第44話 レナルーテ王国の会議
「陛下、マグノリアの返事をそのままお受けになるおつもりか?」
「マグノリアの言い分は、約定通りだ。破っているわけではない。それに、今回の訪問はあくまで婚姻を決定するものでないとあったはずだ」
レナルーテ王城の本丸御殿ではマグノリアからきたレナルーテの姫君との婚姻についての回答により連日、会議が行われていた。
もちろん、マグノリアとの密約を知る上級華族だけでの会議である。
「しかし、今の時期にマグノリアの辺境伯の息子。しかも、姫君と同じ年齢であれば決まっているも同然ではありませんか? エリアス陛下もそれはおわかりのはずです」
「くどいぞ、ノリス。ではどうしろというのだ? バルスト事変におけるマグノリアとの密約はお前も知っているはずだ。この状況でマグノリアに何を言えというのだ?」
ノリスと言われた男は黒い髪に青い目をしたダークエルフだ。
恐らくかなりの高齢と思われ、ダークエルフながら顔には少し年齢を感じさせる印象があった。
対して、エリアス陛下と呼ばれた男性は黒い髪に、黄色い目をしているダークエルフで特に年齢を感じさせる要素はない。
二人はお互いに険しい顔をして意見をぶつけ合っている。
そして、ノリスはエリアスに言った
「マグノリアとの密約には確かに、「皇族もしくはそれに準ずる貴族」とありました。それであれば、まず皇族と姫が縁談をするのが筋でございます。その上で破談となり「準ずる貴族」であれば私も納得致します。ですが、今回のようにいきなり「準ずる貴族」となれば我がレナルーテと陛下の子である姫が軽んじられているとしか思えません」
エリアスの険しい顔の眉間に皺がよった。
ノリスの言い分もわからなくはない。
エリアス自身、密約があるとはいえ姫は「皇族」と婚姻すると思っていた。
だが、決定ではないがレナルーテに候補者として来るのは辺境伯の息子だという。
これには、エリアスも驚いた。
だが、あの「ライナー・バルディア辺境伯」であれば悪い話ではないと同時に思ったのである。
「ノリス。お前の言い分もわかる。だが、相手はあのマグノリア帝国において「最強の剣」と称えられている、ライナー・バルディア辺境伯の息子だぞ? しかも、我が隣国でもある。これはこれで良い条件だと思わんか?」
マグノリアでは辺境伯は公爵と同等に扱われる位である。
そして、ライナー・バルディア辺境伯とグレイド・ケルヴィン辺境伯は帝国の軍事行動においては「剣と盾」と称されるほどの実力であり、軍事力においては帝国内でも2トップだろう。
今回のバルディア辺境伯は「剣」と評される存在である。
しかも隣国だ。
バルスト事変が落ち着いたとはいえ、今後のことを考えると帝都の皇族や中央貴族よりも実益は恐らくバルディア辺境伯の息子と婚姻したほうが良い。
エリアスはそう考えていた。
だが、ノリスは違う。
ノリスはマグノリアと結んだ同盟という名の属国。
密約を結ばされ、対等な立場で交渉出来なくなったことを非常に悔しがっていた。
そして、機会があればマグノリアと対等な立場になれるようにと国内で画策している。
エリアスはノリスの動きをすべてではないが、把握していた。
だが、マグノリアとの密約においてはノリスのように思っているダークエルフは他にもいる。
ノリスを泳がすことでその勢力のガス抜きになるようにしているのだ。
だが、こういった話になるとノリスはなかなか下がらないのが悩みの種である。
エリアスが言った言葉に、ノリスが険しい顔のまま答えた。
「はい。陛下の言い分も、もっともでございます。ですが、私共と致しましては、辺境伯との話は、皇族との縁談をしてからが筋だと進言しているのみでございます」
エリアスは永遠とも思える議論の平行線に頭が痛くなってきた。
ノリスは皇子と姫の縁談を諦めるわけにはいかなかった。
姫とマグノリアの皇子を縁談させれば、婚姻出来る可能性は0ではない。
