第2話
この映画(?)の内容は、何もアリスティア視点だけではなかった。
アーサー視点、アーサーの愛人マデリーン視点でも映し出されていく。
アーサーには兄がいた。
本来であれば兄が公爵を継ぐはずだったが、アーサーが二十才の時に病によりあっけなくこの世を去ってしまったのだ。
二十五才という若さで亡くなった兄は、何をやらせても完璧にこなしていく、嫉妬すら抱く事もできないほどにできた人間だった。
そんな兄が生きていた頃は、兄の事が誇らしく彼を補佐し公爵家を盛り立てていこうと、心の底から思っていた。
なのに、兄が亡くなり急に跡取りとなってしまったアーサー。
彼なりに一生懸命引継ぎをしていたのだが、何かにつけ優秀だった兄と比べられるようになり、誰一人として彼の努力を見てくれる者はいなかった。
彼の弟なのだから、できて当然。出来なければ、兄は優秀だったのに・・・と、嘲われる日々。
次第にやる気は失せていき、精神的に疲れ果て、挙句は尊敬していた兄をも恨む様になっていった。
兄と比べられ無能扱いされていたアーサーだが、秀才だと噂の貴族に比べれば頭一つ分くらいは抜きん出て優秀だ。ただ、あまりにも兄が賢才だっただけなのだ。
そんな彼の私生活は、年を追うごとに乱れていった。
立場上、女であれば誰でもいいと言う訳にもいかないものの、複数の愛人を持っており、その中でも贔屓にしていたのがマデリーンだった。
彼女はある子爵の後妻であったのだが、子爵が亡くなると当主となった前妻の息子に家を追い出され途方に暮れていた所をアーサーに拾われ、愛人契約を結んたのだ。
元々、マデリーンは落ちぶれた男爵家の長女で見目が良い事に男遊びが激しく、前妻の子供達からも嫌われていた。
アーサーとしては、男好きで誰にも執着しないマデリーンが都合が良かったし、マデリーンにしても小さくても住むところを与えられ報酬も貰い、良いこと尽くしだった。
まぁ、彼女が住む屋敷はマデリーンだけではなく、彼女の様に契約をしている愛人を住まわせている「寮」のようなものなのだが。
複数いる愛人の中で自分が特別扱いをされている事に優越感を抱く彼女は、まるでブラック企業に君臨するお局のように他の愛人に対し嫌がらせを繰り返していった。
よって、アーサーそのものを狙っていた愛人たちの入れ替わりは激しかった。
アーサーも、彼女等の間で起きている事を知ってはいたが、あえて何も言わなかった。
アーサーの中でのマデリーンは、愛人契約の「束縛しない、恋愛感情は持ち込まない」を無視し情を傾けて貰おうとする女を遠ざけてくれる、所謂、虫よけくらいにしか思っていなかったからだ。
それを「特別待遇」と勘違いしたマデリーンは増長してく。
虫よけ剤の立場だったマデリーンその人が、それらを無視するような行動を取り始めたのだ。
アーサーに愛されているのは自分なのだと。そして、誰よりも彼を愛しているのも自分なのだと・・・だから、例えお飾りであっても妻と言う存在が許せない。
アーサーがアリスティアに結婚を申し込んだ理由が、単純に興味本位からだったのだとしても、理由など関係ないのだ。
そして事件は起きた。
場面はマデリーン視点となる。
彼女は自室で透明な液体が入った小瓶を見つめ、ふっと笑った。その笑みは鳥肌が立つほど邪悪なもので・・・
「なんか、企んでるの、まるわかりだわ・・・・」
それからの展開はまるで出来損ないの物語のようだった。
人の目を盗みアリスティアのカップに毒を仕組み、何も知らない侍女は当然のようにそれにお茶を注ぎ彼女に差し出す。
この屋敷内の使用人たちは、主であるアーサーに対する態度よりも、アリスティアに対する態度の方がはるかに好意的であり同情的で、無表情の中に微かな変化を読み取ろうと歩み寄ってくれる。
