ソジャミートのハンバーグ カマンベールチーズとトマトを乗せて

佐倉涼@4シリーズ書籍化

第1話

 間も無くエア・グランドゥール空港へと着港致します。この度は当飛行船をご利用いただき誠に有り難うございました。皆様の良き旅を心からお祈りしております。


「やれ、着いたか」


 着岸した飛行船のエントランスが開き、接続口から空港へと降り立った。

 緑の長い髪を持つ男はエルフであり、特徴的な長い耳とハッとするような美貌を有している。長い足をゆったり動かしつつ、重力魔法を用いて自身の荷物を浮かせていた。

 ターミナルを左右見回し、その木造りの独特な空間を見回した。

 広々とした空間、高い天井、そしてぽかりと空いた窓には分厚く丈夫なガラスがはめられている。


 グランドゥール王国の玄関口、雲の上に浮かぶ空港エア・グランドゥール。


 よもや上空一万メートルの場所にこれほど巨大な建造物を築けるとは。グランドゥール王国の財力と技術力の高さを考え男は唸った。

 男の出身地である龍樹りゅうじゅの都も独自の文化を発展させているが、やはり大国はレベルが違うなと思わされる。


「さて、王国に降りるためには第一ターミナルに行く必要があるな」


 案内板を見て一つ頷くと男はまっすぐに歩き出す。

 その間にすれ違うのは様々な人種。人間族はもちろんのこと、ドワーフも小人もエルフも、そして猫人族や狐人族といった獣人族まで様々な人がこの場所を訪れては目的地に向かう飛行船へと乗り込んで行く。

 グランドゥール王国は多様な種族を受け入れる寛大な心を持ち、それゆえに大きく発展した国だった。


 さてそのような平和な国においては、当然食文化も発展している。多種多様な人種が住む国というのは食事処も豊富であり、龍樹の都とは異なる料理もたくさん提供されているのだ。

 降り立ったら何を食べようか、あれこれ想像していた男は第一ターミナルに入ったところでふと足を止めた。

 視界の隅に一軒のレストランが見える。

 全面がガラス張り、そして格子状のダークブラウンの柱がそれを支えている。片方の壁面には料理の絵が描かれており、それがなんとも美味しそうだ。扉は開け放たれており、嗅覚の優れた男の鼻には離れていても美味しそうな料理の香りが届いた。

 モスグリーンのひさしにはこう書かれていた。


 ビストロ ヴェスティビュール。


「……ほう」


 男は小さく呟く。面白い。

 この大国グランドゥールの入り口である雲海上の空港に、「玄関ヴェスティビュール」を名乗る店を出すとは……働く者たちの相当な自信が伺えるというものだ。


 どれ、入ってみようか。

 

 男は空腹と気まぐれ、旅に出ている少しの高揚感からそう決意をすると、開け放たれている扉から中へと入る。

 橙色の柔らかな照明に溢れた店内には、昼を少し過ぎたところということもあり客の数はさほど多くない。

 店の中は柱と同じくダークブラウンを基調とした作りになっており、所々でグリーンを使っている。カウンター上の黒板には本日のオススメメニューが描かれ、その下ではグラ

スホルダーに磨かれたグラスが行儀よく並んでぶら下がっていた。

 冒険者向けの酒場や貴族向けの高級レストランとは一線を画する、気軽に入れるながらも品を損なわない店と言ったところか。

 すぐに一人の給仕係が近づいてくる。店内の雰囲気にマッチしたモスグリーンのワンピースを纏う、黒髪を三つ編みにした娘だ。愛想のいい笑顔を浮かべる彼女はハキハキとした声で尋ねてくる。


「いらっしゃいませ、お一人様でしょうか」


「ああ」


「カウンターとテーブル席、どちらがよろしいでしょうか?」


「カウンターで」


「かしこまりました」


 言って案内された席に座ると、水を提供される。口に含むとほんのりと果実の爽やかな味わいがした。果実水だ。

 自然、男の口元が緩んだ。

 祖国にいた頃ならいざ知らず、飛行船の中では飲むことのできない久々の味わいに心が踊る。水一つ取っても店のランクというのは現れるものだから、これは期待ができそうだとワクワクする気持ちが大きくなった。


「本日のオススメですがーー」


「あ、待ってくれ」


 給仕係がメニューの説明に入ろうとしたところで、さっと右手を上げて制した。大きな黒い瞳をパチパチとさせた給仕係は即座に「はい」と言うと、こちらの話を聞く体制に入る。