だが、会うことも出来なければ可能性は0だ。
レナルーテの姫君が将来マグノリアの皇后になれば、帝国の中枢にレナルーテから為政者を生み出すことが出来る。
ダークエルフの出生率は低いが子供が生まれればさらに、強い権力を手に出来る可能性もある。
ノリスはマグノリアから属国を提示された屈辱を忘れたことはない。
だからこそ、レナルーテの姫を皇后にすることでマグノリアに意趣返しも出来ると考えていた。
だが、エリアスはノリスの考えていることに大体の想像がついていた。
ノリスはレナルーテという国に生まれたことに、ダークエルフとして高い誇りを持っている。
だからこそ、属国となったことを非常に屈辱として感じていた。
その性格から察するに、姫を帝国に送り込みあわよくば、帝国の中央権力に入り込もうとしているのだろう。
だからこそ、エリアスもノリスの意見を受け入れるわけにはいかなかった。
国として、ダークエルフとしての誇りも大切だが、誇りを優先して国と民を王が犠牲にするわけにはいかない。
大きなため息を吐くと、エリアスは強く言った。
「はぁ……ノリスの言い分もわかるが、ライナー辺境伯とご子息がレナルーテに訪問することは、決まったことだ。こちらが婚姻の時期を打診しておいて相手が気に入らないから、皇子を寄こせと言えば外交問題になる。辺境伯の息子に問題でもあれば別だが……」
平行線の話を永遠としていて疲れていたのかもしれない。
エリアスは自分の言葉に失言があったことにすぐ気が付いた。
だが、ノリスがその言葉を聞き逃すわけがない。
「……確かに、辺境伯のご子息にレナルーテの姫を渡せるほどの技量があるかどうかは、調べねばなりませんなぁ」
エリアスが険しい顔をしているのに対して、ノリスはニヤリと意地の悪い顔をしている。
そして、ノリスは自分に付いている華族達に目配せをする。
すると、あちこちより「確かに」「その通りだ」という声が聞こえてきた。
エリアスは心の中で舌打ちをして、苦々し気な顔をしながら、ノリスに聞いた。
「何をするつもりだ?」
「いえいえ、他国の来賓に失礼な真似はできません。ですが、こんな趣向はどうでしょうか……?」
エリアスは自分の失言に後悔しながら、ノリス達のペースとなってしまった会議に頭を抱え続けた。
◇
会議が終わり、自室に戻るとエリアスは大きなため息を吐いた。
「マグノリアに我が姫を送り込んだところで、わが国が対等な立場になれるわけがなかろう……」
マグノリアが皇子と姫の縁談をしなかったのは、恐らく属国となったレナルーテの姫君と皇子を結婚させたところで帝国側にメリットなどないからだ。
恐らく、帝国中央にいる貴族達が王に意見したのだ。
マグノリアの上級貴族達は優秀な人材が多い。
もちろん、全員ではないが、少なくとも公爵、辺境伯達は一癖も二癖もある強者ばかりだ。
エリアスはマグノリアの強かさを、バルスト事変で嫌と言うほど知った。
エリアス自身、属国ではなく同盟で留めようと必死に交渉した。
だが、マグノリアが折れることはなかった。
国として滅亡するか、属国として生き残るか。
王として非常につらい判断をすることになってしまった。
だが、マグノリアは密約を含め約束を守る国だった。
バルストに対しても、強く圧力をかけて拉致された自国の民を救ってくれた。
故に、レナルーテ国内においてはマグノリアに対してとても友好的である。
その時、マグノリアと密約を結んで正解だったと安堵したのである。
もちろん、エリアス自身、国として属国の立場を改善したい気持ちもある。
だが、属国であることをやめれば、またバルストとのいざこざが発生するだろう。
そう考えると抑止力も含んだ「マグノリアという傘」は一つカードになると気付いたのである。
恐らく、ノリス達もそれには気付いているのだろうが、独立国としてやってきた誇りが邪魔をして認めきれないのだろう。
