第8話 商人を探せ

父上に相談をした翌日の朝食は食堂に家族三人が集まった。


母上は病気の為、部屋から出られず参加出来なかった。


ガルンから母上はとても残念がっていたと聞いた。


それでも、メルはすごく喜んでいた。


食事をしながら会話をしている僕達を見ていた父上は、少し表情が崩れていた気がする。


「メルディ、私もメルと呼んでもよいか?」


僕とメルのやりとりを見聞きしていた父上が、厳格な強面のままで会話に横から入って来た。


突然のことで食堂に変な空気が流れた。


ガルンはにこにこしているけど、メイド達は目を丸くしている。


メルはそんな空気に物怖じせずに父上にハッキリと言った。


「んーとね、ちちうえはだめ‼ メルディのまま。メルってよんでいいのはそばにいてくれるははうえとにーちゃま、だけだもん‼」


「……そうか」


やばい。


父上が表情は崩さずに目を瞑っているが、凄いしょんぼりしてどんよりしている。


多分、内心は泣いていると思う。


ガルンは微妙に肩を揺らしている。


メイド達はお互いの脇腹をつまみあって何かに耐えている感じだ。


「ゴホン、父上。本日は領地を見て参りたいのですがよろしいでしょうか?」


咳払いをして、落ち込んでいる父上に視線を送る。


「……よかろう、護衛騎士は2名以上つけること。それから、馬車の手配はガルンに頼んでおけ」


「承知致しました」


僕と父上の会話を聞いていたメルが片手を上げてから笑みを浮かべて言った。


「メルもいきたーい‼」


「メルはまだ小さいから、もう少し大きくなってから行こうね」


「ええー‼ ヤダー」というとメルは「駄々っ子」攻撃を繰り出してきた。


だが、今日は重要な用事があるので残念ながら連れていけない。


帰ってきたら絵本を読む約束をすることで、メルには納得してもらった。


「さぁ、出発だ」


朝食が終わると必要なものを揃えて、馬車に乗り込み領地内にある一番大きい街に向かった。


と言っても、屋敷から近いので10分程度で着く距離だ。


バルディア領は辺境と言われているが、それは帝都から離れているから「辺境」と付いているだけだ。


見方を変えれば他国と帝都の中間地点に位置する領地になる。


一部の商品などについては、帝都よりも品ぞろえが良い場合もある。


領地内にある町の規模からも決して「ド田舎」というわけではない。


帝都よりも自由に使える土地が多いメリットもあり、他国よりもたらされた「オリーブ」の生産を独自に成功させ、精油などを帝都や隣国に販売している。


オリーブの生産は父上の発案で領地繁栄が軍事力、ひいては隣国に対しての抑止力にも繋がるという考えで行ったらしい。


ただ、それをよく思わない者達がおり、オリーブ事業を始めた当初は「辺境に行くと植樹が体験できる」と揶揄された。


成功してからは妬みとやっかみから「植樹領、植樹伯」などの陰口を叩かれるようになったのだとか。


馬車から見えていたオリーブ畑を過ぎると、町が見えてくる。


入口付近の検問所には行商の人達が順番待ちをしていた。


乗っていた馬車が一旦止まり、馬車の外にいた護衛が一人で先に検問をしている門番のところに走っていく。


少しすると戻ってきて「検問所の門番に話を通しました、行きましょう」と言うと、すぐに馬車が進み始める。


そうか、領主の息子なら優先的に入れるのか。


長い行列を横目に、町に入っていくのはちょっと恥ずかしいような、申し訳ないような気分になった。


「皆さん、ごめんなさい」と心の中で呟いた。


町内にあるバルディア家の別邸に馬車を止めて、徒歩で町の中を探索することにした。


目的は別にあるが、初めて異世界の町に来たのである。


好奇心が抑えきれず、露店や見たことのないお店にあちこち目移りしてしまう。


「リッド様、一人であまり行き過ぎないようにご注意下さい」


「ディアナの言う通りです。町は人も多いですし、危険がどこに潜んでいるかもわかりません」


目を輝かせながら、きょろきょろしていると護衛の二人から声をかけられる。


名前は「ルーベンス」と「ディアナ」で二人とも髪は茶色で瞳が青い。


何でも幼馴染らしい。


