第43話 父上と訓練(2)
「リッド、お前は胆力という言葉を知っているか?」
「ハァ…ハァ…、胆力とは「何事にも動じない精神力」でしょうか……?」
僕は息を整えながら、父上に返事をした。
普段、ルーベンスとしている武術訓練だが、今日はどういうわけか父上が途中から参加している。
いま、まさに父上から指導を受けていた。
「そうだな、その認識で良い。お前もいつか体験する実戦においても、胆力があるとないとでは生死にも関わる。今日はお前にその胆力がいまどの程度あるのか見てやろう」
言っていることは何となくわかるが、「胆力がどの程度あるのか」をどうやって見るのだろうか?
そんなことを思っていると、父上は木剣をルーベンスに渡して代わりに「サーベル」を受け取った。
そして、おもむろにサーベルを鞘から抜いて、全体の刃を見て呟いた。
「ふむ。刃こぼれもない。問題はなさそうだな」
「ち、父上、そのサーベルで何をどうするおつもりでしょうか?」
僕は父上がサーベルを見ている様子を見て、背筋がゾッとするのを感じた。
サーっと顔が青ざめる。
同時に拒否反応のように自然と足が後ずさりを始めた。
そんな様子をみて父上は嬉しそうに言った。
「さすがのお前も胆力は人並みのようだな。これは鍛えがいがありそうだ」
「な、何を鍛えるのでしょうか?」
「言ったであろう。胆力だ。リッド、今から言うことを絶対に守れ」
「は、はい」
父上の言葉には嫌な予感しかない。
僕は、ルーベンスの言っていた「私には立場上出来ない」と「特殊な指導方法」という言葉が脳内に響いて青ざめていた顔がさらに白くなったのを感じた。
その様子を見ていた父上はますます、嬉しそうに言った。
「いい、反応だ。ではリッド。そこで直立不動の姿勢を取り、何があっても動くな。そして、私の動きから目を逸らすなよ?」
「……承知しました」
僕は「もうどうにでもなれ」とまっすぐ立って、父の動きから目を逸らさないように意識した。
「よし、ではいくぞ」
意を決した僕の様子を見た父上は、サーベルを構えまっすぐに僕を見つめる。
それと同時に、父上から普段感じたことのない威圧感が放たれる。
まるで、自分の心臓を掴まれているような感覚すらある。
そして、放たれていた威圧感が僕に集約してくるのを感じる。
それと、同時に心臓の鼓動が早くなり、この場から今すぐにでも立ち去りたい衝動に駆られる。
父上はそんな僕にサーベルの先端を向けると「いくぞ」と一言呟いた。
その瞬間、父上は足を僕に向かって踏み出し、サーベルの剣先を真っすぐ僕に向かって素早く突き出してきた。
その瞬間、父上が僕に向けていた威圧感の正体を理解した「殺気」だ。
「うわぁああああ‼」
僕は剣先が顔めがけて来る恐怖。
父上から感じたことのない殺意に慄き、目を瞑り、顔を手で隠し、情けない声を出してその場に尻もちをついてしまった。
尻もちを付いたまま、瞑ってしまった目を開けると、父上が剣先を僕の顔の前に突き出していた。
「胆力に関しては人並み、年相応か。ようやく鍛えがいのあるものが見つかったな?」
父上はおどけたような声で言うが、顔は厳格なままで一切笑っていない。
その目は鋭く、僕を射抜いていた。
「立て」と父上に言われ、深呼吸をしてから僕は立ち上がった。
「何故、目を瞑った。私の動きから目を逸らすなと言ったはずだぞ?」
「……申し訳ありません。父上からの初めての殺意。そして、サーベルの恐怖に慄きました」
僕はさっきの様子を再度思い返す。
父上が僕を殺すようなことはしない。
そう、頭でわかっていても目の間に迫る、真剣のサーベルの剣先は怖かった。
あんな恐怖は前世も含めて初めてだった。
「それでよい。最初は誰もがそうだ」
父上は僕に諭すように説明を始めた。
「いま、お前は私の殺意とサーベルという武器の恐怖に心が呑まれて負けたのだ。実戦ではこの恐怖に打ち勝つために必要なものが胆力だ。もし、胆力がなく恐怖に呑まれた時、お前に訪れる未来は死だ」
「……はい」
「だが、恐怖を感じるなと言っているわけではない。恐怖を感じなければただの向こう見ずになり、実戦では大事故に繋がる可能性もある。ゆえに、恐怖に打ち勝つことに慣れなければならない。わかるな?」
つまり、父上はいずれ来る実戦に備えて今から、「迫りくる死の恐怖に打ち勝つ胆力」を僕に教えようとしている。
それも、真剣を使って。
だが、事前にこの恐怖を知っているか知らないかでは、全然違うのだろうということはわかる。
ルーベンスとの木剣による訓練も、怪我をする可能性はある。
でも、死に繋がるようなことまでは意識しない。
何故なら、木剣の殺傷能力は低いとわかっているからだ。
だが、サーベルのような真剣ならどうだろうか?