元々、アーサーの私生活や使用人に対する態度に思う所があったなか、それに追い打ちをかける様に妻であるアリスティアに対する仕打ち。
同じ主でも、どちらを選ぶかなど考えるまでもない。
そんな彼等にアリスティアは心を開き、自分を害する事など無いと思っていた。
そんな信頼を逆手に取ったマデリーンの行動は、当然の事ながら皆に衝撃を与えた。
場面は又も変わり、アリスティアは実家である侯爵家の彼女の部屋に寝かされていた。
毒により倒れたアリスティアは、一命はとりとめたものの、意識が戻らず既に四日ほど経っていた。
この事件が起き、当然お茶を出した侍女は拘束され屋敷内の使用人は全て事情を聞かれている。
アリスティアの実家でもあるルーベン侯爵家にもすぐさま知らせが届き、全てを知った彼等は無謀な事だと思ったが意識の戻らないアリスティアを連れ侯爵家へと戻ってしまったのだ。
それほどまでに怒り心頭のルーベン侯爵。アーサーの元には一秒たりとも娘を置いておきたくなかった。
二つ名の通り、まるで人形の様に眠り続けるアリスティア。
代わる代わる彼女の看病をする、家族や使用人たち。
彼等の胸中は、アーサーに対する憎しみと怒りと、どうか一日でも早く彼女が目覚める様にという祈りが、まるでスクリーンから流れてくるようだ。
ぼんやりしていた頭は次第にクリアになり、ふっと疑問が浮かぶ。
何故、自分はこんな映画を見ているのか・・・・
日本に生まれ日本で育った私には、中世チックな時代の物語には正直な所興味はないし、これはまるで後味の悪いB級映画のようで腹立たしくなる。
現代の日本に生まれてよかったなぁ・・としみじみ噛みしめていると、男とも女ともわからない中性的な声が館内に響いた。
『そろそろ、良いかな?』
「え?」
私は立ち上がりあたりを見渡し、初めて室内の異常さに気が付く。
まず、ドアがない。そして、映像を流す映写室もない。そこはまるで匣の中のようで、閉じ込められているかのような圧迫感が急に襲ってきた。
「誰?!」
室内に反響する自分の声に耳を澄ませながら、注意深く辺りを見回せば、スクリーンには眠り続けているアリスティアの姿が映し出されている。
『そろそろ戻らないと、彼女、死んじゃうよ?』
「・・・・彼女って、アリスティア?」
相手の声も反響していて、何処から聞こえてくるのかがわからない。
「何故、私が関係あるの?」
『おかしな事を言うね。君がアリスティアなんじゃないか』
「え??何を言っているの?私は・・・私の名前は・・・・あれ?」
おかしい・・・名前が思い出せない・・・なんで?
私は日本人で、二十歳で大学に通っていて・・・・
そうだ、私は死んでしまったんだ・・・
―――私の名前は杉田 有栖。
名前を思い出したその瞬間、自分の事を思い出した。
幼い頃から病気の為にずっと入院していた事。
十三才頃にやっと特効薬が開発され、憧れていた学校生活をおくる事が出来た事。
でも、大学に通い始めた頃から体調が思わしくなく、再発した事。
そして、二十才で死んでしまった事・・・・
へたりと椅子に座り込み、両手で頭を抱える。
『それは杉田有栖であった時の記憶だよ』
「それって・・・何を言って・・・」
『自分の姿を見てごらん?』
言われて目を開け、ギョッとする。
ジーンズにTシャツという、ラフな格好だったはずなのに、菫色のナイトドレスを着てるではないか。
驚きに立ち上がり自分を見下ろす様に頭を振れば、さらさらと銀色の何かが目の前に揺れる。
「なに・・・これ・・・」
『ほら、鏡だよ』
次の瞬間、映画館から花々が咲き乱れる草原へと変わり、目の前には姿見が置かれており、そこに映る人物に私はあんぐりと口を開けた。
「あ・・・アリスティア?」
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