 男は両手をカウンターの前で組み、こう話を切り出す。


「見ての通り私はエルフだ。お嬢さんマドモアゼル、エルフという種族はーー特に龍樹の都出身のエルフは、肉や魚を好まない」


「はい」


 給仕係は静かに話に耳を傾ける。


「だが私は少々腹が空いていてな。できれば腹に溜まるものを食べたいと思っている。肉も魚も使わずに満足感を得られるような料理は、あるかね?」


 少々意地の悪い注文であることは重々承知しているが、ここは譲れない。森の民と呼ばれるエルフは基本的に菜食主義だ。中には冒険者になって肉も魚も気にせずに食べるようなエルフもいるが自分はそうではない。

 給仕係は少々考える素振りを見せた後、こんな質問をしてくる。


「それは……例えばお豆や乳製品、卵といった食材でしたら問題ありませんか?」


「ああ、問題ないよ」


「かしこまりました。でしたらご用意出来ます。他のご注文はいかがしますか?」


「そうだな、ワインをーーあぁ、ポトフフフがある。それを頂こう」


「かしこまりました」


 お辞儀をした給仕係がホルダーにかかっているグラスを滑るように引き抜くと、奥の小型ワインセラーから赤ワインを一本取り出す。真紅の液体をそっと注ぐとそれを男の前へと静かに置いた。


「どうぞ、ポトルフフです」


「ありがとう」


 受け取ってそっとグラスに鼻を近づけ香りを確かめる。深いぶどうの香りには懐かしさを感じるーーポトルフフは龍樹の都の名産品。祖国を彷彿とさせる味わいを存分に堪能しながら、店内の様子を伺った。

 ポツポツといる客は貴族だったり冒険者だったり、あるいは学者然とした者だったりと様々だ。確かこの空港には中央に巨大な集客エリアがあり、そこは冒険者用と貴族用で完全に区画が分かれているはずだ。だから大抵の用事はそこで済むようになっているし、貴族と冒険者が混じり合って食事をする光景というのは下に降りてもあまり見られないだろう。

 グラスを傾けつつそんなことを考えていると、目の前に皿が差し出される。


「お待たせいたしました。大豆ソジャミートのハンバーグ カマンベールチーズとトマトトルメイ添えです」


「ほう!」


 思わずそう声が漏れた。

 皿に乗っているのはーー湯気の立つ平たいハンバーグ。それからその上に乗せられた、ハンバーグの発する熱で少々溶けたくし切りのカマンベールチーズと鮮やかなオレンジ色のトマトトルメイ

 

「こちらは大豆ソジャと卵、そして玉ねぎを使用した肉なしのハンバーグです」


「なるほど……そうきたか」


 男は目を細め今しがた提供されたハンバーグを観察した。

 龍樹の都にも大豆ソジャは存在し、貴重なタンパク源として親しまれているが……こうして上にチーズとトマトトルメイが乗るだけで随分とご馳走に見えるものだ。


 早速食べてみよう。

 ナイフとフォークを手に持って、ハンバーグを一口大に切り分ける。

 口の中へとハンバーグを入れて噛み締めると、予想以上の味わいが男を襲った。

 淡白な大豆ソジャと共に練り込まれたスパイスが共演し、柔らかで優しい味わいを作り上げている。上に乗ったカマンベールチーズはパンチが効いており、その上のトマトトルメイは爽やかな味わいを添えている。

 全てをまとめ上げているのは、天辺に注ぎかけられているソース。

 

「このソースは……?」


「オニオンドレッシングです」


 給仕係の言葉に納得した。玉ねぎの甘みか。炒めてじっくり甘味を引き出された飴色の玉ねぎのドレッシングに少々の胡椒のピリリとした辛さ。

 そのドレッシングをかけることでーーこの料理を絶妙なバランスに仕上げている!

 ハンバーグそのものもタネに様々なスパイスが練り込まれており凝った作りだが、上にカマンベールチーズとトマトトルメイを乗せるというちょっとした一工夫で味も見た目も抜群に良い一品になっていた。


 完食後、会計を済ませて席を立つと静かに言う。


「美味かったよ」


「ありがとうございます。シェフも喜びます」


「帰りにまた寄るとしよう」


「はい。またのお越しをお待ちしております。では、行ってらっしゃいませ!」


 給仕係の気持ちのいい笑顔に見送られ、店を後にした。

 到着早々にいい店に出会ったな、と自然に口元が緩む。

 美味しい食事は人を笑顔にさせ、心を満たすもの。それは永き時を生きるエルフにとっても変わりはない。

 ターミナルに流れる王都行きの飛行船の出発を告げるアナウンスを聞きながら、男は心なしか弾む足取りで飛行船へと急いだ。


------

お読みいただきありがとうございます。

是非目次ページにて⭐︎評価をお願いします。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ソジャミートのハンバーグ カマンベールチーズとトマトを乗せて 佐倉涼@4シリーズ書籍化 @sakura_ryou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