「ふぅ……難儀だな……」
エリアスは自然と上を向いて一人呟いていた。
それから間もなく、ドアがノックされたので、返事をしたところ、「失礼します」とダークエルフの少年が部屋に入って来た。
彼は、エリアスと同じ黒髪と黄色い目をしたダークエルフだ。
「父上、会議お疲れ様でございました」
「レイシスか、どうした? 何用だ?」
レイシス・レナルーテ、彼はレナルーテ国の第一王子である。
レイシスはおもむろに口を開いた。
「父上、妹を、ファラを婚姻という名のもとに、やはりマグノリアに人質として出すおつもりなのでしょうか?」
レイシスの言葉にエリアスの顔は険しくなった。
「……そのようなことを誰がお前に言ったのだ?」
大方、ノリスだろうと当たりはつけている。
レイシスの母親は遠縁だがノリスとも血の繋がりがある。
ノリスが昨今、強く出てきているのもそういった背景があった。
「……誰でも良いではありませんか。重要なのは妹が国外に人質として嫁に出されるということです。何故、そこまでする必要があるのですか? ファラはまだ6歳です。国内外でも6歳で婚姻出来る国などありません」
レイシスはマグノリアとレナルーテが結んだ密約についてはまだ知らない。
彼は8歳にしては中々聡明であり、武術の才もある。
いずれは密約も知るべきだろうが今はまだその時ではない。エリアスは言った。
「国同士の繋がりだ。何事にも例外はある、私とて自分の娘を意味もなく他国に嫁がすわけではない。お前もいずれ王となるのだ。言葉の裏に潜む意図の理解や状況から推察できることから仮説を作れる力をつけろ」
エリアスの言葉を聞いたレイシスは、険しい表情を浮かべ吐き捨てるように言った。
「それでも、納得出来ません‼」
子供とはいえ王子たるものがこうも簡単に感情を出してはまだまだか、エリアスは首を横に振ると諭すように言った。
「……自室で頭を冷やせ」
「……申し訳ありませんでした」
エリアスに一礼すると、レイシスは部屋から出て行った。
「ふぅ……」
レナルーテの王の部屋に深く重いため息の音が響いた。
◇
レイシスはエリアスの部屋を出た後、言われた通り頭を冷やそうと自室に向かっていた。
その時、正面から妹のファラ・レナルーテとその従者がやってきた。
レイシスはにこりと微笑みながら妹に近づき、声をかけた。
「ファラ、どうしたのだ? こっちまで来るなんて珍しいな」
「兄上……。実は母上に部屋に呼ばれたので今向かっていたところなのです。兄上どうしてこちらに?」
「エルティア様からの呼び出しか……。いや、私は、父上と話していてね。でも、頭を冷やせと怒られてしまったよ」
「そうなのですか? 父上が兄上を怒られるのは珍しいですね」
ファラは紺色の髪に朱赤の瞳をしたダークエルフだ。
小さいながらとても可憐であり、母親の容姿からしても将来は美人になるであろうことが想像に難くない少女だ。
そして、その容姿を際立たせているのが歳不相応と感じるまでの綺麗な所作である。
彼女はレイシスから見ても可憐であり、自慢の妹であった。
だからこそ、王子として、兄として、家族として彼女を守りたいと思っていた。
そんな思いが、自然と妹を見ているレイシスの目力を強くする。
対して、ファラはその目線にすこし困惑しつつニコリと微笑みで返した。
ファラが微笑んだ時、二人の様子を見ていたファラの従者が声をかけた。
「姫様、差し出がましいようですが、急がないとエルティア様に怒られてしまいます」
「ああ、そうでしたね。……では、兄上失礼いたします」
「引き留めてすまない。エルティア様にもよろしく伝えてくれ」
ファラは微笑んでからペコリと一礼すると、その場を後にした。
二人の後ろ姿を見送るとレイシスは「必ず、俺が妹を守る」と一人呟いていた。
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