「うん、わかった。じゃあ、二人も街中では僕の事『リッド』でお願いね? 『様』って言われると、貴族か何かの子供っぽいからね」


名前の呼び捨てについては二人とも最初は戸惑ったが、「承知しました」と最後は折れてくれた。


服装は別邸で着替えて全員、少し質素なものにしている。


町中を歩きながら見回すと、基本的には人間が多いが、獣人やエルフなんかもいる。


異世界ってことを改めて実感する光景だ。


そんなことを思いながら歩を進めていると目的地の場所に着いた。


「……本当にここでよろしいのですか?」


ディアナが怪訝な顔をしながら言った。


たどり着いた先の看板には「クリスティ商会」とある。


恐らく、買い物をする際の護衛任務と思っていたのだろう。


「うん、ここで間違いないよ」


ドアを開けると「カランカラン」と鈴がなり、店に来客を告げる。


奥から「は~い」という声と「パタパタ」と足音が聞こえてきた。


「いらっしゃいませ‼ 何をお探しでしょうか?」


お店の奥から出てきたのは可愛い猫耳と尻尾があり、黒髪とくりんとした黒い瞳の女の子だった。


黒髪と黒い瞳の人に会えたのが懐かしいと思いながらも、ついつい猫耳と尻尾に目がいってしまう。


「……? どうされました?」


「……失礼しました。実は先日、クリスティさん宛に手紙を送っていたのですが、今日はいらっしゃいますか?」


「あ⁉ ご主人様のお客様とは知らずに申し訳ありません。すぐに確認して参ります‼」


店員の女性は言い終えると足早に店の奥に戻っていった。


その間に、店内にある商品を見回す。商品が綺麗に陳列されて店内も綺麗だな。


店舗管理をしっかりしている証拠かな。


商品を見ていると、お店の奥から綺麗な女性がやってきて声をかけられた。


「リッド様、お待たせして申し訳ありませんでした。私がクリスティ商会、代表のクリスティ・サフロンです」


「手紙でご連絡させて頂いた、リッド・バルディアです。よろしくお願いします」


彼女の肌は白く透き通っており、髪は綺麗な黄金色で緑の瞳と合わさってとても神秘的な雰囲気を出している。


何より、視線が行ってしまうのが黄金色の髪から出ている細長い耳。


そう彼女はバルディア領内で唯一「エルフ」で商会をしている女性だった。


クリスティ商会を知ったのは、父上に商売をしたいと話した翌日に、ガルンに良い商会がないか相談をした時だ。


その際、帝国内に関わらず様々な場所への販促ルートが見込めて、今後発展しそうな商会。


という難題を吹っ掛けたのだ。


ガルンは少し考え込んでから「一つ、心当たりがあります」と、エルフが代表をしているクリスティ商会を教えてくれたのだ。


彼から話を聞くと、すぐに「自分が行う商売について相談に乗ってほしい」と手紙を送ったのだ。


「では、応接室にご案内させて頂きます」


「はい、お願いします」


クリスティに案内された応接室は、お店の外見では想像できないほど綺麗で気品のある部屋となっていた。


彼女に促されるまま部屋のソファーに座った。


これから、商談だと思うと緊張する。


「ルーベンス、ディアナ。二人は部屋の外で待っていて欲しい」


「……承知しました」


二人はクリスティに視線を送り、一礼をして部屋を出て行った。


リッドの指示に従い出ていく二人を見て、彼女は少し驚いた表情をしていた。


「では、改めてよろしくお願いします。クリスティさん」


「ええ、よろしくお願いします。でも、良かったのですか? 護衛のお二人を部屋の外に出してしまって……」


「はい。これから、クリスティさんにお話しする内容は、時が来るまで出来る限り内密にしてほしいので」


「はぁ……それでしたら構いませんが」


「では……」


クリスティは目の間に緊張しながら座っている子供を見ながら、少し前の出来事を思い出していた。


彼女は、「リッド・バルディア」なる者から届いた手紙の中身が「商売の相談に乗ってほしい」という意図であると理解した時、あまりに突拍子もない内容に目を疑った。


辺境伯の子息はまだ年端もいかない子供だという。


子供に商売の何がわかるというのか?


