第3話

鏡の中には先ほどまでスクリーンで見ていた、美しい少女が佇んでいた。

流れるような銀色の髪に、青く澄んだ瞳、色白の肌はシミ一つなく、可愛らしい唇は紅を塗ったわけではないのに赤く魅惑的。

兎に角、美しいの一言に尽きる。


「これが、私?」

呆然と鏡を見つめている私に、又も得体の知れない声が聞こえてきた。

『そうだよ。君の今世はアリスティアとして生を受けたのだよ』

「じゃあ、さっきまで見てたのは・・・」

『君がアリスティアとして生きてきた十七年のうちの数か月という短い歴史さ』

「って事は・・・私は、死んだの?・・・・ってか、あなた誰?」

さっきから声だけで話しかけてくる、得体の知れない誰か。

あの映画館も、声の持ち主の仕業なのだろう。

圧倒的な訳の分からない力と、姿を現さない不気味さと恐怖で及び腰になってしまう。

『わたし?わたしは、君達人間から見れば神と呼ばれる存在だ』

・・・・・・ちょっと、ヤバイ系?

『ヤバイ系とは酷いね。わたしは神聖なる存在だ。圧倒的であり絶対的でもある』

相変わらず声だけだけど、ひしひしと伝わってくる荘厳さに思わず膝を付きそうになった。

まるで力技でねじ伏せようとする声の主に、私はあっさりと白旗を上げた。

「わかった!わかったわよ。信じるからそう圧を掛けないでほしいわ」

『ふふふ、信じてくれて良かったよ』

嬉しそうな声と共に、一瞬で空気が軽くなり、思わずほっと息が漏れた。

「あなたが神様だって言うなら、此処は死後の世界なの?」

あの映画から推測されるのは、アリスティアの死だ。つまりは、自分の死。

『死後の世界ではないが、似た様なものかな?君はまだ死んではいない』

「え?そうなの?」

てっきり『私』という自我が目覚める前に死んでしまったと思っていた。いや、死という出来事で目覚めたのかと思っていたけれど・・・

『これまでのアリスティアは不完全だったんだよ』

「不完全?って、表情が乏しい事?」

『そう。本来であれば君とアリスティアの魂は一つの筈だった。だけれど、未だに原因はわからないのだが、魂が分裂して世界をも分けてしまったのだ』

「魂の、分裂?なに、それ・・・・」

まるでファンタジー小説でも読んでいるかのような錯覚に陥る。

『その所為でアリスティアは表情が乏しくなってしまった。心の中では誰よりも表情豊かなのだけれどね』

君の様に、泣いて笑って怒ってと、忙しいくらいなんだよ、と言う神様。

そんな事知ってるわよ・・・。さっきまで見ていた映画からは、アリスティアの気持ちが痛いほど伝わってきたから。

無表情のその下は、かなり忙しく、目まぐるしく喜怒哀楽が織りなされていた。

『そして君は病弱だった』

その言葉に、すべてが腑に落ちたかのように納得してしまった。

病弱なのはこんな訳の分からない現象でと、思いたくはなかった。でも、心ではなく頭でもなく、いうなれば魂レベルで納得してしまったのだから、しょうが無い。

『この度の毒殺未遂でね、魂が融合できたのだ。本来のアリスティアが生まれた・・・と言っていいのかもしれないね』

「え?私は彼女の前世とかじゃないの?」

『う~ん、前世とは違うかな。同じ魂を持つ者が別々の世界で生きていたのだからね』

言葉では説明できない、感覚的なものらしい。

『君の魂はずっとアリスティアと共にあったのだ。魂が融合できず彼女の中で眠っていた。時折目を覚まし家族と過ごしていただろう?』

「え?家族と・・・って」

アリスティアの家族とだろうか・・・・、そういえば、何となくだけど大好きな人がいたような気がする・・・・

思い出そうとするけれど、気持ちがついていかない。そんな混乱状態の私に神様が『そろそろ、時間だ』と実体がないのに、物理的に私の背中を押した。

「え?ちょっと待って!まだ聞きたいことが!」

『ごめんね。これ以上引き留めると、本当にアリスティアが死んじゃうから。後は頑張って!』

「え!?頑張ってって!」

『大丈夫、君は幸せになれるから』

そう言って目の前の鏡へと押し込められるように、落とされた。―――鏡の中へと・・・・


まるでジェットコースターに乗っているかのような浮遊感と恐怖と、内蔵を押し上げられるかの様な不快さに、速攻で意識を失ってしまった。


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