実際、即死の可能性だってある殺傷能力が高い武器だ。
そんなものを持った、殺意の持つ相手を目の前にすれば、最初は誰だって慄いてしまうだろう。
だからこそ、父上は僕にこの訓練を施すのだろう。
「はい。わかり…ます」
「よし、では私が今からお前にギリギリ当たらない程度に剣を振る。目を瞑らずに、私の動きをしっかり目で追いなさい」
父上はそういうと、殺意を僕に集約して紙一重で僕の周囲でサーベルを振った。
自分の周りに父上が振るサーベルで風が切れる音が響く。
少しでも体を動かせば、大事故に繋がってしまいそうだ。
父上の実力から事故が起きることはないだろう。
それでも、サーベルの刃が自分の周りを紙一重で振られる恐怖は凄まじい。
最初は反射的に目をどうしてもつぶってしまう。
目を見開くように意識してようやく見えてくる。
しばらくすると、恐怖に慣れてきたのか、父上の剣筋をしっかり目で追えるようになってきた。
恐らく恐怖に慣れるというのはこういうことなのだろうと思う。
その様子を見た父上は言った。
「ふむ。大分慣れてきたな。では次の段階にいくか」
かなり不穏なことを呟いた。てか、次の段階ってなんだよ。
そう思ったのも束の間。
父上はルーベンスを訓練場の隅に立たせ、ルーベンスに預けていた木剣で地面に線を書くと言った。
「この線を越えて、ルーベンスまでたどり着け。私は、このサーベルを使いその前に立ちふさがる。しっかりと目を見開いて私の動きを追わないと、大変だぞ?」
「アハハ……」
僕はもう乾いた笑しかでなかった。
その後のやりとりは酷かった。
僕がルーベンスに向かって進むと父上が殺意の乗せたサーベルを持って襲い掛かってくる。
それを避けながらルーベンスに辿り着かないといけない。
父上とのやりとりで着ている服や髪の毛などにサーベルが掠り、切れた。
だが、当然だが僕自身までは剣が届かない。
訓練を通して父上の技術に僕は驚愕していた。
そして、恐怖にどうにか打ち勝ち、ようやく父上の猛攻を潜り抜けルーベンスの元に辿り着いた。
その時の僕の服はサーベルによってズタボロにされていた。
そんな、僕の様子を見てルーベンスが言った。
「お疲れ様です。リッド様、ライナー様の猛攻を潜り抜けるなんて、やはり素晴らしい才能をお持ちですよ」
「ハァ…ハァ…、ありがと…う」
ルーベンスは喜んでくれた。
ただ、僕は息も絶え絶えな状態だ。
父上の剣筋は容赦がなかった。
最初の直立不動で剣筋に目が慣れていなかったら、大事故になっていたのではないか?