「子供の我儘にも困ったものね……」


彼女は心の中で、つい舌打ちをしてしまった。


クリスティはエルフ領内にある商会の長女だった。


彼女には兄がおり、両親は兄妹に分け隔てなく商売を教えた。


長男にも充分な商才があったが、クリスティはそれ以上の商才を持っていた。


だが、商会に続く世襲制により家督は長男が継ぐことになる。


クリスティは兄がいずれ家督を継ぐことはわかっていたことだ、一緒に商会を支えていこうと思っていた。


ところが、長男が家督を継ぐと意図しないところで煙が上がり始めてしまう。


実績も商才もある「クリスティ」が家督を継ぐべきだった。


と言い始める者が商会の中から出てきたのだ。


その声は次第に大きくなっていった。


商会の分裂を恐れたクリスティは実家の商家から離れて、新しい自分の商会を立ち上げることにした。


その際に考えた立地条件が実家と商圏が重ならず、エルフの商会がほとんどない場所。


結果、当てはまったのがバルディア領だった。


クリスティは物思いから現実に戻ると、目の間にいるリッドなる子供を見据えて心の中で呟いた。


「まさか、実家に関わらないように選んだ場所で、貴族の子供の遊びに付き合わされるなんてね。まぁ、適当に聞き流してバルディア家への突破口にしようかしら……」


クリスティは頭の中でスイッチを入れた。この話し合いを早く終わらせて、少しでも自分のメリットになる方法を考え始めていた。



屋敷の書斎にある本で調べた内容の確認も含めて、屋敷にいるメイド達に聞き込みをしてみた結果、面白いことがわかった。


リンスや化粧水の考え方や類似商品がこの世界にほとんど存在していないことに気付いたのだ。


話を聞けば化粧品は存在するが、化粧後のケアについての考え方は知られていなかった。


事の発端は、書斎で植物の本を読んでいるときに「アロエ」を見つけた時だ。


この世界にもアロエがあるのかと思い「そういえば昔アロエ化粧水とかあったな」と呟くと、近くにいたダナエに不思議そうな顔で「化粧水ってなんですか?」と聞かれたのである。


