者が近くにいれば、より準備がしやすいのではないかと思いましてな」
「なるほど……」
彼の言葉に僕は頷きながら父上に目線を送るが、特に変化はない。
どうやら、この件は僕に任せるつもりのようだ。
少し思案してから僕はザックに返事をした。
「……ですが、ファラ王女との婚姻はまだ決定ではありません。それに、レナルーテの文化や王女を迎える準備ということであれば、僕の「従者」である必要はないかと存じますが?」
「……私はリッド様とファラ王女の婚姻は決定していると睨んでおります。それに、この時期に来るのであればそう思うのは当然でございます。加えて、リッド様がエリアス陛下の前で見せた麒麟児ぶりは我が国の華族内で知らぬ者はおりません。総合的に考えて、ファラ王女のお相手はリッド様以外はおらんでしょうな」
言い終えるとザックはにっこりと微笑んでいた。
彼の話の内容には筋のおかしい部分はない。
だが、わざわざ「従者」に推挙してくる以上は何か意図があると思う。
僕は父上に目線を送りながら質問した。
「……父上はどうお考えなのですか? 僕が返事をして良いのでしょうか?」
「ふむ。私はこの件についてはお前に任せようと思っている。お二人には失礼な言い方になるが、従者に相応しいか人物かどうかは自分で見極めてみるのだな」
「ふふ、さすがはライナー様、手厳しいですな」
ザックは父上の言葉に不敵な笑みを浮かべていた。
カペラは何も言わずに佇んでいるままだ。
カペラの表情を見るが、無表情で感情を読むことは出来ない。
父上が止めずに僕に任せたということは、恐らくザックと父上は裏で繋がっている可能性が高い。
とすれば、考えられる可能性としてあるのは、僕を試しているのだろうか?
そう思った時に先程「カペラ」という名前に聞き覚えがあった理由を思い出した。
「カペラ」というキャラが確か「ときレラ!」に居たのだ。
フリーモードで使えるようになるキャラの一人で、諜報活動などが得意な感じのキャラだったはずだ。
ステータスは攻撃力と素早さ特化で防御力が低かった気がする。
でも、やっぱりストーリーにどう絡んだかまでは覚えていない。
考えを戻すとキャライメージから察するに、彼はこの国の諜報員か何かの一人ではないだろうか?
その彼を部下としており、父上と話し合いが出来る立場のザックは恐らくその組織のトップに名を連ねる人物かもしれない。
そう思った瞬間、ザックの微笑みにうすら寒いものを感じた。
ザックは敏感にもその雰囲気を察したのか怪訝な表情で声をかけてきた。
「……どうかしましたか? リッド様」
「いえ、何でも…… それよりも、僕の従者に彼を推挙するザックさんの目的は何でしょうか? まさか、本当にファラ王女を迎える為だけに用意した人材とは言いませんよね?」
平常心を装いながら、僕は彼に核心を聞くことにした。
恐らく、ザックには腹芸では絶対に勝てない。
それなら、正直に話すほうがまだ良いかもしれない。
僕の言葉に少し目を丸くした彼は、不敵な笑みをこぼして楽しそうに返事をしてきた。
「フフ、リッド様はやはり面白いですな」
彼はそう呟くと、カペラを見ながら言った。
「カペラは非常に優秀な男です。私が彼をリッド様に推挙する理由はただ一つ。カペラにはリッド様の影になってもらおうと思っております」
「……影、ですか?」
ザックは目線をカペラから僕に移して見据えると、物腰が柔らかい様子からは想像も出来ないような殺気を醸し出し始めた。
「リッド様はとても素晴らしい才能をお持ちです。麒麟児、神童、天才など、どの言葉も当てはまるでしょう。そして、人を導く厳しさと優しさも兼ね備えております。ですが、それだけでは大切な者を守ることは出来ません」
「……その為に『影』が必要だと言うのですか?」
彼は静かに頷くと言葉を続けた。
「そうです。そして、これは我が王、エリアス陛下からのご依頼でもあります。カペラはリッド様とファラ王女を影から支え、守る者として選ばれた男です。必ずやお力になるでしょう」
「なるほど……」
エリアス陛下からのご依頼、という言葉を聞いた瞬間にすべてが繋がった気がした。
父上とザックはやはり繋がっていて、三人で僕がカペラの主人として問題ないか試したのだろう。
「任せる」と言いながら実際には僕に「任せられるか」を見ていたわけだ。
中々に意地の悪いことをする大人達だな。
僕は何かいい返事がないか思案して、微笑みながら言った
「……そうであれば、カペラさんにお願いがあります」
「なんでしょうか?」
カペラは無表情のまま僕に返事してきた。
僕は気にせずに言葉を続ける。
「僕の従者になるのであれば、この場で僕、リッド・バルディアに忠誠を誓うことが出来ますか? 父上とザック様には証人をお願いしたいのですがよろしいでしょうか?」
これは、試されたことに対する僕なりの意趣返しだ。
カペラをこのまま僕の従者にするのは簡単だ。
首を縦に振ればいい。
でも、それだけだとカペラの主人が曖昧になってしまう気がした。
勿論、忠誠を誓ったところでザックとカペラの繋がりは何も変わらないかもしれない。
だが、父上とザックの前で僕に忠誠を誓う以上、カペラは表向きは完全に僕の従者となる。
所属もレナルーテではなく、バルディア家になるわけだ。
ザックからすれば自分の組織から出向させるつもりぐらいだったかも知れない。
彼が推挙するほど優秀な人財なら、表向きだけでも容赦なく頂いて行こうというわけだ。
僕が言い終えると、カペラの無表情な顔の眉がピクリと動いた気がする。
その時、父上が僕の言葉にすぐさま乗って来た。
「確かに、それは良いな。ザック殿が『優秀な男』と推挙するほどの人財だ。リッドさえ良いのであれば、歓迎しよう」
「父上にもそう仰って頂けると助かります。ザックさんも、それで良いでしょうか?」
ザックは、呆気に取られていたが咳払いをすると悔しくも楽しそうに返事した。
「ゴホン……わかりました。まさかそこまで踏み込んでくるとは思いませんでしたな」
その後、カペラは父上とザックの二人を前にして僕、リッド・バルディアに忠誠を誓った。
これにより、カペラは正式に僕の従者となった。
勿論、ザックとの繋がりが切れたわけではないから油断はできない。
でも、頼れる人財であることは間違いないと思う。
僕はカペラの無表情な顔を、満面の笑みで見ながら言った。
「ゴホン……カペラ、これからよろしくね」
「……身命を賭してお仕えいたします」
カペラは最後まで無表情のままだった。
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