そんな、タイミングが何度かあった。
でも、父上のあの殺意とサーベルから比べたら、木剣なんて本当にただの訓練用だな。
と思っていると、父上はとんでもないことを言った。
「今日はこれまでだが、今後の武術訓練には私も参加して、この訓練を毎回行ういいな?」
「へ……?」
父上はサーベルを鞘にしまい、ルーベンスに渡しながら厳格な顔に少し嬉々とした様子が出ている。
父上なりの優しさかもしれないけど、怖すぎる。
するとルーベンスが僕に耳打ちしてきた。
「ライナー様はリッド様に、何かご自分でも伝えたいと思っていたみたいですから。胆力訓練が出来て嬉しいのだと思いますよ」
「ちょっと、方向が間違っている気がするよ……」
僕は、父上の背中を見ながら「トホホ……」と肩を落とした。
「にーちゃま‼」
突然、可愛らしい声が訓練場に響いた。
声のしたほうを見るとそこにはメルと、メイドのダナエがおり二人してこちらに向かってきた。
近づいてくると、メルの顔が泣きそうな顔をしている。どうしたのだろう?
メルは僕の様子を見ると、父上を「キッ」と睨むとハッキリと大きな声で言った。
「ちちうえ‼ にーちゃま、いじめたでしょ‼ キライ‼ キライキラーイ‼」
メルは泣き始め、父上の足を手で「ポカポカ」と叩いている。
父上は困った顔をしながら呟いた。
「……メルディ? どうしてここに?」
「申し訳ありません。メルディ様がどうしてもリッド様に会いたいと申しまして……」
「そ、そうか……」
「ただ、皆様、訓練中でしたのでその様子を訓練場の端で見学しておりました」
父上の質問に答えたのはダナエだった。
なるほど、つまり僕が父上にサーベルで切りつけられていた様子をメルは遠くから見ていたのか。
「ちちうえ‼ にーちゃま、キズだらけにして‼ キライだもん‼ にーちゃま、くんれんはおわったでしょ⁉ いこう‼」
「え? う、うん」
今日の訓練は一応終わったはず、と思いルーベンスを見るとにこやかに頷いている。
対して父上はメルに嫌いと言われ続けて肩を落として「ズーン」と暗くなっている。
僕はメルに手を引っ張られて、その場を後にした。
メルはこの間のように絵本を読んで欲しかったらしい。
それでダナエと一緒に訓練場に来た時に父上と僕がサーベル訓練をしていたのを見学して衝撃を受けたようだ。
滅多に来ないメルが訓練場に来た日に行われた新しい訓練。
父上の間の悪さに、少し苦笑してしまった。
その後、さすがに訓練でズタボロになった服や乱れた髪を整えたあとに、メルの希望通り絵本を読んであげた。
その間もメルは「ちちうえ、キライ」と言っていた。
でも、目にしたこと、見たことがすべてじゃない。
僕は絵本を読みながらメルに優しく、父上との訓練を説明した。
「僕の為に心を鬼にしているだけだから、そんなこと言っちゃダメだよ」
「そうなの?」
「うん。あの訓練はとても怖いよ。でも、あの訓練をしないと本当に怖いことが起きた時に、体が動かなくなっちゃう。父上は僕がそうならないように、心を鬼にして「怖さ」を教えてくれたのだよ?」
「ふーん。でも、やっぱり、にーちゃまをあんなふうにするのはキライだもん……」
「そっか。でも父上の気持ちは理解してあげてね?」
「……キライだけど、わかった」
「うん。メルは良い子だね」
「……えへへ」
メルは良い子と言われて、可愛らしい微笑みをうかべて、くすぐったそうに体を揺らしていた。
後日、ダナエからメルが父上に「嫌い」と言ったことを謝ったと聞いた。
メルなりに考えてくれたのだろう。
ちなみに、父上の訓練はメルに嫌いと言われてからは少し僕に手加減していた気がする。
だけど、メルが父上に謝ったとされる日からは今までの分を取り戻すように、苛烈になった。
父上が訓練とはいえ上機嫌でサーベルを振って襲ってくる姿を見て、僕はメルに父上との訓練を説明した事を後悔する日々がしばらく続いた。
このことは胸に秘めておこう……
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