その後、化粧水について簡単にダナエに説明したのだが彼女は驚いた表情になり言った。


「え……肌をケアするってどういうことですか? 洗顔と何が違うのですか? というか、なんでリッド様はそんなことを知っているのですか……?」


一般常識だと思っていたが、この世界では違ったらしい。


その後もダナエに詳しく聞いたが、そんな商品は聞いたことがないということだった。


前世において自分の肌の手入れとかは考えたことがなかったので、ここまで食いつくとは思っていなかった。


興味本位で領内にあるアロエを取れる場所を聞くと、なんと屋敷の敷地内にあるという。


何でも、父上がオリーブに取り組む前に、様々な植物を他国から取り寄せて調べていた名残らしい。


「……ちなみに、アロエが傷口に良いとかも知られてない?」


「え、この気持ち悪い植物にそんな効果があるのですか……?」


ダナエに案内してもらった場所には確かにアロエが生えていた。


しかも結構立派なアロエだった。


僕は、屋敷にあったアロエで化粧水の試作品に挑戦した結果、それなりの物が出来と思う。


ダナエに試してもらうと「すごく良いです‼」と喜んでくれたのは自信になった。


そして、オリーブ油をもとに前世のうろ覚えの記憶で作ったリンス。


シャンプーは作り方がわからなかったので一旦諦めた。


ただ、この世界には「石鹸」は高級品としてすでに存在はしていたので、リンスさえ用意出来れば貴族に対してはそれなりに売れるのでは? と思い試作した。


なお、知識の出所はすべて前世で暇つぶしに見ていた動画サイトの情報だ。


この二つの商品についてクリスティ商会のクリスティに今後の展開を相談していたのだが、思った以上に反応が良い感じだ。


僕と話す時、当初のクリスティは目が一切笑っていなかった。


恐らく無駄な時間だと考えていたと思う。


僕だって、貴族といえども年端もいかない子供が商売の相談をしたいなんて言ってきたら、絶対に無駄な時間と考えると思う。


聞くだけ聞いて帰ってもらおう。


というのが普通だ。


だけど、化粧水とリンスの考え方や使い方、商品レシピの原案があることについて話すと、彼女の目の色が少し変わった。


「すでに帝国、他国を含めて類似品や考え方を聞いたことはないでしょうか?」


「……いえ、ないですね。初めてです。仮に存在していれば、絶対に知っています」


クリスティの言葉を聞いて、ひとまず安心した。


この世界には思った通り、この手の商品は世に出ておらず、知られていないことがはっきりした。


勝負できるかもしれない。


「でも、試験品でもなんでも商品がないと絵に描いた餅ですけどね……」


「あ、それなら試作品を持ってきましたよ」


「え……? 試作品がもうすでにあるのですか⁉」


僕は彼女言葉に頷くと、おもむろに「オリーブリンス」と「アロエ化粧水」の試作品を机の上に置いてから言った。


「……試作品なので、まだ商品化には改良の余地はあると思います」


クリスティは目をキラキラさせている。机の上に置かれた商品を眺めながら彼女は呟いた。


「……試していいですか?」


「はい。クリスティさんが試されますか?」


「アロエ化粧水は私が使ってみます。リンスは伺った使用方法であればこの場では使えないので、お預かりしてもよろしいでしょうか?」


「わかりました。リンスに関してはクリスティさんを信用してお預けします。まだ内密にしてくださいね」


「それはもちろんです。では早速、化粧水を手に使ってみますね」


クリスティは机の上に置いてあった試作品を手に取ると、右手の甲に試作品の化粧水を落とした。


左手で化粧水を右手の甲全体に万遍なく広げた。


彼女は右手と左手を上に向けて見比べて、触り心地の違いを確かめた。


すると、彼女の表情がキラキラと輝いていき、目を爛々としながら言った。


「……これはいい。いいですよ! これは‼」


「……⁉ ありがとうございます」


彼女は、その場で立ち上がり試作品の化粧水の効果に、とても喜んではしゃいでいた。


僕と目があうと「あ……」と呟き、照れながらソファーに座りなおした。


深呼吸をして落ち着きを取り戻すと、軽く咳払いをしてから言った。


「コホン……お恥ずかしながら以前から乾燥肌に少し悩んでおりまして、このような商品、考え方があるとは夢にも思わず感動致しました」


「そうだったのですね。でも、お力になれて良かったです」


どうやら化粧水とリンスの紹介はうまくいったらしい。


「リッド様‼ これは売れますよ‼」


「クリスティさんが気に入ってくれて良かったです。自分でも試したのですが女性の意見が聞きたかったので……」


「リッド様、私のことはクリスとお呼び下さい。是非、いえ絶対これは商品化致しましょう‼」


「……‼ はい‼ よろしくお願いします‼」


僕はこうして、クリスティ商会のクリスと一緒に商売をしていくことになった。


最初はどうなるかと思ったが、話がまとまって僕は内心胸を撫でおろしていた。


化粧品とリンスの話が落ち着くと、僕は今後の動きで考えていることを相談した。


むしろ、こちらがメインだ。


個人資産を作りたいこと、まだまだ色々とアイデアがあること。


クリスティ商会を通じて「魔力枯渇症」の特効薬に繋がる薬草を手に入れたいこと。


彼女は最初とは違い、真剣に話を聞いている。


「……リッド様は末恐ろしいですね。化粧品やリンスの考え方や試作品も驚きましたが、まだアイデアがある。それに「魔力枯渇症」の特効薬ですか。それが実現できたら、表彰ものでしょうね……」


話を聞き終えると、クリスは底が知れないといった様子で僕を見つめている。


「表彰されたいわけじゃないのだけどね。そこで、探してほしいものがあるんだ」


「……どのようなものでしょうか?」


「ルーテ草、月光草の二つなんだけど、聞いたことない?」


「うーん……どちらも聞いたことがないですね。探してみます」


「よろしくね。今日はありがとう」


「こちらこそ、とても有意義な時間でした。ありがとうございます」


ソファーから立ち上がり僕が手を差し出すと彼女は迷いなく、力強く握り返してくれた。


応接室を出て護衛の二人と合流すると、そのままクリスティ商会を後にした。


クリスとお店の女の子は僕達が見えなくなるまでお店の前で頭を下げていた


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